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第5回「公衆電話を転々とする女」

“アレ”を認識したのは半年以上前のことだ。

自分は外出したときに周囲を観察する癖がある。
人間も人間以外も近いところも遠いところも観察する。
何もなさそうな空間でも注意深く、あるいは軽い気持ちで目を向けると、今そこで起こっている出来事に気付く。
大層な言い方だが、よく見たら車の下に猫がいっぱいいた、とかそんなレベルの発見だ。

あの日、まっすぐ前だけを見ていれば、いつものように観察していなければ、小学生のとき『ゼルダの伝説 時のオカリナ』を攻略本無しで友達と頑張ってクリアしていなければ、中学生のとき『ゼルダの伝説 ムジュラの仮面』を攻略本無しで友達(前述の時のオカリナを一緒にプレイした友達)と頑張ってクリアしていなければ、死ぬまで“アレ”の存在に気付かずにいただろう。

最初は商店街を抜けたところにある公衆電話だった。

近所の商店街の中にあるスーパーでセール品の豚肉を買い、まっすぐ家に帰ろうとしていた。
ゆっくり自転車を走らせながらいつものように観察をするが、特別変わったことはなく、見慣れた風景が流れていった。
商店街を抜けるとすぐに道路が現れる。
少ないとはいえ車の通りがある道路なので、ブレーキをかけて自転車を停止させた。通行車両の確認のための一時停止だったのに、その確認行為のせいで気付いてしまった。
商店街を抜けてすぐの場所に公衆電話がある。
その公衆電話を利用しているように見える女性の姿が視界に入った。
「利用している」ではなく「利用しているように見える」のには理由があった。
受話器の持ち方が変なのだ。
普通は相手の声を聞くために受話器の受話口を耳に当て、送話口を口に近付けるはずなのだが、その女性は受話口を耳に当てていなかった。
送話口をトランシーバーのように持ち、表情を変えず遠くを見つめ、ずっと何かを喋っていた。

なんというか、異様だった。
とても会話をしているようには見えなかった。
「公衆電話を道具とした呪術で今まさに呪文を唱え恐ろしい呪いをかけようとしている姿」に見えるし「地球の滅亡を防ぐために特殊な能力を持つ秘密組織の一員が暗躍している姿」にも見える。
この町に住むアタオカさんなのだろうか、ちゃんと通話相手がいたならごめんなさい、と思いながら帰宅した。

それから1ヶ月に1回のペースくらいでその女性を目撃することになる。

最初に目撃した日以外はいつも電話ボックスの中にいたので、女性のことは「電話ボックスおばさん」と呼んでいる。
年齢は50代くらいだろうか。もしかしたら60代かもしれない。
長髪で細身でいつも大きなバッグを1つ持っていた。

わかっていることは、滞在する電話ボックスは固定ではないということ。
毎回違う電話ボックスを利用していた。
そして、深夜も電話ボックスにいるということ。
出現場所と時間はランダムらしい。

今までは昼や夕方に目撃していたが、先月初めて深夜に目撃した。
それはもう怖かった。とにかく怖かった。電話ボックス内の白い照明に照らされる血の気の無い顔。ちびる。
いつもみたいに静かに何かを喋っているだけならまだよかったのだが、電話ボックスおばさんは電話ボックスの中で大声で笑っていた。怖すぎる。
怖かったけどほんの少しだけ「お前、そんな顔して笑うんだ」みたいな気持ちもあった。

お願いだから地球の滅亡を防ぐために特殊な能力を持つ秘密組織の一員として暗躍していてほしい。

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