見出し画像

地方公務員が読んでおきたい書籍の紹介 高橋祐貴「幽霊消防団員ー日本のアンタッチャブル」光文社新書、2021年

 「幽霊部員」という言葉があるように、実際にはいない人が何らかの組織に所属しているかのように外側から見えるケースがある。地域の住民を災害から守る消防団員にもこのような実態があることを明らかにしたのが本書である。
 部活動であれば、そうしたメンバーがいても特に大きな問題ではないかもしれない。しかし消防団は部活動ではない。消防団は火災などの緊急時、最寄りの消防署から現場に駆けつけるには時間がかかってしまうため、地元の有志らによって初期の消火活動などにあたる。周辺住民の避難誘導や消火活動、人命救助など幅広い職務がある。人の命と財産に関わる、重要な使命を負っているのである。


 そのため、幽霊消防団員の存在には次の点が問題として指摘されている。
まず、何よりも災害時に機能しない恐れである。災害発生時に活動すると想定されていた人が実際には存在していなければ、思った通りの活動はできるはずがない。しかも、このことは災害前から実態が分かっていれば補充など対応できるはずであろう。意図的かどうかはともかく、実態が見えない状態になっていたために、災害による被害が拡大してしまう可能性がある。
 次に、公金のずさんな管理である。消防団員は特別職の地方公務員として、年間報酬と出動時の手当てで年間数万円程度が支給されるという。実態がない消防団員にも支給されているとすれば、公金の不適切な支出と言えるだろう。しかし、消防団員として登録されており、活動の記録がとられている以上、それが実態を表しているのかどうかをチェックすることは容易ではない。消防団を信じるしかないとも言える。もちろん、抜き打ちチェック等によって厳格に審査することも不可能ではない。しかし、本書によると、消防団員にはお祭りの警備等でも出動を依頼しており、そこには手当が支給されていないなどの負い目もあって、行政側もあまり踏み込むことはできないようである。
 そして、こうした報酬の一部が消火活動に必要な備品購入などにも使われていると指摘されている。これは、むしろ報酬とは別に財源を確保しておくべきものだが、実態はそうなっていないようだ。こうした点にも行政側に負い目をもたらしている可能性がある。

 そして、消防団の側にも問題がある。それは、これらの報酬が消防団員個人ではなく消防団全体で管理されていることである。私たちが仕事をして得られる給料や報酬は個人に帰属すべきであることは言うまでもない。しかし消防団に関しては通帳が消防団に預けられているケースがあるという。国はたびたび個人に支給することを通知しているが強制力はなく、実態はまだ十分に改善されていないようだ。そのために、これらの報酬が消防団の旅行や飲み会などに使われていて(個人負担はないとのことだが)、こちらの方が活動の中心になっているとの指摘されている。なかには、団員が個人的に使い込んでしまうケースもあると言う。

 コミュニティの希薄化や人口減少、転居など、消防団員の確保は日に日に難しくなっている。そのなかで、災害のリスクも日に日に強まっている。ここに消防団員を辞めようとしても辞められない事情がある。しかも、活動内情の暴露と人出不足の懸念から、ますます辞められなくなる。悪循環の状況である。消防団の運営改善と消防団員の確保を図らなければならない。
 これらは決して別々に解決する問題ではない、とも著者は指摘する。ずさんな運営が団員加入の障害となり、災害時の機能を妨げてしまう可能性があるからだ。お金が欲しくて消防団員になる人は少ないはずだし、そうした志を持つ人ほど適切な運営を望んでいるのではないだろうか。災害が起きてからでは遅く、このままでは大規模災害の教訓を生かせずに再び「人災」と言われるのは目に見えているように思う。

 しかし、最も重要なのは他ならぬ個々人の準備ではないか。本書は消防団の実態を述べたもので、すべての消防団が該当するわけではなく、立派に任務を果たしている消防団ももちろん存在することは著者も断っている。私もそうだと思う。とはいっても、自助・共助・公助と言われるなかで消防団は共助の部分を担うものだが、最も重要なのはやはり自助である。大規模地震の発生と甚大な被害が確実視されている首都圏で、果たしてどのくらいの人々が防災グッズを準備しているのだろうか。あるいは、自宅の耐震補強をしているか、家具転倒防止器具を装着しているか、災害ハザードマップや避難場所を確認しているか。行動すればすぐにできそうなことさえ、なかなか浸透していない(自戒も込めて)。
 消防団は、いくら最大限の機能を果たしても、これらの問題を解決するわけではない。大規模災害が発生して、消防団や行政機関だけに「人災」の要因を押し付けるのは責任をなすりつけ合うだけなのではないか。むしろ、住民こそ本書を読んで「自分たちの命や財産は自分たちで守らなければならない」と考えて、自ら行動すべきではないか。これが本書の裏メッセージかどうかは分からないが、そういう思いを持つことも必要だと考える。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?