露出狂

 晩秋だった。30前後とおぼしき黒髪ロングの女とすれ違いざま、植野武はステンカラ―コートの前をばっと開いた。中身は裸。女性は驚いて走り去る。

 植野は露出狂だった。年齢は24歳。普段はコンビニでアルバイトをしているフリーターだ。

 植野は幼い頃に両親を亡くしていた。火事だった。ショックで記憶はほとんどないが、火事で死んだという事実だけは知っている。以来、植野は母方の祖父母に育てられた。それなりに裕福だったので大学まで行き、卒業後は産業資材を扱う会社に就職した。その後、1年ほどで退職。それからはフリーターをやっているが、そのことは祖父母には言っていない。

 およそ半年ほど前から植野は露出狂をやっていた。出没するのは、家の最寄駅から数駅離れたくらいの住宅街などだ。

 はじめて露出狂をやった後、植野はまるで現実感がなく夢のなかにいるかのようだと思った。しかし朝になるとたちまち罪悪感を覚えた。程度は軽いとはいえ露出狂は犯罪だ。加えて、相手の女性にたいして与えた不快感を考えると、植野は胃が重くなるのを感じた。

 しかし、植野は露出狂を続けた。その理由の一つは、おそらく新卒で入った会社を早々と辞めてしまったことだった。「続けられなかった」という挫折は、さほど大きくないまでも、植野の心に残り続けた。やはり露出狂なんかやめようと何度も思ったが、「露出狂までやめてしまったら」という考えが植野の脳裏をかすめた。

 ついに植野は露出狂を極めようと決意した。「これぞ、露出狂」というものを徹底的にやろうと思った。それからというもの、たとえば露出する際の表情は満面の笑みがいいのか、あるいは屈折したものが良いのかなどと思案に明け暮れ、ノートに何冊分ものメモを書き連ねていった。

 昨晩のことだった。植野はいつもと同じように家から離れた土地に出かけ、いつものように標的を見つけて露出をした。その帰り道、カーンカーンとサイレンを聞いたような気がして、警察を彷彿とした植野は身を固めたがそうではなかった。

 火事だった。現場にはたくさんの消防士とたくさんの野次馬と、進入を防ぐ黄色のテープと、燃え盛る家があった。「娘がいるんです」と泣きさけぶ母親もいた。

 消防士の隙をつき、植野はテープをかいくぐって家に入った。「その人つかまえて」「きみ、危ないぞ」という関係者の声を背に、ついに二階の寝室にたどり着くと幼い娘が泣いていた。娘を抱きかかえて植野は難なく外に脱出した。露出を隠すコートとロングブーツが防火の役に立った。

 娘を母親に手渡す。親子で泣き続けていた。「きみ、なんてことを」と呆れる消防士だったが、とつぜん蛮勇を示したことに誰よりも呆然としているのは植野自身だった。娘の安否を夫に伝えるためだろう。見ると母親はスマホを取り出して耳にあてていた。

「あ、警察ですか。娘が痴漢にさわられました」

 見覚えがあると思ったら、先日露出を見せた黒髪ロングの女だった。

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