高校演劇という魔力

『幕が上がる』という作品をご存知ですか。

言わずと知れた平田オリザさん原作でドラマ化もされた、高校演劇をモチーフにした作品ですね。ももいろクローバーZの方がキャスティングされていたこともあり、映画公開時は様々なメディアで取り上げられていました。

私はこの作品、映画は拝見していないのですが、原作は読んだことがあります。この作品と出会ったのはちょうど私が演劇をはじめたころ、高校生のときでした。バスでの通学時間を利用してこの作品を読んでいたのですが、読み終わったときの感想は

こんなに上手くいくはずない

でした。若かった私は、幕が上がるに登場する人物たちの葛藤やすごい指導者との出会いをフィクションのものとして捉えず、今、自分が置かれている現状と照らし合わせて、「こんなのおとぎ話のようなものだ」と結論づけていました。高校演劇でこんな青春あるはずない、と。

高校演劇に対して皆さんはどのような印象をお持ちでしょうか。私は大学でも演劇をやり続けましたが、そこで高校演劇の話になると大概「型にはまった演技をする」とか「顧問の指導力次第」とかネガティブなことを言われました。

高校演劇出身の私からすると腹立たしい限りですが、正面切って反論できないな、という思いもありました。実際、有名な顧問の先生がいるとその学校は絶対覇者のようになり、他の弱小校は舞台のクオリティを上げられず、入部者がどんどん減っていって…という例は枚挙に暇がありません。

こんな思いからか、私は「高校演劇コンプレックス」と言えるような劣等感を心のどこかに持っていました。

しかし、その思いはある日晴れます。冒頭で述べた『幕が上がる』のオマージュ?と言ってよいかわかりませんが、『幕が上がらない』という作品を高校演劇の全国大会で観劇したときのことでした。その作品は50分間幕が上がらず、客席や幕の手前で延々とセリフと言えないようなしゃべくりが繰り広げられるものでした。大阪の高校だったので、バリバリの関西弁に圧倒されたのを覚えています。

あれ、この子たちめちゃくちゃキラキラしてる

ふと、そう思いました。舞台の好き嫌いやクオリティを超越して、そこには確かに青春がありました。高校生の溢れてやまない強烈なエネルギーがビシビシと伝わった来たのです。

そのころからでしょうか、高校演劇には「教育的意義」があるのではないかと考え始めたのは。私は高校演劇の中に確かに青春を見つけました。青春とは「自分らしくあろうとあがく」その姿だと思います。そして、あがいた先には必ず新しい何かが待っています。新しい何かに出会うことが成長であり、それを成すのが教育ではないでしょうか。

東北のとある学校では演劇を教育課程に組み込んでいるそうです。多くの企業が新卒社会人に「コミュニケーション能力」を求める昨今、演劇を通じて自身の表現を体験することは、コミュニケーション能力獲得への近道かもしれません。

私は今後、高校演劇に何らかしらの形で関わっていこうと考えています。高校演劇は確かに旧時代的な側面や教育活動ゆえの限界があるかもしれません。しかし、そこにある青春に、学びに私は大いなる可能性を感じています。『幕が上がる』の作中の女子高生たちのように…とまではいかないかもしれませんが、きっと高校演劇にはもっともっと可能性があるように思います。

早く高校演劇に携われるようになりたい…そんなどうにもならない現状にぼやいている私は、きっとあの通学のバスで『幕が上がる』を読んでいたころから高校演劇という魔力にとりつかれたままなんでしょうね。

最後まで読んでいただきありがとうございました。

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