這い上がった先に見るは総合優勝【工学院大学】
今回取り上げるチームは一度その歴史が途絶えたことがある。2005年から参戦していた古参チームが経験したどん底、そこから再構築を成し遂げたチームとそれを牽引してきた人物が今回の主人公だ。2019年~2021年の間テクニカルディレクターを務めた工学院大学・宮田知弥、その人である。彼とは大会以前の合同テストから何度かコミュニケーションを取ってきたが、今回改めて話をする中で見えてきた一面も。2022年までの工学院のマシンを振り返りながら、宮田氏という男を少しだけ紐解いていきたい。
冒頭にも書いた通り、それまで毎年参戦していた工学院大学は2016年、2017年の2大会を諸事情により欠場。翌2018年に入学してパワートレイン部門に就いた宮田氏は初めての大会を経験する。結果は98チーム中84位、それまでの戦績からは想像もつかないような大敗を喫す。コロナ禍の影響を受けてそれまでの技術、ノウハウが途絶え大きく順位落とすという2022年大会で見られた光景がそこにあった。当時を振り返り「そこまで悔しかったであったりとか、悲しかったというものはなかった」「ただ、この大会を最後に卒業する先輩方がエンデュランスリタイアの際泣いているのを見て来年は必ず完走させなければならないと思ったのは覚えている」と話す。学生フォーミュラを84位でスタートした宮田氏は2019年テクニカルディレクターに就任する。更にその年の7月にはチームリーダーも兼任することなり、1回生の9月にしてチームとマシンの全てを背負うことになった。「当時周りの同級生たちは車に深く興味関心をもっている雰囲気ではなく、何となく車好きで参加したようなメンバーが多かった」「技術的に探究心をもっている感じもなかった」「自分が何とかしなければならないと強く思った」とのこと。
この年、それまでの13インチタイヤから10インチタイヤへと大きな変更をするも3年ぶりの大会で車検通過、エンデュランス完走を成し遂げ総合35位まで戻してきた。「2014年、2015年、2018年、全てうちのチームはパワートレイン、特に電装由来のトラブルでリタイアしていた」「設計段階から如何にトラブルなく信頼性の高い電装系、パワートレインを構築するかに重点をおき、パワーは二の次にした」「足回りに関しては外注を上手く使って精度の高い部品を入手できたこと、あとは設計段階から安全率方向にかなり振った設計をしていたことが挙げられると思う」「完走のキーポイントは電装、冷却、燃料(容量、漏れ含む)、ハブ周りの強度だと思う」と当時を振り返る。
このときのマシンをベースとして2020年コロナ禍の影響を受けながらもチームはマシンの小改良を積み重ねていく。マシン全体としてはキャリーオーバーとしながらもGT-SUITEの導入やエキゾーストの完全等長化など2022年に繋がるパワートレインの基礎をここで構築。フレームの剛性アップを狙ってリアセクションにも手を入れたが、2020年大会の中止によりマシンは2021年に持ち越しになる。
2021年、宮田氏は2019年以来チームリーダーとテクニカルディレクターを兼任することになる。コロナ禍による活動制限の影響を受けたチームの立て直しのため、再度宮田氏に白羽の矢がたった。「コロナ禍でメンバーが大幅に減ってしまった」「優勝へ向けた長期計画を実行するにあたって後輩教育が非常に重要で、下手に後輩を管理職ポジに付けるのではなく自分が管理職としての職務を見せながら学ぶ時間を作る必要があると思った」「当時1年生で入部したうちやる気、能力がありそうな4名を選抜して自分の直属の後輩とし、将来の管理職候補として自分の補佐を1年間やらせた」「その当時の4人のうち3人が22、23年度のチームリーダー、テクニカルディレクター、サスペンションセクションリーダーを連続で勤めている」とのこと。
2021年の公式記録会に持ち込んだマシンは「とりあえず壊れないこと、走ることを優先して作った」と話すように2019年、2020年の流れを組みながら堅実なマシンだった。そんな中でもドライバーポジションの変更やリアダンパーレイアウトの変更、アルミ・カーボン製マフラー、3Dプリンタでサージタンクを作る等を盛り込んだ。「フレーム剛性を実測したらめちゃくちゃ弱かった」「リアのベルクランク取り付け点剛性に着目して(ダンパーレイアウトを)変更した」と語る。またパワートレインのコンセプトは維持しつつエキゾーストのエンド径を変えてトライする等の細かなアップデートがあったようだ。
さて、チームは2021年公式記録会で同日参加の日本自動車大学校や京都大学にオートクロスで7秒差をつけられて終わるのだが、2022年大会ではその日本自動車大学校の0.8秒後ろにまで迫った。そんな2022年マシンについても宮田氏が最初に口にしたのは「壊れない車両」。これだけ上位に迫ってきたのだからさぞ多くの『弾込め』をしてきたのだろう、と想像していただけに意外な回答だった。
実際にはDREXLER製LSD導入やサージタンクに変更を加えている。特にサージタンクはアルミ溶接構造に戻され、そこに挿さるリストリクタが『シャークティース』形状になっている。「渦を発生させて圧力損失を減らす狙い」「過去にライバルチームがやっていて参考にした」「(シャークティース)あれ、いいですよ(笑)」とのこと。
エアロデバイスではこの形状を度々目にすることがある。現行シビックタイプRリアスポイラー裏面、GT300に投入されるapr LC500h GTのサイドスカート前端にも同様にシャークティース形状が採用され、渦を発生させる狙いはおそらく同じ。
また「サージタンクは容量から決めたというより入り口から広がる形状のところで圧力損失になる空間を減らす形状を検討した結果今の容量になった」とのこと。ライバルチームではパワーとレスポンスをバランスさせるサージタンクを容量ベースで設計するところも多いのに対して興味深い回答、宮田氏の拘りが窺える。
こうしたマシンで戦った2022年は総合7位に入りチーム史上最高順位を獲得した。84位から4年を掛けて驚異的なポジションアップを達成したことに対しても宮田氏は「結果が出て『しまった』」「ライバルの動向があっての結果だと思っている」「大会直後はチームも少し浮かれてしまったので一喝した(笑)」と前述の通り彼らしい反応だ。
先日某報告会でその姿を見せたという工学院の2023年マシンについて聞いた。「2022年はテンプレート(レギュレーション)の関係でステアリングの位置が決まっていて、バンプステアが付いてしまう設計で、ステアリングも重かった」「大会後にバンプステアやスクラブ半径のテストをして好感触が得られた」として操舵系で得られたものを盛り込んでいくとのこと。
2022年にアルミ溶接構造にしたインテークは再度3Dプリンタで製作し、ドライバー頭上から吸う形状からマシン後方に垂れた形状に変わる。また昨年時間切れで搭載出来なかったエアロも今年は載せる意向で「今年は軽く剛性があるものを作りたい」「まずは解析通りの効果が見込めるよう綺麗に作りたい」とのこと。フレームのフロントセクション変更に伴ってドライバーポジションは少し起きる方向に変わるとか。他にも変更箇所多くこれまでのアップデートとは異なり大きくマシンが変わってくる予想だ。
2023年マシンについて「2019年からマシンを作ってきたがまずはマシンが完成すること、そして走らせることを優先してきた」「2021年から昨年にかけて集めてきた材料を元にやっと車両設計らしいことが出来た」と宮田氏は言う。その手応えは確かなようで「オートクロスでは大幅なタイムアップを狙う」「京工繊の真後ろにはつけたい」「総合3位を目指す」とのこと。2大会欠場からのチーム再構築、さらにはコロナ禍の影響を受けたチームの立て直し、どん底の84位から7位にまで這い上がってきた工学院とそれを率いる宮田氏は2023年手強さを増し、攻めの姿勢で進行中だ。
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