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【1分読書】『母の顔。落ちて』

『母の顔。落ちて』
 犬が足元で鳴く。僕はそれどころではなかった。犬はどこから来たのかも分からないが大きな声で永遠と喚き散らしている。顔がかゆい。先程まで何もなかったのに気付けば耐え難いほどにかゆみを感じている。
「うるさい、うるさい」
 僕も犬と一緒になって喚き散らす。そうするしか無いのだ。そうでもしていないとおかしくなってしまいそうだ。思い切り顔をかきむしる。とってもとっても取り切れない違和感を必死で引き剥がそうとする。
「かゆい、かゆい、かゆい」
 何かが破れる音がした。と同時に床に重いものが落ちる音がする。一瞬立ちくらみをする。それはこちらを見ている。落ちたものは僕と全く同じ様な痒さに顔が歪んだ僕の顔自体だった。
 とっさに拾い上げる。顔を戻さなくては。しかし裏を返すとそこにあるのは肉の断面ではなかった。故郷に住む母の顔があった。

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