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監修後記★乗物綺談《異形コレクション》LVI

 《異形コレクション》監修後記を書くことにしました。
 文芸誌の最後にある「編集後記」のような位置づけです。
 《異形コレクション》は「編集序文」ではじまるのに、「編集後記」でなく「監修後記」とする理由は、自分の役割が「監修者」だからなのですが……考えてみれば、このカタガキって、漠然としていて幅がありますよね。
 私の場合、四半世紀前にこの叢書を立ち上げた時、最初の版元さんには、オリジナル・アンソロジーなるものがどういうものなのか、ホラーとはいかなるものなのか……あるいは、ジャンルの境界を逸脱することの面白さ……などを理解していただくことから始めていったということもあり、自分のヴィジョンや理念を、編集実務と摺り合わせていく作業が常に必要だったということもありました。
 自分は編集者経験も無い(大学サークルでは編集者コースを選択していましたが)一介の作家でありながら、《異形》では、自分よりベテランの他作家に依頼して原稿を戴いたりと、モグリの編集作業もやりました。毎回のテーマを決めて、コンセプトを書き、集めた原稿のクオリティ・コントロールもする。自分でも初めてのこういう仕事のカタガキがよくわからず、「製作総指揮」とか「責任編集」とか、そういう言葉も思い浮かばず「監修」と名乗ったのは、昔の『少年マガジン』などで、ウルトラ怪獣の解剖図などのグラビアに書かれていた「監修・大伴昌司」のクレジットが頭にあったからなのかもしれません。
 おっと、慣れないnoteで、少し脱線しているかもしれません。
(昔話は、いつかnoteで『《異形コレクション》回想録』などを書くかも知れません)
 現在は、オリジナル・アンソロジーは文芸界にとって、あって当たり前のインフラとなり、ホラーもSFもミステリも熟知している光文社文庫の編集さんと作っている《異形コレクション》ですが、監修者として今回の《異形》をふりかえって、「あとがき」のような御報告を書いてみよう……というのがこのコーナーです。
 《異形コレクション》で、私がこれまで「あとがき」的なことを書いたのは、3回ほどあったでしょうか。
 一度目は、第10巻『時間怪談』(1999年)――これは、十巻目を記念して、これからの意気込みを書いておりました。
 二度目は、第39巻『ひとにぎりの異形』(2007年)――これは、念願でもあった全編ショートショートの《異形コレクション》をはじめて作った時。
 三度目は、第48巻『物語のルミナリエ』(2011年)――これも、全編ショートショートの巻でしたが、これは東日本大震災後の読者に向けて寄り添う意思を伝え、しばしの休刊をお伝えするあとがきでした。(復活まで九年もかかってしまいました)
(実は、もう一回――別冊でもある『異形コレクション讀本』(2007年)にもあとがきを書いています。これは、《異形コレクション》十周年記念の特別な一冊でした)
 これらは、いずれも、感謝の辞であり、意思表明でもあり、かなり強い決意で書かれていて、自分でも読み返してみてゾクゾクしてしまいます。
 でも、今回から、「監修後記」で書いていこうと思うのは、もっと気楽に読めるカジュアルな文体での御報告。製作のメイキングや、皆様への御連絡など。
 というわけで。
 昨日発売されたばかりの《異形コレクション》最新刊について。

 さて、今回の『乗物綺談』――令和の《異形》史上で、最も分厚い本となりました。
 頁数は640頁。
 作者数も、通常の15人から、ひとり殖えて、16人となっています。(令和になってからは、これまで『秘密』のみが16人でした。)
 そういえば、今回「編集序文」も、いつもより2頁増しになっています。
 そして、なによりも。
 今回も、参加作品の濃さは、素晴らしいものがあります。
 新登場は、坂崎かおるさんと久永実木彦さん。
 そして、常に自分の内側から新たな魅力を掘り出していくお馴染みのメンバー。
 さらには、《異形コレクション》では第34巻『アート偏愛』(2005年)以来久々の、二回目の登場となる有栖川有栖さん。
 これは、とんでもない物凄い本になったものだな……と、あらためて、客観的に思っています。

 Q-TAさんによるカヴァーアートも、神秘的です。
 毎回、カヴァーデザイン担当の坂野公一さん(welle design)に、Q-TAさんのアート作品から候補を選んでいただいて、そこから私と担当編集のFさんと決定します。
 今回は、「乗り物」がモチーフになっているものをチョイスしていただいたのですが、自転車、気球、胴体に車窓のついた動物……などと、いろいろなものがありましたが、なかなか決められないでいました。
 そのうち、「乗り物」ではなく「乗る」行為が描かれた一枚に出会い、ビビッときたのが、今回のカヴァーとなりました。

 実は、今回、一番悩んだのがタイトルでした。
 「乗り物」って、どうすれば、《異形コレクション》らしいタイトルにできるのか。
 そもそも、「乗り物」か「乗物」か……という問題もあったりします。(私は、たいてい「乗り物」と表記します。)
 アイディアノートに書いていたのを読むと、
  『乗り物図鑑』  ……馴染みのあるパターン。
  『ノリモノ』   ……カタカナだと怖くなる。
  『ノリモノガタリ』……物語と掛けてみる
  『乗物語』    ……西尾維新風になってしまう
 調べてみると、ノリモノガタリ系のタイトルは、いくつか前例があるようです。誰もが思いつく、というよりも、「乗り物」をタイトルにする難しさがあるのかもしれません。
 そもそも、このモチーフでの実際の企画案は、実は初期の1998年頃から温めていたものです。
 実は、この時に頭にあったのは都筑道夫の『妖怪紳士』。
 この小説では、ありとあらゆる「乗り物」に姿を変えることのできる妖怪・片輪車が登場するのですが、あらゆる「乗り物」をテーマにした怪異譚はできないものか、と。
 そのころは、「乗り物」の種類を広範囲にするか、あるいは「自動車」「鉄道」などに細分化するか、などの議論がありましたが、なかなか定まらず、実現には至りませんでした。
 その頃、考えていたのは、
・『ザ・カー』
 ホラー映画からの着想でしたが、「自動車」に限定されますよね。
・『ジャガーノート』
 これも映画からの着想。上映当時、このタイトルはインドの乗り物の神との説明もありましたが、実際には違います。(この本当の意味については、今回の私の作品内で説明しております)
 結局、最終的に選んだタイトルは、『乗物綺談』でした。
 前巻が『ヴァケーション』とカタカナだったので、今回は漢字四文字。本箱に並べていただくときにお互い映えるのではないかと。
 毎回、そんなことばかりを考えています。
 奇しくも今回、見本の完成と同じ頃、《ジャパンモビリティーショー》が開催されました。元の《東京モーターショー》が今年からコンセプトを変更し、自動車だけではなく、交通機関全体を指し示す新たな言葉「モビリティー」にテーマを変えたとのこと。
 これにもっと早く気づいていれば『モビリティー』もタイトル候補になったかもしれませんが……私は、やっぱり、『乗物綺談』を選んだと思います。

 さて、はじめての《監修後記》。
 なんといっても、これを忘れてはなりませんでした。
 お詫びと訂正……。

 そうなのです。まったくもって、ごめんなさい。
 紙版(初版)のなかで、井上の書いた一箇所、間違いがありました。
 それも、今回のトップバッター。
 久永実木彦さんの扉裏解説です。
 私は、SF大賞候補に関して久永実木彦さんが達成した〈二つの史上初〉をご紹介するのに、こう書いています。
《日本SF大賞において、「二年連続大賞候補」「書籍収録前の短篇で大賞候補」という二つの〈史上初〉で大きな話題を呼んだ。》
 この最初の部分なのですが……。
 久永実木彦さんは確かに第42回と第43回の「二年連続大賞候補」であることは間違いなく、そのことだけでもたいへんな功績で話題を呼んだことは確かなのですが、「二年連続大賞候補」になられたという方は、実は過去にも複数名いらっしゃったのです。
 したがって、このことでの〈史上初〉というのは誤認でした。
 とはいえ……。
 実は、それでも、久永さんの〈史上初〉は二つあるのです。
 二番目の「書籍収録前の短篇で大賞候補」という部分。実は、これ、二つの〈史上初〉をまとめてしまっていたのです。
 つまり、
・一本の短篇だけで大賞候補になったのは史上初。
・雑誌に載っただけで本として刊行されていない作品が候補になるのも史上初。
 というわけで、久永さんについての解説部分は、このように書くべきでした。
《日本SF大賞において「短篇で最終候補」「雑誌掲載のみで単行本化されていない作品が最終候補」という、ふたつの〈史上初〉が大きな話題となった。》
 以上が正しい情報となります。
 電子版については、発売前に上記のように修正させて戴きました。
 ですが紙版に関しては、重版後の第二版からの修正となります。
 久永実木彦さん、読者の皆様にはご迷惑をおかけいたしましたことをお詫び致します。
 いや、本当に大変失礼いたしました。
 なにしろ、久永実木彦さんの短篇小説「わたしたちの怪獣」によってこのふたつの〈史上初〉が達成された第43回日本SF大賞というのは、ほかでもないこの私が選考委員の一人でもあったわけで、選考会場でもその史上初のユニークさが大きな話題になっていたのですが……解説を書く段階で、すっかり混乱してしまいました。
 あらためて、訂正させていただいた次第です。

 さて、いきなり、お詫びと訂正を載せることになりましたが――これも「監修後記」のだいじな役目だったりします。《異形コレクション》はアンソロジーではありますが、もともとは「文芸誌」的な役割も担おうとしてはじめた企画でもあります。
 月刊誌や季刊誌の場合、翌号に「お詫びと訂正」がいれられるのですが、《異形コレクション》は現在、年に二冊程度。いち早く情報部分の訂正をするには、このような場が必要でもあります。
 月刊誌といえば、八十年代に『宝島』が月刊のサブカルマガジンだったころ、確か『えらいすんまへん』というコーナーで大量の正誤表をつけていたと記憶しますが(記憶違いでしたら、それこそ、えらいすんまへん)、このコーナーなどは芸になっていて、名物として、愉しめるものだったように思います。こちらもそんなものも、めざしていければと思っております――いや、いや、いや、間違いがないのが一番いいのですが。
 
 今回の《監修後記》はこのへんで。
 最も分厚い一冊の十六篇の異形の物語、どうか、お愉しみいただけましたら幸いです。(了)
 


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