サイドテーブル

「自分独りでは上手に体温調節ができない私は、ヘビか何かなのかもしれないわね」
昼犬は口移しするかのように呟いた。
「そんな哀しいことばかり言うなよ」
昼犬が自虐的なところのある子であることは知っていたつもりだが、さすがに可哀想になる。

駅の改札で待ち合わせ、そのまま地上2階のプラットフォームから電車に乗り込んだ。地方中核都市、休日のローカル線の車内はガランとしており、すぐに椅子に座ることができた。広々とした窓から青空と駅ビルが見える。そのまま電車は河川敷に架かる橋を渡り、郊外の住宅地を滑るように走り抜ける。

この子は化粧馴れした子ではない。不器用にうつむき、肩を上下させている。

「今日はのんびりしようか」
ほんのりとファンデーションの匂いをさせていて少し困る。この匂いを嗅ぐと、母の面影がよみがえるのだ。
「ねえ、私、変なことを言われたことがあるのよ」
「なんて言われたの」
「大地もろくに歩けない人間が、空を飛ぼうと思うなって」
「ひどいこと言う人だな」
「そう思う?私には、それがどういうことなのか、よくわからなくて」
「その人の意図は、正確にはわからない。だけど決めつけるのは良くないよ。ほら、僕らは今、橋を渡っている」

僕らの目的は空を飛ぶことではないはずだ。窓の外にふたりが見ているものは大層なものではないかもしれないけれど、ふたりのものであるべきだ。他の誰かに限定されるものではない。

「今更だけど、どこへ行こう」
「野暮なことは聞かないで。」

そうか、僕は一応、夜犬ということになっている。真偽の程はともかくとして。

ガタンゴトン、ガタンゴトン。
随分と長い間、揺られていた気がする。

サイドテーブルにはメモ帳が置かれており、すべらかに伸ばされた指先がペンを捉え、やがてインクがサッと紙に滲んだ。

ーやっと、飛べたね。

優しい静寂の中で、もう一度、何かが軋んだ。
世界はこうして動くのかもしれない。

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