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【中国語講座】バーコード

中国語って漢字という表意文字を使うので、結構文字の制約がありますね。

先日、ロシア系オーストラリア人の「シモノフ」というお名前の女性が中国語の文書の中に出てきまして、「シモノフ」さんの一般的なお名前の書き方で訳してありました:

Simonov
西蒙诺夫
Xīméngnuòfū

ロシア語のお名前って、苗字でも男性形と女性形があるらしく、この「シモノフ」という苗字も「シモノフ」は男性の場合で、同じ苗字でも女性の場合は「シモノヴァ(Simonova)」となると聞いたことがあります。専門ではないので詳細はよく分からないのですが、ネットでチラチラ調べる限り、そういうことになっているようです。

すると、この「シモノフ」という名前は女性の名前としては違和感があるのかな?と思うのですが、まぁオーストラリア国籍なので、そのあたりは女性形にしたりしないでそのまま「シモノフ」と名乗っているのでしょうね。英語は女性形とか男性形とかはありませんから。

でも中国語に訳すと、女性なのに“夫”という字がついていて、なんかやっぱり違和感がある気がします。女性形の「シモノヴァ(シモノワ)」だとこんな字が当てられています。

Simonova
西蒙诺娃
Xīméngnuòwá

これなら「女ヘン」がついているので女性の名前として違和感がありません。多分中国語は、そこまで考えて漢字を選んでいると思います。なので、このロシア系オーストラリア人女性のシモノフさんの名前を中国語で書く時に“西蒙诺夫”と表記するのはどうも僕としては違和感があるなぁと思いました。字を替えて“西蒙诺妇”としたらダメなのかな?(笑)あるいは性差を感じさせない漢字、例えば“弗fú”を使うとか。

さて、何が言いたいかというと、結構中国語は漢字の意味があるので影響を受けるだろうなぁということです。

先日別の仕事で「バーコード」という言葉が出てきました。

バーコードは、ふつうは中国語ではこう言いますね。

条形编码
tiáoxíng biānmă

“条形码”とか“条码”とかもいうようですが、いずれも“条”という字が入っています。この“条”という字のイメージは、細長い線という感じでしょうか。だからバーコードの中国語名に使われるのですね。

ところが、先日の仕事で出てきたのは、日本語原文では「バーコードのような記号」というような書き方でした。結局どんなものかなのかと思って調べてみると、全体的な印象は円形でした。で、円の一部が切れていてその切れ方で情報を伝えるような、そういう仕組みだったようです。まぁバーコードと似た仕組みですよね。そういう意味で、日本語原文では「バーコードのような記号」という書き方をしたのだと思います。

しかし、これを中国語で“像条形编码那样的编码”のように言うと、やはり中国語ネイティブの頭に浮かぶ映像は、あのバーコードであり、丸いものは想像だにしないでしょうし、もし円形の記号が映っている映像と一緒に聞くととても違和感があるでしょうね。そんなわけで、その時の翻訳はこうなっていました。

圆形编码
yuánxíng biānmă

そうですね。こう書けば誤解も違和感も生じません。

その時僕は思いました。そういえば日本では一昔前までは、あのQRコードすら、バーコードってみんな言ってたよな~と。

そう、日本語って外来語をそのまま受け入れるので、とてもフレキシブルである反面、元の意味をほぼ考えないのですね。バーコードと言えば、「バー」という言葉の元の意味も特に意識せずにいるものだから、QRコードでも、円形の記号でも、仕組み的にバーコード的であれば全部「バーコード」って言って問題ないのです。これってすごい(苦笑)。

中国語は基本的に意訳するので、その意味からずれる場合は言い方を変えないと齟齬が生じてしまうのでしょう。

翻訳は機械的にやってはダメなんだなぁと、改めて思いました。でもそれだけにやはり面白いですよね。

通訳・翻訳家 伊藤祥雄
1968年生まれ 兵庫県出身
大阪外国語大学 外国語学部 中国語学科卒業、在学中に北京師範大学中文系留学、大阪大学大学院 文学研究科 博士前期課程修了
サイマルアカデミー中国語通訳者養成コース修了
通訳・翻訳業を行うかたわら、中国語講師、NHK国際放送局の中国語放送の番組作成、ナレーションを担当
「文法から学べる中国語」等、著書多数

2021年5月までの記事は弊社の「翻訳コラム」でお読みいただけます。