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29日目:「弱音」とは居心地のよい実家(100日目に40歳になる猪瀬)

土日祝日の方が平日よりも記事の執筆は捗ると思われがちだが、実は進みにくい。家族サービスに気持ちと時間を充てているので、まとまって思考を整理する時間を持つことができるのは22時を過ぎてからになる。普段仕事で同じ時間を過ごすことができない分、子どもと一緒に過ごしたくなってしまうのだ。

二時間でどこまで綴ることができるのか時間との勝負だというのに、体力も尽き果て今すぐ布団に潜り込みたくなることもある。眠い目をこすりながら綴る日もあった。そのたびに、今しかできないことだと自分に言い聞かせ、自分を奮い立たせてきた。

100日駆け抜けるまで立ち止まるわけには行かないのだ。だが今日ばかりは眠い……一日くらい投稿しなくてもよいのではないだろうか。どうせ待つ人はいないのだから……。

と、まぁ、こんな話はあえてここに書くようなものでもない。だがこのように言葉にして表現すると、なんとも自分がこれまで頑張ってきたような気分になる。そして無理に頑張らなくてもよいような気持ちになる。

心当たりはないだろうか。逆境を語れば語るほど自分が愛おしく、自分に優しく素直になれる。そんな感情が湧きあがってくることに。

そう、弱音とは居心地がいいのだ。


① 「弱音」 とは

よわね【弱音】
■意味
意気地の無い言葉。
出典 :『新明解国語辞典(第8版)』(2020)三省堂

意気地のない言葉……言い切りおった。ならば「意気地」とはなにか。

いくじ【意気地】
■意味
〔「いきじ」の変化〕困難に打ち勝つ(他に負けまいとする)気力。
出典 :『新明解国語辞典(第8版)』(2020)三省堂

つまり、弱音とは困難に打ち勝つ気力の無い言葉。ようはネガティブな言葉というわけだ。


② 私の釈義

弱音を吐いてみよう。頑張っている人こそときには肩の力を抜いてみるのがいい。連日のように気を張り詰めすぎていると力の抜き方すらわからなくなっていたりもするものだ。

わざわざ人前でする必要はないが、心の中で呟いてみたり、ノートに呪詛のごとく書き出してみたり、思いっきり吐露することができたなら、その後はなんだか少しは気分が落ち着かないだろうか。自分に素直に向き合える大切な時間だと私は思う。

ひと目を気にせず、「どうせ」とか「めんどくさい」とか人それぞれの自分らしい言葉で英気を養えばよい。そして心身の準備が整ったらまた旅にでよう。居心地がよいからといって必要以上の長居は無用だ。

ずっとそこにとどまっても人生の旅は進まないし、前に歩むことでのみ自分の未来は変化するのだから。戻りたくなったらまたいつでも帰ればいい。重要なのは笑顔で行ってきますとまた飛び出すことなのだ。

「弱音」とは居心地のよい実家

■ 辞典は読み物!!


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