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『トヨタ自動車の主査制度とアドホックチームの違いを知る人はほとんどいない』(他社の歴史、プロフェッショナルマネージャー)

  縦割りの組織に製品やサービスのCEO的な存在である「プロフェッショナルマネジャー」(プロダクトマネジャーとプロフェッショナルマネジャの違いを知る人はほんとどいない)をビルトインする方法はいろいろな方法があると思うが、ここでは長谷川龍雄方式と糸川英夫方式の2つの方法について考察してみたい。

長谷川龍雄氏と主題カローラ(Toyotaサイト)

長谷川龍雄方式

 トヨタ自動車が主査制度を取り入れたのは、立川飛行機の航空機設計を行っていた長谷川龍雄氏が、ポツダム宣言により航空機の開発が禁止されることで職を失ったことにはじまる。

 彼はトヨタ自動車に転職後、航空機のチーフデザイナー制を自動車設計にビルトインするように提案した。当時常務だった豊田英二氏がそれを受け入れ主査制度として「担当車種に関しては、主査が社長であり、社長は主査の助っ人である」と定着させた。

 つまり、会社のトップが主査制度を作るべし、というスタンスで役職と役割などの枠組みを作り、そこへ人がアサインされるのではなく、長谷川龍雄という人が飛行機屋のミームを伝承する形で自動車会社に仕組みとともにビルトインしたため「仏作って魂入れず」にはならなかったのだろう。

 「製品のCEOを作るべし」という薄っぺらいセミナーにどこかで参加し、我社にも主査制度が必要だと「主査」という役職を作るのもひとつの方法だ。しかし、「大衆側のコンセプトに立つ自動車を作る」ためには製品のCEO的な主査制度が企業側に必要だ、という「魂」がないと主査制度は定着しにくいものだ。

 また、「主査には権限はない、あるのは説得力だけ」だとしても「より良い製品をユーザーに届けたい」というDNAが企業全体にあるからこそ「製品のCEO=主査」が有効に機能するのであって、「製品のCEO=主査」だから主査には縦割り組織を動かす権限がある、と捉えては成功しにくい。
参考:ドキュメント トヨタの製品開発: トヨタ主査制度の戦略,開発,制覇の記録(実際に主査として現場で活躍された安達瑛二さんのこの本は参考になる)

糸川英夫氏とペンシルロケット(JAXAサイト)

糸川英夫方式

 長谷川龍雄方式は自発的に長谷川龍雄氏が企業にボトムアップで提案し、それをトップが受け入れることで成功した。  
 糸川英夫方式は東京大学の第2工学部が前身の生産技術研究所で1954年にAVSA(Avionics and Supersonic Aerodynamics:航空及び超音速空気力学)研究班を組織したことがはじまりだ。

 AVSA研究班とは、1975年までに20分で太平洋横断する旅客機「ハイパーソニック輸送機」の実現を目標にしていた。(ちなみに、SPACE Xのイーロンマスク氏が2017年に東京ニューヨーク間を37分で移動できる超高速旅客機構想を提唱しているが、糸川英夫氏のAVSA構想は1954年(敗戦は1945年)に提唱されている。イーロンマスク氏は世界最高の起業家、異次元の起業家と評されているが、敗戦後まもない段階での糸川英夫氏のAVSA構想の存在を日本の起業家も知っておくべきだろう)

 国際科学研究プロジェクトである国際地球観測において高層大気観測を行うという方針が1955年に決定されたため、AVSA班の方針もロケット旅客機から観測ロケットへ変更された。
(糸川英夫氏は血液型がB型のためか、こういう方針変更はお手のもの)

 そして、ペンシルロケットの水平発射実験につながって行く。長谷川龍雄氏はトヨタ自動車のサラリーマンで自動車を作るために自らお金を集める必要はない。したがって、起業家がプロダクトを作る苦労は分からないだろう。
(創業者の豊田佐吉氏や豊田喜一郎氏は分かる)

 糸川英夫方式の大前提はお金集めを自分で行う必要があり、プロフェッショナルマネジャーの重要な仕事のひとつが「お金集め」になる。
(東京大学の生産技術研究所に属しているから給与はもらえる)

 長谷川龍雄氏は豊田英二氏の力を借りて主査制度を組織にビルトインしましたが、中島飛行機の航空機エンジニアだった糸川英夫氏の場合は、生産技術研究所に航空機のチーフデザイナー制度(主査制度)を持ち込んだ訳ではない。
 東京大学生産技術研究所の縦割りの組織はそのままにした上でアドホック(adhoc)なチームを結成する方法を選んだ。
(生産技術研究所は東京大学に属し、東京大学は国立大学なのでチーフデザイナー制度をビルトインすることに費やす時間も無駄)

 アドホックな組織にはAVSAのような名前をつける。糸川英夫方式の重要な点はアドホックな組織のネーミングで、糸川氏は「名前が組織を作る」とまで断言している。
(例えば同じように、イスラームの聖典であるクルアーンの「開扉」の章に「慈悲ふかく慈愛あまねきアッラーの名にかけて」とあるように、名付けるということはそれを存在させることであり、セム族では「名付けられる=創造」が同義語) 

 「ネーミングというのは、新しいものを考える、あるいは新しいビジネスを始めるためのグループを作った際に、決定的な役割を果たす。ネーミングからすべてが始まる、といってもいいくらいだ。」(創造性組織工学講座より)

 アドホックチームのネーミングが連帯感を生むが、それがずれなく強固になるためにはミッション(使命)が必要になる。
 AVSAにおける「1975年までに20分で太平洋横断する旅客機」や「地球観測年に間に合う観測ロケット」などの明確なミッションが必要なのだ。
 これは長谷川龍雄方式でも同じことだ。 糸川英夫方式を整理すると、従来の縦割りの組織をそのままにした上で、アドホックなチームを作り、適切なネーミングをし、ミッションをビルトインする、ということになる。

 基本的にプロフェッショナルマネジャーはリーダーシップという考え方ではなく、マネジャーシップという考え方で仕事を進める。その他、ペアシステムで推進する点など糸川英夫方式にはさまざまな特徴がある。
 「プロフェッショナルマネジャー」をビルトインするための長谷川龍雄方式と糸川英夫方式の2つの方法は、自らの属する組織の性格によりどちらを適応すべきか判断する必要がある。

 AVSAによりはじまった地球観測プロジェクトはミッションが宇宙観測の「はやぶさ」にまで進化し、JAXAというパーマネントな組織になった。つまり、長谷川龍雄方式も糸川英夫方式も行き着く先はそれほど違いはない。

 それにしても、長谷川龍雄氏も糸川英夫氏も以下の「航空禁止令」は悔しかっただろう。お互い「翼」の設計者だったのだから...


4. On and after 31 December 1945 you will not permit any governmental agency or individual, or any business concern, association, individual Japanese citizen or group of citizens, to purchase, own, possess, or operate any aircraft, aircraft assembly, engine, or research, experi- mental, maintenance or production facility related to aircraft or aeronautical science including working models.

5. You will not permit the teaching of, or research or experiments in aeronautical science, aerodynamics, or other subjects related to aircraft or balloons.

Commercial and Civil Aviation(商業および民間航空)

Creative Organized Technology をグローバルなものに育てていきたいと思っています。