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パワースーツ/ショートショート

山奥の老人ホーム『菩薩園』の一室は、二階堂重満の小さな工場だった。かつて、自分が開発した介護アシストするパワースーツに改良を加えているのだ。超高齢化社会を先駆け開発したパワースーツは、当時、注目されたが二階堂は開発の途中で、スポンサーであった商社と揉めて、開発は頓挫した。それからは、奈落に落ちるように二階堂の人生も転落した。経営していた会社は倒産し、同時に脳梗塞で倒れ、現在も右半身の後遺症に悩まされている。息子二人は、二階堂と折り合いが悪く、若くして家を飛び出し絶縁状態。彼は家財を整理したわずかなお金で、菩薩園に転がり込んだ。ところが、入所してみると介護士は言うことを聞かせるために、容赦なく暴力を振う最悪の施設だった。特に、介護リーダーの杉浦亮介は、絶対的な力で老人達を服従させていた。

二階堂は始め、この施設の惨状を世間に訴えようと思い立った。ところが、そんなことをすれば、行き場のなくなった老人達はどこに行けばいいのだろう、という問題に行き着く。どんなにひどいところでも、彼らが生きていく場所はここしかないのだから。

ならば、どうすれば良いのか。二階堂は思案した挙げ句、一つの結論に達する。自分の力で、杉浦達を倒すしかないのだ。脳梗塞の後遺症が残る体で、若い肉体を持つ杉浦を打ち倒すことなどできない。しかし、パワースーツを使えばそれも不可能ではない。方々に連絡し、ガラクタに成り果てたパワースーツを取り寄せた。そして、少しずつ改良を加えていったのだ。長い年月をかけたが今日、パワースーツを完成させた。スーツを着れば握力は最高100キロ。電柱をなぎ倒すだけのパンチ力を得ることが出来る。

 朝、杉浦が出勤してくる。いつものように傍若無人な振る舞いを始める。老人のおむつをかえるときに、「くせぇんだよ。死に損ない」などと、暴言を吐きながら尻を蹴飛ばし、よろめく姿を見て、ヒックヒックと薄気味悪い笑い声を上げていた。二階堂はスーツを着て、彼の様子を物陰からじーっと見つめていた。そして、音もなくヤツの背後に近寄ったのだ。杉浦は、気配を感じ後ろを振り返る。しかし、振り返ったが最後、二階堂のパンチが飛んできた。吹き飛ばされる、杉浦。すでに、虫の息である。職員も、老人達も叫び声を上げて、逃げ惑う。二階堂は、自らのパワーに感動し、その快感に酔いしれた。惨めに床に横たわっている杉浦の前に仁王立ちすると、容赦なくとどめを刺した。どす黒い血が、床一面に広がった。

 二階堂は街に出ると、まず最初に、暴走族を捕まえてたたきのめした。続いて、ヤクザの事務所を襲った。警察は当然、二階堂を追った。自分は正しいことをしているのに、警察はなぜ追うのか、分からなかった。

 次第に二階堂は、誰が悪者で誰が善人であるかわからなくなった。考えてみれば、自分を追い込んだのは、世間では善人の顔をした連中ばかりではないか。二階堂は、やり場のない怒りを抑えきれず、とにかく、人が多く集まる場所で無差別に人々をぶちのめそうと考えた。決行を決意した日の朝。潜伏先を出ようとしたとき、二階堂の前に意外な人物が現れた。絶縁していた二人の息子・司と純弥である。二階堂は、得意げに息子達に自分の計画を話した。てっきり止めるであろうと思っていたが、司と純弥は反対に面白がった。彼らも世間の荒波にまみれる中で、矛盾を感じ、ぶち壊してやりたいと考えていたのだ。二人は父をクルマに乗せて、ポイントとなる場所まで乗せた。二人は二階堂にスーツを着せた。幸せそうな顔した連中がエヘラエヘラと笑いながら歩いている。二階堂は舌なめずりをした。自分のパワーで何もかもぶち壊しに出来るんだ。二階堂は、勢いよくクルマを飛び出した。しかし、どっかりと地面に突っ伏し、動かなくなった。息子二人がそんな父を見て笑った。二階堂は填められたのだ。パワースーツは二人によって差し替えられていた。二階堂は深く後悔した。息子達が現れたときに、殺すべきだった。人々が、集まり二階堂を順番に足蹴にし、つばを吐き、罵声を浴びせた。ろくでなしとして死ぬのだ。これが、二階堂の人生だと思うと、かえって清々しかった。

 

 司と純弥は知らせを聞いて、クルマを飛ばした。父が、老人ホームの一室で危篤状態になったのだ。父は脳梗塞を患ってから、ひどい妄想を見るようになった。果たして、どんな妄想を抱いて倒れたのだろう。二人は、それが幸せなものであることを願った。

 

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