『アクイハイヤーとデウシルメ』(他社の歴史、世界の歴史)
異なる2つの「事柄」を結び付けることで、本質が明らかになることがある。オスマン帝国発展のノウハウであったデウシルメという人材登用システムとGoogleにおいて実施されている買収による人材獲得システムを結び付けて考えてみる。
これにより、日本のグローバル企業の課題をブレイクスルーする手段のひとつになるのではないか、という私なりの仮説をまとめてみたい。
オスマン帝国の歴史を日本の歴史にあてはめると、鎌倉時代から大正時代に相当(鎌倉時代、室町時代、戦国時代、江戸時代、明治時代、大正時代)するもので、600年にも及ぶ。(13世紀末ー1922年滅亡)
人類の歴史上オスマン帝国が長期に支配領域(キリスト教徒―ギリシア正教、アルメニア教会派やユダヤ教徒などの非ムスリムと共存しつつ)を拡大し、継続できたノウハウはどこにあるのだろうか、またそれは、日本のグローバル企業の経営に役立つのだろうか。
オスマン帝国には、常に優秀な人材のみを吸収し、能力と業績だけによって昇進を許すシステムがあった。そのシステムは「デウシルメ」と呼ばれていた。
デウシルメはメフメト1世、ムラト2世の時代に定着したようだが、オスマン帝国の支配エリート層が信仰するイスラームではなく、キリスト教徒の農村(バルカン、アナトリア地方)から眉目秀麗、身体頑健な少年を選び、トルコの農村に住ませ、トルコ語とトルコ的生活様式を学ばせた。
そして、さらなる選別により宮廷に入り、スルタン(リーダー)に仕え、その後宮廷を出て州総督などの要職に就く者、あるいは最終的にスルタンの片腕である宰相や大宰相にまで出世する者など、常に優秀な人材を吸収し、能力や業績のみによって昇進を許すことは日常茶飯事だった。
宮廷に入らなかったそれに次ぐ水準のものは、常備騎兵軍団に、残りのものはスルタン(リーダー)直属の常備歩兵軍隊であるイェニチェリ軍団員となった。
イスラム法では、いかなる権力者もムスリム自由人を裁判なしで処刑したり、財産の没収をすることができない。したがって、ムスリムより、非ムスリムをスルタン(リーダー)の近くに配備することで、「羊飼いも大臣になる昇進システムを持つオスマン帝国」と当時コンペティターであったハプスブルク帝国に恐れられていた。
このデウシルメというシステムはスルタン(リーダー)を中心に強力な中央集権制度(ガバナンス)を構築し、優秀な人材を適所に配備することができた。
そして、これらのデウシルメで獲得した人材はムスリムでないため、ムスリム部族(地縁・血縁)などの外戚が国政につけいる隙を与えず、外からのムスリムから切り離された人材であったこともオスマン帝国が長く続いた理由のひとつだ。
デウシルメのシステムは、スルタン(リーダー)と国家にのみ仕える優秀な人材を輩出し、オスマン帝国発展の大きな原動力になった。
さて、ここまで読んできて、ムスリム社会にはいくつかのイスラム法による制約があり、それをオスマン帝国はデウシルメという非ムスリムを適所に適材を配備するシステムで長所に変容させた、ということが理解できたと思う。
さらに、思考を日本にズームすると、ムスリム社会のイスラム法の制約は日本における労働基準法における制約に似ている、と気づかれたのではないだろうか。
日本の労度基準法では人を解雇するのは非常に難しく、外資系の企業においても、日本に会社がある限り、日本法に準拠しているので簡単に従業員を解雇できない。したがって、PIP(Performance Improvement Program)などにより、無理難題を押し付け、精神的に追い込むことで自発的に退職させる、という手段を用いることなどが常套手段となっている。
つまり、日本企業はひとりの人を採用したら、その人が適所に対して適材でないとしても簡単に解雇できないのだ。
同じように、ムスリムの社会でもイスラム法により、いかなる権力者もムスリム自由人を裁判なしで処刑することができない。
さて、話を現代に戻す。
Googleの人材獲得システムにアクイハイヤー(Acqui-Hire)というシステムがある。これは英語の買収(Acquisition)と雇用(Hire)を掛け合わせた造語で、買収による人材獲得を意味し、大企業が優秀なエンジニアや開発チームを獲得するために、そうした人材が所属するベンチャー企業をまるごと買収する手法を指す。
アクイハイヤーはシリコンバレーのエコシステムのひとつだ。
当たり前だが、ベンチャーキャピタルから出資を受けて起業した起業家のすべてが成功する(巨額なリターンを得る)訳ではない。マーケティングがうまく行かなかったり、マネタイズが見えなかったり、成長が鈍化したり、タイミングが悪かったり、成功するのは10に1つ、あるいは1,000に1つであるのがスタートアップの宿命だ。
では、資金が枯渇したスタートアップはどのようにEXITすればいいのだろうか。
その答えの一つがアクイハイヤーだ。
資金が枯渇したから能力がない訳ではない。逆に、貴重な経験を積んだ人材とも言る。
(私の友人知人にはスタートアップで失敗し、後に成功した人が多数いる)。
そして、多くのスタートアップは野心的で情熱あふれる起業家とエンジニアなどで構成されている。このようなスタートアップのチームをまるごと買収して雇い入れてしまうことで、従来の企業カルチャーからは生まれてこなかった新しいタイプの人材獲得が可能となり、買収する企業にとっては、慢性的人材不足の解消につながる。
なおかつ、シリコンバレーという地域からすると、スタートアップのセーフティーネットとしても機能している訳だ。
オスマン帝国のデウシルメはイスラームではなく、異教のキリスト教徒を、当初はバルカン地方、15世紀後半からアナトリア地方から供給していた。
おそらく日本企業がアクイハイヤーで人材供給システムを作るとしたら、スタートアップが続々と生まれる地域で、多産多死が受け入れられている地域にフォーカスするのがベストではないだろうか。
日本の人事制度は基本的には年功序列的な職能資格制度をベースにした適材適所だった。しかし、適材適所は、はじめに人ありき、適所適材は、はじめに業務ありきなので、考え方が180°違う。適材適所では、ともすれば人に応じて必ずしも必要のない業務を無理に発生させがちで、日本の組織の効率が悪い理由のひとつはここにある。
日本のグローバル企業で適材適所から適所適材のポジションマネジメント(ジョブ型人事)に変える企業が出現してきた。経団連などもその必要性をアピールしている。
また、適所を示す「Job description」で適材を募集する企業も、グローバル人材獲得競争の激しいIT業界で出現してきた。
日本のグローバル企業が従来の職能資格制度による適材適所からポジションマネジメント(ジョブ型人事)に変質し、適所を「Job Description」で示し、そこに人材供給システム(デウシルメ、アクイハイヤーなどの独自な手段)を構築できたとしたら、優秀な人材を配備し、企業の成長はオスマン帝国のように持続性の高いものになる可能性が増す。
グローバル展開したい企業にとってはグローバルなアクイハイヤーが効果的だが、異質なものを求める、という意味で、経験値の違う人や企業をドメステックにアクイハイヤーして大成功した例がある。
それは、戦後のポツダム宣言で飛行機開発ができなくなった名古屋地区の飛行機技術者が、行き場を失い自動車産業にハイヤーされたものだ。
正確には買収ではないのでアクイハイヤーと表現するのは適切ではないかも知れないが、三菱や立川飛行機という企業の航空機部門で行き場を失った人たちが、大量にトヨタ自動車にAcquisition(獲得)された訳だからアクイハイヤーと意味は同じだ。
飛行機屋から、トヨタ自動車アクイハイヤーされた長谷川龍雄氏は、異質な能力を発揮し、飛行機のチーフエンジニア制度を主査制度として以下のような「Job Description」とした。
「GAFA」の4社の時価総額は、日本のGDPの5割を超える現在、その原動力となっているプロダクトマネジメント制度を学ぼうとする日本人が最近たくさん現れてきた。
ALEXAのPM、KindleのPM、iPhoneのPM、WaymoのPMが、それぞれ「製品のCEO」としてマーケティングから製品の企画開発・サービスの提供までのすべてに責任を持つシステム、これが日本のGDPの5割を超える時価総額を生み出す原動力なのだから、誰もがその秘密を学びたいと考えるのは不思議ではない。
しかし、GAFAの利益の源泉であるプロダクトマネジャー制度のルーツを紐解くと、飛行機屋という職を失った長谷川龍雄氏というエンジニアが発案した主査制度がトヨタ自動車にビルトインされことに行き着く。
そして、自らも主査としてカローラで成果を上げた、その主査制度がGAFAに伝承されプロダクトマネジャー制度になったことを私たちは忘れてはいけない。
そして、適所に適材をポジショニングする「Job Description」は、人材供給システムをうまくシステム化できれば、非常に効果が出ることはGAFAが証明済みなのだ。
(「ビジョンや戦略がない限りシステムはうまくは行かない」という但し書きは、敢えて書くまでもないが...)
ここでは、アクイハイヤーとデウシルメという異なる2つの「事柄」を結び付けてみたが、オスマン帝国には多様な宗教を包み込むミレット制などのユニークな制度もあり、興味が尽きない。
Creative Organized Technology をグローバルなものに育てていきたいと思っています。