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硝子戸の中

硝子戸の中 - 夏目漱石 1915年発刊

 新聞で連載されていた夏目漱石のエッセイ集。オリジナルの発刊は大正4年で、自分が読んだものは昭和50年に復刻されたバージョンのようだ。漱石の文章が美しくて素晴らしいのはもちろんのこと、装丁や活版印刷の文字も(恐らく)当時のまま再現されており、パラパラと頁をめくっているだけでも楽しい。古い本を読むたび思うが、ところどころ掠れた印刷文字が刺激してくるこの感覚は一体なんなのだろうか。「私」の横に小さく添えられた「わたくし」の綺麗な字面を見るたび、何となく背筋を伸ばしたくなるような気持ちになる。

 各話で、あまり外出せずに家の中で色々考えている漱石の頭の中を垣間見ることができる。「吾輩は猫である」のくしゃみ先生に感じる静かで偏屈さのあるような人となりも伝わってきてとても良い。硝子戸の中と外。透明でありながらも外界との隔たりになっている硝子戸。「硝子戸の中」とは書斎のことだが、他者との境界線という意味合いともリンクしている。漱石の世界観や思考と、それ以外の世間との間にもぼんやりとした、しかし確実な境界線があるように思われた。
 自分の悲しい身の上話を小説にしてほしいという女、一方的に茶を送ってきて富士登山の絵を賛してくれと手紙をよこす男、自分の心の中心は直線であるように思うという女 など、作中では硝子戸の外の人々との交流も描かれている。登場するのはパンチのある人たちばかりだが、実際平生から多くの来客があったのだろう。雑司ヶ谷霊園の夏目漱石の墓に参ったことのある俺akaわたくしなので、もし同じ時代に生きていたら勇気を出して一度くらいは硝子戸の中を訪ねてみようと思うことがあったかもしれない。

 先日、kumagusuの2ndアルバム「夜盤」をレコーディングしたツバメスタジオの拠点、東京は浅草橋にある増井ビルの解体祭に参加した。老朽化による取り壊しが決まってしまったビルの中、複数フロアに多くの音楽家が点在し小さな持続音を中心に同時演奏をする、というものでとても刺激的だった。増井ビルは趣があり大好きな建物なので解体されてしまうのは残念だが、ツバメスタジオに遊びに行くことの楽しさはエンジニアの君島さんの「硝子戸の中」に立ち入っていくような刺激を得ることでもあったように思う。移転後の新しいツバメスタジオで、また硝子戸の中に入っていけることを、わたくしはとても楽しみにしている。

#読書感想文 #夏目漱石



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