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深い学び

対話的で主体的な深い学び。

深い学びって、何?
まさかとは思うけど、ディープ・ラーニングの意味で使ってないよね?

最初に言ったのは誰なの?

深い学びがあるなら、浅い学びもあるんだよね?
そして、浅い学びは退けられると。

新出漢字と授業の中で出会う。
これは深いの?浅いの?

その辺の定義とか、みんな共有して討議会とかやってんの?
知らんの、僕だけ?
いじめられてるやん。

もし、「深い学び」という言葉を定義せず、それについて共有も掘り下げもせずに使っていくなら、こんなに浅薄なことはない。


というわけで、ネットで検索してみました。
文部科学省の画像を見つけたので、みてみましょう。

主体的・対話的で深い学びの実現

内容を読む前に、ヤバい空気。
字の密度がヤバい。行間が狭い。
イラストが昭和っぽい上に、全部「人が何か読んで議論してる」というイラスト。タッチの違う一枚が紛れ込んでるし。
後ろの矢印が淡くて、ダイナミクスが感じられない。
眠いプレゼンで使われるダメなパワーポイントを思わせるシンプルと真逆の資料。

しかし、資料を見た目で判断してはいけない。
中身が大事だということを、暗にメッセージとして込めているのかもしれない。
きっと、深い意味があるからこそ、こうして複雑な解説になるのだ。
自然は全て美しい公式で表せる、というのは、科学に限ったことで、教育は複雑で醜いかもしれないじゃないか。
ひねくれた批判をする自分は本当にダメな人間だ。
反省しよう。

心を入れ替えて、ちゃんと資料に目を通そう。

・・・・・
【深い学び】
習得・活用・探求という学びの過程の中で、各教科等の特質に応じた「見方・考え方」を働かせながら、知識を相互に関連付けてより深く理解したり、情報を精査して考えを形成したり、問題を見出して解決策を考えたり、思いや考えを基に創造したりすることに向かう「深い学び」が実現できているか。
・・・・・


情報量多すぎておかしなことになってるよ。
「深い学び」をキーワードにしたいんやったら、定義はシンプルに行こうよ。
こんなキメラみたいな言葉作ってもしょうがないって。
教職についているので、あえてここは添削の感じで、この文章について掘り下げてみますね。

〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜

君はね、この文章の中で、とおってもたくさんのこと、いっぺんに言おうとしてるのね?
これはね、例えて言えば美味しくない食事みたいなもんなんだ。

君、ご飯食べるよね?
お皿にあるもの、お茶碗にあるもの、いっぺんに口に入れたら、どうかな?美味しい?
味がわからなくなるよね。
文章もおんなじ。
聞く人が「ああ、いい文章だな、分かりやすいな」って思えるように、順番に、聞く人の気持ちを考えながら伝えるように、しようね。

じゃあ、この文章を少しでも「食べやすく」してみよう。
文章全体を言いたいことに合わせて3つのパートに分けてみようね。
1、「学びの過程」
2、「働かせるもの」
3、「深い学び」

ほら、わかる?
君の伝え方にすこし、親切でないところがあったの。
君はね、「深い学び」っていう見出しをつけて、この文章を書いたよね?
だけど、本当に「深い学び」の話をしているのは、最後のパートだけなんだ。
だから読む人はこの文章の前半を読みながら?
「ん?俺は一体、何を読まされているんだ?」
と、不安になってしまうよ。
いいかい?
それは、マクドナルドでビッグマックセットを頼んだら、「お通しです」ってイカの塩辛を渡されるくらい、人をパニックに陥れることなんだ。
気をつけようね。

ともかく、君は「1、学びの過程」「2、働かせるもの」「3、深い学び」の3つをここで言いたかったわけだ。
じゃあ、一つずつ見ていくことにしようね。

まず、「1、学びの過程」だね。
文書には、箇条書きというのがあってね、これは情報を整理する時に使えるの。
箇条書きを使って、ちょっと整理してみるね。

「1、学びの過程」
・習得
・活用
・探求

どうかな。
君はもしかすると、「学びの過程」という言葉を、

習得→活用→探求

という一連の流れとして使ったのかな?
だとすると、大きく3つ、問題があるんだ。

まず一つ目、「習得」「活用」「探求」という言葉の揺れの問題ね。
これらの言葉には含みがあって、読む人によって定義にブレが生じやすいよね。わかるかな?
すでに「深い学び」という新しい言葉の説明を聞いているのに、ここでさらに含みのある言葉を使われたら、もうわけわかんなくなっちゃうよね。

次に、学びの過程は、本当に『習得』『活用』『探求』か、という問題だね。
おそらく、学びの過程が「習得」「活用」「探求」であるかどうかは、社会的な合意が得られていないと思うんだよ。
せっかく君の話を聞こうとしている人がいるのに、ここでまた物議を醸してどうするんだい?
それとも君は、こっそり君の持論やものの言い方を刷り込もうとしているのかい?
だとしたら、文章の書き方以前のレベルで卑怯だよね。悪質だから、やめようね。

三つ目は、「学びの過程」という言葉をどう捉えたらいいのかわからない、という根本的な問題。
一応ここでは、「習得→活用→探求」という一連の流れのこととして捉えたでしょう?
だけど、本当にそれでいいのか、という問題が残ってるよね。
もしかすると、君の言いたいのは「学びの過程」がどこか別に流れていて、その中の一部分としての「習得」「活用」「探求」に注目して欲しい、ということかもしれない。

ね?どう?
箇条書きを使うと、わかりやすいだけじゃなくて、君自身が気づかなかった問題点にも気づくことができたんじゃない?
物事を整理すると、こんなふうにわかりやすくなって、問題にも気づきやすくなるんだ。
だから、資料を作るときは、徒に文字数を増やさずに、できるだけシンプルを目指そうね。

さあ、次に「2、働かせるもの」について考えてみよう。
君はここで「各教科等の特質に応じた「見方・考え方」を働かせながら」と書いていたね、覚えてる?

つまり君がここで言いたかったのは、「科学を扱うときは科学の手つきで、文芸を扱うときは文芸の手つきで」ということだろう?
でもね、これ、わざわざ言う必要、あるかな?

例えばだよ、炭素について学習している時に
「先生!ベンゼン環を発見した時のベンゼンの気持ちがわかりました!」
なんて言う奴、いないだろう?
いたらそいつは多分、ベンゼンの気持ちどころか、今、何の時間なのかすら理解できてない。

言わなくていいことは、言わないようにしよう。
それだけでも、物事はスッキリするよ。

じゃあいよいよ、本題。
「3、深い学び」についてみてみよう。
これも、箇条書きを使って整理するよ。

・知識を相互に関連付けてより深く理解すること。

ちょっと止めて。
もう、言わなくてもわかるよね。
君、自分が何やったか分かってる?
分かってると思うけど、先生が今から言うこと聞いて、本当に自分が何をやったか反省してください。
いい?
この文章の目的は何?
そう、「深い学び」についての説明だよね。
その説明の中で君、どんな言葉を使ったの。
「より深く理解したり」

深い、という言葉を使ったね。
「深い学び」の説明でみーんなが聞きたいのは、「深い」の部分なのね。だって、そもそもが「学び」の話をしているわけで、学びについて論じてるのはみんなわかりきってるわけ。
ここで問題になるのは、そこに付け足された「深い」という言葉だよね。
でも君はここで、まだはっきり説明されていない「深い」という言葉を使っちゃったの。
言葉を説明している文章の中で、その言葉について知っていなきゃならないなら、永遠に説明できないよ。

要するに君は、「深い学びとは、深い学びのことである」って言ってるだけ。
こういうのを難しい言葉で、トートロジー、って言います。
何も言っていないのに、さも凄いことを言ってるかのように見せかける、みっともない言葉の使い方だね。
これから絶対にしてほしくないから、説明の途中だけど止めました。ごめんね。

でも、がっかりしないで。
君の説明から、ちゃんといいところを見つけてあげるから。とりあえず、箇条書きを先に進めようか。

・知識を相互に関連付けてより深く理解すること。
・情報を精査して考えを形成すること。
・問題を見出して解決策を考えること。
・思いや考えを基に創造すること。

とってもいい部分があります。
それは、ここで初めて具体的な内容が出てきたことです。
「知識を相互に関連付ける」「情報を精査する」「問題を見出す」「創造する」という、4つですね。

はっきり言いましょう。
あなたは、「深い学びとは?」という質問に対し
・知識どうしの関連付け
・情報の精査
・問題の発見
・創造
とだけ言うべきでした。
この4つに注目したのは、なかなか鋭いと思います。
(「深い学び」が、さらに1つに絞れなかったのか、という点については、今は問わないことにします。)

ただし!
醜く付け足された言葉がいただけません。
なんですか、「より深く理解」だの、「考えを形成する」だの、「解決策を考える」だの、「思いや考えを基に」だの、ここぞとばかりに付け足された余計な戯言は。

知識を関連付けることが言いたいなら、それだけ言いなさい。いちいち深いか浅いかなんて気にしなくていいの。

情報を精査して考えを形成する?
考えを形成するかどうかはその人の勝手、あなたが指図することじゃありません。

問題を発見したら、解決策を考えるか考えないかしかないでしょう?
なんでわざわざ解決策を考えるように導かれるわけ?テストで点を取るため?
あなた方が「深い学び」なんてこと言い出したのは、解決策を考える所がポイントじゃない、ということが言いたいからじゃなかったの?
ここでもまた、解決策の提案が重要になるんだったら、あの子たちはまた答えを丸暗記しますよ。

で、最後のこれね。
「思いや考えを基に創造する」
こういう書き方、あなたに芸術の才能がないってバレるから、やめなさい。
あなた、思いや考えを基に創造することが素晴らしいって思っているでしょう?
残念ながら、創造的活動って、あなたが思ってるほど安直なもんではないの。
あなたは多分、創造するってところにウエイトをおきたかったんだろうけど、「思いや考えを基に」という前置きが、「創造する」という行為をすっごく陳腐に形容しちゃってるわね。

それとね、付け足された言葉がもたらすもう一つ、大きな問題があります。
それは、重複を生むということです。

例えば、「問題の発見」と、「創造」は、互いに違う行為を指し示していますよね?
けれども、「問題を発見して解決策を考える」ことと、「思いや考えを基に創造する」ということは、異なる行為でしょうか?
余計な言葉を付け足すことで、説明が意味をなさなくなっています。

まとめます。
あなたには、文章を書く上で克服すべき問題があります。
物事をわざわざ回りくどく、複雑に記述する、というのは確かにあなたの悪い癖です。
が、もっと深いところで、あなたには文章を書く行為への倫理観が欠如しています。
自説をサブリミナル的に刷り込んだり、トートロジーを使うのもそのためです。

文部科学省さん、
あなたは本当に、「主体的・対話的で深い学び」が子供達にとって必要だと信じていますか?
そのために、現場で働く教員が研修し、考えを発展させる必要があると信じていますか?
そこに、エゴはないですか?欺瞞はないですか?
あるいは、妥協は?

私は不安です。
これほど支離滅裂な文章を書く人が、まともに子供達のことを考えているとは思えません。
薄っぺらな内容でも、それらしい体裁で書けば、あとは現場が何とかする、と思っていませんか?

反省して、もっといい文章がかけるように努力しなさい。
大丈夫、あなたはもともと頭がいいんだから、その気になればすぐできます。
期待していますよ。

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