エピソード1-9 魔窟

何かに打ち込むにあたって必要な事はモチベーションである。まずは「取り組む為の心」が必要で、それを養い向上させる事が重要である。

しかしその熱意という物を煩わしく思い、全力で物事に取り組む人をせせら笑う者もいるのだ。
夢を辱める者、努力する者を軽視する者、素人の分際でご高説を垂れる者、斜に構え否定する者。そんな野暮な人間はどこに行っても必ず存在する。

結果的に少々自己紹介となってしまっているが、とどのつまり私の事だ。Amwayコミュニティに接触を図る遊びに取り組む私は、今日も紹介者の彼女に会いに行く。

最早恒例となりつつある例のタワマンで開催されたのは、Amwayを更に盛り上げる為のセミナー。早い話が新規客を集めるに向けての自己啓発を、界隈の上級者が促すのである。

タワマンの経緯についてはエピソード1-2を参照

彼女と合流し、例の部屋に向かう。
途中で彼女は私に商品の購入の有無を尋ねる。実はまだ何も購入していない。ひとまず「色々あるから目移りしちゃって〜」と誤魔化す。
すっかり忘れていたが話を合わせる為に何かしら買っておくべきだと反省していると、彼女は毎月便のサプリを勧めてきた。
だーかーらサプリは要らん行ったやろがいと思ったが、「まずは日用品から使ってみるね」と言うことで難を逃れる。

夫妻の部屋に入ると既に多くの参加者が待機していた。参加費は1000円らしいが、初回は無料とのことで請求を免れる。
最終的に30人程が集まりセミナーが開始される。いい歳した前途ある若者たちが体育座りで耳を傾ける。

私の様な初心者を考慮してか、Amwayの基本情報を織り交ぜながらトークを始める。

自分の下に付けた会員が商品を購入した際に、その数%がボーナスとして運営から支払われるのは既に知っているが、どうやらこれを極めると更に特典があるらしい。

それはAmway主催の大規模パーティだ。単にホテルの宴会場で立食する程度のシロモノでは無い。海外で最早フェスかってくらいの規模で開催され、世界中からつよつよ会員が集っては数日間楽しい時を過ごす。
非常に興味深いのは、本人だけでなく家族を連れてもOKということ。更に交通費や宿泊費は「招待」という扱いなので運営が負担してくれるらしい。
慰安旅行の域を超えたVIP待遇である。
「あの子なんかもそのイベントに招待されてるんだよね」とスピーカーが指をさす先には先輩が。おま、先輩お前そんな所行ってたんか?!ドバイ?!

新規客を増やすコツは「商売しようとしない」ことらしい。
ネズミ講と言われるこのビジネスで勝ち抜くには、商品を買わせるのではなく気に入って貰うのが肝。単に買え買え言っても成功は絶対に不可能。相手に商品を選んで貰うには、その商品がどれだけ魅力的かをアピールする必要がある。

まぁこの辺はごく一般的な営業職と遜色ないハウツーだ。しかし前者と後者の違いは、それがAmwayであるということ。
つまり自分自身も商品を好きになる必要がある。自ら商品を購入して使う。そうして商品の魅力や価値に気付きビジネスに繋がっていく。
悪く言い換えれば「儲けたいならお前らも買え。そしてお勉強しろ。自分だけ買わずに安上がりで済ませられると思うな」ということ。綺麗な言葉でお下っ端は俺の糧となれ、と言っているのだからつよつよ会員は恐ろしい。

一頻りトークが終わると今度は“そこそこ成功してる人達”による体験談のコーナー。5人程が起立し前に立っての隙自語タイム。そこには例の先輩もいる。
奇妙なことに全員同じ様な事を言うのだ。
まずは今日こうした会を開いて下さりありがとうございます。Amwayは本当に凄くて、Amwayを好きになればなる程その分結果が出るのが魅力。皆もどんどんAmwayを知って好きになって夢を叶えよう!といった所だ。

けっこう呑気してた私も示し合わせたかの様な文言と仮面の様な笑顔にはビビった。
主催者に謝意を示す忠誠心、ひたすらのAmwayヨイショ、搾取を「好きになる」と言い換え、「儲け」を「夢」と言い換える。
全員がこの筋書きに沿って話すのだ。

分かってはいたが、どうやら私は新興宗教の類に足を踏み入れてしまったらしいと改めて実感。
この孤独な緊迫感はかつて小田原の日蓮大聖人で集会に参加した時以来である。自分以外が目を輝かせる狂気。視野狭窄と傲慢とポジティブを混ぜて作られた極めて異質な空間。
これが文明人か。これが現代人か。余りに気味が悪く、『彼らは人間じゃない。彼らと私は同じ脊椎動物であるくらいしか共通点が無い』と自身に言い聞かせたくなる程に驚きに満ちた生物を見たのだ。彼らは人権が保証されているだけに過ぎない別の生物に違いない。

彼らの言葉を踏まえてスピーカーが締めに入った。
「今の5人の話聞いてて分かったでしょ?僕達の仕事ってクチコミなんだよ!営業でもマーケでもなくてクチコミ。自分の周りにいる?俺の仕事クチコミなんだよねって人。いないでしょ?だからこそこのビジネスは価値があるし夢がある!」
とまぁクチコミクチコミ言う癖にビジネスビジネス言うからチグハグだなぁと脱力するなど。

そうしてこのセミナーは幕を閉じた。
濃密すぎた。ここまでとは。しかし狂気は好奇心への体のいい通過点だ。肝試しに惹かれる様に、ホラー映画を楽しむ様に。

Amwayは私をとことん楽しませてくれる。こんな世界があるのに易々と引いてなるものか。まだ終われない。まだ。
遊び尽くしてやろうではないか。


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