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記憶の中はいつも波の音が聞こえている

人間の記憶は曖昧で、無責任なものだ。
ましてや子供の頃の記憶なんてほとんどファンタジーに近い。

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幼い頃に住んでいた家は、海の目の前にあった。
徒歩5秒。一車線の道の向こう側にはたくさんの水がいつもたゆんたゆんと波打っている。

就寝は9時。
私と妹は2階の寝室へと追いやられて、クスクス笑いながら布団の中に潜り込んだ。
妹の寝息が聞こえ出した頃、エンジン音がして、タイヤが側溝の蓋を踏む音がする。父親の車だ。カーテン越しに差し込んだライトの明かりがベロンと部屋を舐め回して消えていった。
私はそっと布団を抜け出してカーテンを開ける。
外は真っ暗だ。階下のテレビの音に混じって波の音がする。

ざあざあ、ざざあ、ざあ

沖にはいくつか船の明かりが浮かんでいる。
でも、暗くて海か空かわからないのでもしかしたらUFOだったのかもしれない。
道路には街灯が一つだけ、その下にはアザミの花が咲いているのを知っている。
網戸が破れている。
もうずっと破れている。

ざあざあざあ
ざあ、ざざあ

私はカーテンの隙間から、飽きずに波音を聞いている。


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