見出し画像

地方公務員が読んでおきたい書籍の紹介 枝廣淳子「好循環のまちづくり!」岩波新書、2021年

 著者の書籍は何冊か読んだことがあり、つい最近も「地元経済を創りなおす-分析・診断・対策」という本(岩波新書)を読んで面白かったので、今回もその続編かなと思って読んだ。結局、内容が完全に重なる続編ではなかったけれども、いずれも「循環」というキーワードを軸として、「地域経済」から「まちづくり」にテーマを広げている。循環が着目されているのは地域経済の方だから、両方読んだことで、まちづくりでも循環の考え方が使えることを理解できたと思う。
 本書の前半では、まちづくりのプロセスには、次のようなホップ・ステップ・ジャンプの段階があるという。
①バックキャスティングによる将来ビジョン
②つながりをたどり現状の構造を理解
③悪循環を断ち好循環を強めるプロジェクトの立案・実行

 いずれも重要なプロセスだと思うし、これまであまりしてこなかったのではないだろうか。
 例えば、①についてはフォーキャスティングによるビジョンが中心であった。著者によると、それは「このままだとこうなるから…」という思考だ。これに対して、バックキャスティングでは「こうありたいから…」と考える。

 地方公務員の世界では、バックキャスティングのように見えて実はフォーキャスティングである、という状況がまだある。例えば人口減少問題では「2040年の人口を△△人確保したい」と考え、これはバックキャスティングの発想から地方創生の戦略を描いていると言える。しかし、根底にあるのは「このままだと2040年の人口は〇〇人になってしまう」というフォーキャスティングの問題認識だし、実際の政策も現状路線の延長もしくは拡大が中止でフォーキャスティングの色彩が強い。バックキャスティングの発想は、実は結構難しいのではないだろうか。


 次に、②と③である。地域の姿は、さまざまな要素が複雑に絡み合って現れたものである。だから、その複雑な構造を可視化し、問題をもたらしている部分にメスを入れて新しい姿に変えていこう、という考え方である。将来ビジョンがバックキャスティングで明確になれば、それを実現するために不可欠なプロセスと言えるだろう。
 地方公務員の世界でも、縦割りの組織では絡み合いが認識されにくい。構造を明らかにすることは、組織全体の中で自らの役割を明らかにすることでもある。「縦割りの打破」と国政でも言われていたが、地方は個々の組織が大きくないから、ビジョンと構造から打破への道が開けるのではないかと思う。

 次に、本書で強調されているのは、皆でビジョンを作り、共有し、まちづくりを実践するプロセスである。実は、本書に触発されてまちづくりに関する本を何冊か読んでみた(古典的なものから最近のもの、尖ったものまで)。一部を除いて、皆でビジョンを作り、共有し、まちづくりを実践するプロセスを重視している。私も「まちづくりとはそういうものだ」と疑ったことはなかった。
 もちろん、まちづくりの主役は市民である。行政は市民が望み、実現するまちづくりを支える役割がある。しかし、バックキャスティングで考える場合、決定的に重要なのはビジョンの内容である。つまり、どこまで想像力を働かせられるかによって、ビジョンの内容は大きく変わってくる。

 想像力を働かせることは、現実から離れることでもあるから、多くの人に理解されないことも多いだろう。先週まで未来予測の書籍を何冊か紹介したが、こうした本が売れるのは、将来をリアルなものとしてイメージするのは容易でないからでもあるだろう。また、日本経済が停滞しているのは閉塞感や将来への不安と言われているが、目の前の生活を維持することに精一杯の状況ではないだろうか。地方公務員も仕事の負担が増えつつあり、数年おきに部署を異動していくことは将来をなかなか考えられない状況であるとも言える。
 そうしたなかで、想像力あふれたビジョンを共有し、みんなで実践することは大変だと思う。共有と実践が不可能と言うつもりはないし、不要というつもりもないが、市民や地方公務員だけでは無難なビジョンに落ち着いてしまうのではないだろうか。そこで、未来を切り開くアントレプレナーや将来を担う若者の夢をかなえるビジョン作りが必要になると考える。
 そうしたビジョンが提示されたとしても、市民からは「そんなの無理だ」「それには協力できない」という反応が多く出るだろう。そこで、両者を結びつけるコーディネーターも必要になるだろう。コーディネーターは地方自治体の役割とも言われるが、こうした面でもコーディネーターとしての役割が求められそうである。

 さらに、循環についても、想像力を働かせたビジョンの背景にある構造と現実の構造は大きく異なるかもしれない。そこで、現実の構造のどの部分に手を加えるか、という考え方ではなくリセットが必要な部分も出てくるのではないだろうか。もちろんリセットは作り直しに比べると格段に困難なことだが、覚悟を決めるしかない場合(地方消滅が現実味を帯びている場合など)は実行するしかないと思う。

 いずれにしても、本書は循環の考え方をまちづくりにも導入して、これからのまちづくりのあり方を述べた本として貴重である。著者が直接関わった事例も豊富に紹介されていて、多くの地域が自ら進められるよう丁寧に説明されている。本書が多くの方(市民や地方公務員)に読まれ、各地でまちづくりの実践が広がっていくことが期待される。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?