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人生やり直しでもない転生 前編

 まただ。また高校の卒業式からやり直し。一体、何度苦しい人生を繰り返せば良いのか。
 思えば、選ぶことの出来ない人生だった。子供の頃は勿論のこと、子供の頃のやり方次第で、その後の選択肢は限られる。だから、高校卒業の後をやり直したとしても、大した変化は期待出来ない。せめて、就職活動前ならば、まだ救いは有ったかも知れない。

 いや、ただの希望論だ。何の特技もない、何も後ろ盾を持たない人間に、世間は厳しい。そうだ、だから希望も無かった。
 毎日、ただただノルマをこなすだけ。こなしてもこなしても給料は上がらず、増えるのは負担と責任と勤務時間だけ。

 人生を繰り返す内に、転職をする選択肢もあっただろう。だが、何度繰り返してもそれすらやらなかった。新卒で入社し、直ぐに転職先など見つかる筈もない。面接時、いや、エントリーシートの時点で、仕事が長く続かない者は弾かれるものだ。それとも、即戦力になれない者は弾かれるのか。そして、毎日の激務で、次第に考えることもやめた。

 そうして、何度高校の卒業式に舞い戻ったのだろう。何時から数えることすら止めたのだろう。ループから抜け出すことを諦めたのだろう。
 決して良い人生では無かった。だから、未来にも希望は無かった。だから、抜け出す必要もない。

 ループものの作品の場合、何かを変えると抜け出せるものだ。しかし、それは何なのか。それの手掛かりすら無かった。いや、探そうとすらしなかった。それだけ、どうでも良かったのだ。生きようが死のうかすらどうでも良かった。
 ただ、死ぬ決心も付かないままに、人生を繰り返してきた。だけど、何だろうか? 何かを忘れている。繰り返す前に起きた出来事はフィクション作品にありがちな「死」や「事故」では無かった。だが、一体それは何だったか。

 それを思い出して回避出来れば、ループから脱出出来るのだろうか? 分からない。分からないが、もし、仕事に関することならば退職をしよう。ループする前ならば、失敗してもやり直せる。それに、それが繰り返すトリガーとやらなら、ループを回避出来る。
 ループを回避した後で再就職出来ず無職になるかも知れないが、そろそろ繰り返す人生にも飽きてきた。つまらないのだ、俺の人生はとてつもなく。

 新卒採用で三年勤め、それから転職活動をした。しかし、単純作業の繰り返しでしかない仕事では、職務経歴書が埋まらない。会社に勤めて三年、何も成し遂げてはいなかった。経歴として書き上げる立派な経験など無かった。それでも、エントリーシートを書き続け、祈られ続けた。

 何度それを繰り返しただろう。また高校の卒業式に戻ってしまった。何故だ、何が悪かったと言うのだ。退職する勇気の無さか。それとも、転職活動が上手くいかなかったせいなのか。分からない。分からないが、それでもまた繰り返す。
 変わり映えのない仕事。何度も繰り返してきた仕事。今回は、転職活動を考えて働くことにしよう。せめて、職務経歴書に書くことの出来る仕事が出来る程度には。考えて考えて、頑張って頑張って。しかし、転職活動が上手くいけども、転職の前に高校の卒業式に戻ってしまった。何が悪かったのか。

 もしかして、高校を去る前に、すべきことがあったのだろうか? いや待て、そもそも高校で俺は何をしていた? 何を考えて高校で過ごし、何を考えて就職先を決めた? 思い出せない。何故だ? 自分が生きてきた人生だろう?
 何も手掛かりの無いまま、また繰り返しだ。いっそ自ら命を絶てば良いのか? フィクション作品ならば、死んだらやり直しなところがある。だが、ある地点。つまり、強制的に過去に戻るポイントより先に死んだ場合はどうなるのか。試してみる価値はある。

 幸か不幸か、部屋にはロフトがある。ロフト付きの賃貸は事故物件率が高いと言うが、誘われてしまう何かがあるのかも知れない。いや、ロフト付きで無ければ、ロープを結ぶ場所が限られてしまうからか。
 ホームセンターに向かい、キャンプ用品を買い揃える振りをして耐荷重の高いロープを購入。不必要なものまで購入したが、死ぬにしろやり直しルートに入るにしろ、全てはリセットされる。だから、問題はない。

 しっかりとロープを結び、自分の体重に耐えられる様にする。そして、百均で買った安い踏み台に乗りロープを首に掛けた。踏み台を蹴って足を宙に浮かせる。次第に意識が遠のく。走馬灯……これが走馬灯なのか。

 ああ、そうだった。小さい頃、幾度となくこの苦しさを味わった。親に首を絞められ、大き過ぎる体格差から、なすすべ無くされるがままでいた。結果的に、死ぬ前に解放されたから……けど、あの時に死ねて、いたら……


「◯◯さん!」
 遠くで声が聞こえる。いや、遠くと言うよりは、水中で聞く外の音に似ている。聞こえているが、聞こえているのかはっきりしない。

「今、……を呼んできますね」
 もしかして、助かってしまったのだろうか? 助けてくれる人なんて今まで誰も居なかった。そもそも、人間は脳に酸素が行かなければ、十分と保たない。助かる筈など無かったのに。

 そうだ、思い出した。高校の頃、酷いいじめに遭っていた。高校を卒業して、これで解放される。いじめてきていたゴミ達と別れられる。そう、考えていた。
 だけど、上手くはいかなかった。高校時代、既にスマホには撮影機能が付いていた。カメラは、今ほど機能は高く無いが、それでも誰が映っているか位は分かった。もし、スマホの無い時代であれば、いじめる側も脅迫材料を手に入れられはしなかっただろう。

 昭和生まれの人は、「昔は暴力的ないじめで辛かった。教師まで暴力を振るってきた。今は怪我までしない分楽だ」等と若者を見下す。だが、実際はどうだ? 子供でも、指先一つで簡単に撮影が出来るスマホ。そして、スマホから指先一つで世界に拡散出来る機能。
 これらの機能のせいで、苦しんでいる被害者はどれだけ居るのだろうか? ニュースにまでなった事件でも、いじめの一つに動画撮影があった。ここまで来ると、未成年だから実名報道されないことが甚だ疑問だ。
 
 教師陣は隠蔽工作だけは頑張り、いじめ対策には無関心。やる振りだけはする。被害者以外には分からないことかも知れないが、教師とはそう言う輩が大半だった。
 そうだ、高校卒業の日、奴らからスマホを……いや、無駄だ。当時はクラウドサービスは無かったが、記録媒体に保管してあればどうにもならない。複数対個人の時点で勝ち目など無かった。個人が複数に勝つには、特別な力が必要だ。それは、物理的な強さでも後ろ盾でもコネでも良い。何か一つ強みが有れば。

 むしろ、いじめグループのリーダーにはそれが有った。生まれつき持っている後ろ盾。親の力。教育関係者として絶大な力を持つ親の力。力のある教育関係者の子供が、いじめを率いていた時点でこの国は終わっている。いや、五輪の騒動で多くの人が知れただろう。心の醜い人間でも、才能さえあれば甘い汁を吸えることを。

 世界中から人の集まる五輪では誤魔化しもきかなかった。だが、学校と言う狭い輪の中。それも、被害を訴える側が何の力も無い未成年。誰が悪人の罪を暴き、勧善懲悪をしてくれると言うのか。そう、弱者は悪人の罪を暴く誰かが居ない限り耐えるしか出来ないものだ。
 悶々と考えている内に、担当医が到着した様だ。誰も見舞いに来ていないところが、実に自分らしい。

「鬼岩さん、聞こえますか?」
 顔を覗き込まれ問われた。だが、呼ばれた名前は自分のものではない。一番憎むべき相手の名前。俺を追い詰めた男の名字だ。
 そう、アイツは、鬼岩は、教職に付いていた。笑えるな、いじめ首謀者が今や教師だ。しかも、顧問をしていた部活の生徒に手を出して、あろうことか複数人をはらませた。

 そして、生徒から「卒業したら結婚しよ」とまで言われたのだ。それも、手を出した全ての生徒から。
 だが、アイツは誰とも結婚する気など無かった。そりゃうだ、誰かと結婚すれば、未成年に手を出したのがバレるからな。それに、選ばれなかった生徒からも恨まれる。だから、俺を脅した。俺を脅して、卒業式より前に、部活の集まりを利用して、一度に「はらませた生徒の命を奪え」と言ってきたのだ。

 アイツは顧問の立場を利用して、俺に命を奪わせたい生徒を集めた。そして、アイツが働いている学校に入る手筈も整えた。
 だが、俺はやらなかった。正確には、生徒には何もしなかった。アイツに従う振りをして、購入したサバイバルを持ってアイツの手筈通りに校舎に入った。
 そして、俺を見下し従うものだと思いこみ、油断しきっていたアイツにナイフを刺した。深く深く、今までの恨みを込めて。

 アイツとのやり取りは、しっかりと録音してあった。だから、無関係な子供。それも、一種の被害者な子供を手に掛けるより、アイツを消した方が良いと思った。そう動機を説明するつもりだった。
 だが、アイツの生死を確認するよりも前に、後頭部を強く殴られた。そうだ、そこから……そこの記憶が何故か抜けていたのだ。

 しかし、待て。これは夢か?
 そもそも、何処からが夢だ?
 何も反応しない俺に医師は諦めた様子で消えた。情報が少ない。だが、繰り返しのループからは抜け出せたようだ。

 何も保たない負け組。もしかしてだが、そのループから、そこから、抜け出した?
 分からない、分からないが、とにかく、ループからは抜け出した。

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