地方公務員が読んでおきたい書籍の紹介 濱口桂一朗「ジョブ型雇用社会とは何か-正社員体制の矛盾と転機」岩波新書、2021年  

 新型コロナの蔓延によってテレワークが浸透したことで、世間では「ジョブ型雇用」という言葉がにわかに注目され、急速に広がりました。テレワークでは単にオフィス以外(主に自宅)で仕事をするだけでなく、コミュニケーションや仕事の役割分担・進捗管理などにも影響することから、雇用のあり方も従来の方式(メンバーシップ雇用)からの移行が必要になる、ということが背景にあるようです。しかも、日本は経済成長や生産性で他国よりも遅れ、ジョブ型雇用が「グローバルスタンダード」とされていることから、ブームに火がついたように思います。
 しかし、こうした状況では、雰囲気が先行して言葉が独り歩きしてしまい、正確な理解や理念なく導入に踏み切ってしまいます。かつての「成果主義」も似たようなプロセスを歩みました。本書は、こうした状況を踏まえて、「ジョブ型雇用」という言葉の生みの親である著者が、その正確な理解と労働政策のさまざまな課題を解説したものです。

 本書を読むと、「ジョブ型雇用」という言葉が正しく理解されていないことを痛感します。例えば、「ジョブ型雇用では成果が今まで以上に重視される」と考えられていますが、本当はむしろ逆で「大部分のジョブは、その遂行の度合を事細かに評価するようになっていません」(6ページ)ということは、驚きでした。
 また、ジョブ型雇用の問題に関連して、日本の雇用形態や労働政策が、世界的にかなり特殊であることも詳しく説明されています。その起源の多くが大戦中の労働力動員にあったこと、それが今なお根強く残り、かつて「ジャパン・アズ・ナンバーワン」の背景となる日本型雇用として賞賛されたことも興味深いです。つまり、ただ現状だけを捉えて批判することでは済まされないのだと感じました。
 経済のグローバル化やデジタル化が進むなかで、歴史的背景と成功体験で構築された雇用・労働環境を、ブームに流されることなく再設計していかなければなりません。こうした問題にあまり触れてこなかった私に責任ある答えは示せませんが、本書から多くの学びを得ることができました。

 地方公務員にとっても、雇用・労働環境がどう変わっていくかは、関心の高いテーマです。まず、そもそも公務員試験による採用は、ジョブ型雇用とは相容れません。年功序列・人事異動によるキャリア形成も同様です。一方で、非正規職員はジョブ型の要素が入っていますし、専門的な能力を持つ公務員が求められています。個人的にはメンバーシップ雇用にも良いところはあり、ジョブ型雇用とどのようにミックスするかを考える必要があると思いますが、現状の仕組みでは歪みが大きいと感じます。ジョブ型雇用が拡大すると、公務員試験のあり方、さらには大学教育のあり方も変わると思いますので、ジョブ型雇用のブームはどこかで壁にぶつかり、勢いを失っていく可能性が高いと予想します(他のブームと同じ結末です)。
 しかし、重要なのは、むしろこれからかもしれません。こうしたブームが過ぎた後に、冷静に雇用・労働のあり方を見直すことができるからです。結局、それは企業や行政機関の姿勢が問われ、大競争時代にはその成否が持続性を左右することになると思います。
 その意味で、地方公務員の働き方に疑問や不安を持っている人、総務などの人事管理部門、さらには首長の方など、広く読まれるべきものと思います。

 最後に、本書を読んで「久しぶりに新書らしい新書を読んだ」と感じました。最近の新書は内容の薄いものが多くなってしまいましたが、「最先端の研究成果を一般の人にも分かりやすく」という新書本来の姿を体現しています。その意味で、「新書とは何か」も学ぶことができたと感じています。新書の元祖とも言える岩波新書だからこそ、出せるものかもしれません。こうした新書が今後もどんどん出てくることを期待したいと思います。


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