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『脳・心・人工知能 数理で脳を解き明かす』人間が作るロボットは、あくまで人と協調し、人を助けるものに留まるだろう(環境研究、未来予測)

 甘利俊一氏が「脳」と「心」と「人工知能」をどう考えているかをまとめたのがこの本だ。甘利氏は子供のころから数学が好きだったが、数学科や物理学科に入るには点数が足りず、知名度が低く志望者が少なかった東大工学部の数理工学コースに入学したことが、結果的これが幸いしたとある。本書には、単なる研究成果や理論の話だけでなく、何度もあった人工知能のブームと閑散期で、何を考え、どう研究を進めてきたかなどのプロセスが紹介されているため、親近感が湧く。

 この本で参考になったことは二つある。
 ひとつは、人間は何歳で心ができるかということだ。「心の理論」という実験によると、三歳児では難しいが、四歳ころになると他人の心がわかり、相手の立場に立って物事を理解できるようになるという。人間社会では、相手も自分と同じ心を持ち、かつ相手も私が心を持っていることを知っている、こうした了解があって、人の心の動きが読める。脳生理学者の時実利彦さんの「人間であること」によると、生まれてから三歳ころまでは、模倣の時期で、赤ん坊をとりまく生活環境を配線図として、無条件に受け止め配線される。ところが三歳をすぎると、自分で考え、自分を主張し、自主的に行動できるようになる。やる気を起こす神経細胞が配線されてくるという。そういう意味では心は自我とともに育成されるのだろう。

 もうひとつは、人は現在の情報をもとに、その先を予測し先回りして万策を講ずる。これが「先読み(Prediction)」で、人の脳はこの能力を十分に発展させた。認知科学者の下條信輔氏によると、人は自分の選んだ行動を後付で合理化する。「こうした決定を下したのは、じつはこれこれの論拠があったからだ」と、後から自分を納得させる「後付再構築(Postdiction)」を行うとある。現在のAIのベースにあるパーセプトロンは三層モデルは、原理的にもPredictionしか対応できないため、今のところPostdictionはできないことになる。

 最後に甘利氏は、自らのロボットに対する考えを以下のように締めくくっている。

 ロボットが喜びや悲しみを表現しても、これだけでロボットが自身が喜び、また悲しんだとは言えない。喜びや悲しみの状況の認識は、喜ぶこと、悲しむこと自体と違う。これはクオリア(質感、しみじみとした感覚)の問題といってもよく、個人の長い経験の蓄積の末に生じる。ロボット自身は一回限りの人生をいとおしみながら終えていくことはないのだから、すべての経験がそのまま役に立ち、クオリアのようなものが生ずる必要がない。人間が作るロボットは、あくまで人と協調し、人を助けるものに留まるだろう。

Creative Organized Technology をグローバルなものに育てていきたいと思っています。