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第3話【ベナンダンティは拡張現実の夢を見る】

反逆

「使えない家畜ですね」
「なんで、お前の言いなりになんか」

モヒカン頭の振るった斧が、道化の仮面を歪ませる。他の暴徒たちも次々とヘイトパワーを込めた一撃を叩き込む。ユッフィーたちが去った後のレックスシェルター前で、乱闘が始まった。

水流に流された際、一度夢落ちして復帰に時間を要し、揉めたのか。

「ぐあっ!アナタたち、こんなことをして」
「オレらをコケにして、タダで済むと思うなよ」

一撃で粉砕できずとも。日頃、オンラインゲームの運営に対して心に抱いていた不満が、憎しみが。夢の中でうわべだけのゲームマスターに炸裂した。

「仲間割れか?」

シェルターの防壁上から、他のプレイヤーも息を潜めて見ている。

普通のゲームなら、即BANだろう。そもそも、運営のキャラに攻撃できたりしない。今の彼らには、そこまでの絶対的権力は無いのか。運営詐称?

「あいつもお前らから奪った。捕まんないなら、お前から奪えばいい」
「わざわざ、モンスターハウスに突っ込む理由もねえよ」

暴徒たちは、オグマに操られたユッフィーが道化人形から仮面を奪う様子を見ていた。

ガーデナーは地球人の負の感情を利用し、悪夢の怪物や危険な兵器を作る。オグマの故郷は、それらに破壊された。彼らのメンツを潰し、地球人でも倒せると分からせるのが、オグマの復讐か。

ただ、異世界人たちは日本人の荒んだ心を理解してなかった。彼らが直面するのは、30年以上に及ぶ経済の冬。北欧神話のフィンブルの冬より、はるかに長く厳しい試練。

「クソ運営、くたばれ!」

とどめを刺された人形が、その場に崩れ落ちる。大量の闇色の宝石や銀貨、初めて見る禍々しい装備があたりに散らばった。

「それは…最前線に送」

意味深な呟きを残し、沈黙する道化。

「なんだ、最初からこうすりゃよかったな」

モヒカンが、呪いの魔剣を拾い上げる。その目に宿る、凶悪な光。
目覚めた狂気は、止まらない。松戸マックス、始まったな。

罠の谷

「見つかりましたの!」
「我はトヨアシハラが十二支族、イノビトが将・孟信!いざ勝負!!」

時間は少し前。RPGのダンジョンみたいな一方通行の道を、パチンコ店の左から回り込もうとするユッフィーたちに、猪武者が戦場の名乗りをあげる。

「奴は弁慶のような男だ。無策で勝てると思うな」

首飾りの宝石が光り、オグマが警告する。

「知ってますの?」
「飲み仲間の昔話で聞いたからのう」

すると、私のエルルちゃんが腕を引く。

「ユッフィーさぁん、これぇ!」

見ると、道の脇の庚申塔が青く光っている。夢の中でDJPのパワースポットになったのか。早速触れてみるが、反応がない。

「これは、もしかして」

庚申塔に手を置き、目を閉じるユッフィー。思い描くのは庚申信仰の本尊。

「なるほど、なかなか刺激的じゃな」

イメージを共有したオグマがOKを出す。石碑が一層強く輝き、ユッフィーのアバターが変身ヒロインめいて姿を変えた。

青い肌に、虎皮の腰巻をまとい、6本腕のうち一対を胸の前でクロスさせた疫病退散の夜叉神。首飾りに宿るオグマも、そのまま胸元に鎮座。

「アマビエちゃんの叫びを聞いて…青面金剛、参上ですの!」
「ほう、面白い」

もう、ノリノリだ。孟信も興味ありげにユッフィーを見る。視線は、手ブラで隠された胸元へ。

「読み通り、ヒュプノクラフトに反応するフィールドの仕掛けでしたの」「だが、素手でオレに敵うと思うか?」

しまった。武器までは、詳細にイメージできなかったか。

「こっちですの!」

猿の如き身軽さで、孟信を挑発しつつ駆け出すユッフィー。ご隠居とエルルちゃんズも後に続く。

「これより先は、宿敵同士の戦いの場。縁無き者は去れ!」

威容を誇る機械の巨人たちが、左右から行く手を阻む。

「わたくしは関係者!この先に夫がいますの」
「我らが征く道を阻むこと、何人たりとも叶わぬと知れぃ!」

巨人の股下を駆け抜けるユッフィー。後を追う孟信に迫る、ドリルの腕。

「赤き風車ぁ!」

孟信が高速回転させた武器が、瞬時に竜巻を起こし守衛をはね飛ばす。数秒後、巨体が地に墜ちてドスンドスンと地響きを立てる。

「この赤猪せきちょ偃月刀ある限り、オレは無双よ!」
「強敵現る。勇者ユッフィー、さあどうする?」

ご隠居が健脚を披露しつつ、愉快に笑う。私は冷や汗ものだ。

「ユッフィーちゃん、このへんは罠の谷って呼ばれてる。足元に注意して」「和名ヶ谷ですの!」

銑十郎から通信。昼間は歩き慣れた散歩道だけど、夢では何があるか分からない。周囲はDJPの中世ファンタジー風でなく、現代文明崩壊後の荒れた世界だった。現実の夜景に馴染んだ、廃墟の中を駆け抜ける。

「うわぁぁ!」

後方で孟信の部下が、畑の中の砂丘から現れた巨大蟻地獄に襲われている。部下想いなのか、孟信が救出に向かった。

「名前から来るイメージが、夢に反映されてますの?」
「無意識のヒュプノクラフトですねぇ、あの怪物もぉ」

私のエルルちゃんが、光る蝶の羽を出して飛びながら付いてくる。

「今のうちに、武器を用意しておけ。いつまでも逃げきれんぞ」

オグマの助言を受けて、私は悪夢のゲームの装備ガチャを走りながら回す。通貨ニクムなら、さっき大量入手した。ルーレットが回る。

デロデロデロデロ… デロデロデロデロ… デーナイ
悪趣味なBGMだ。なんで、ドラジャニの呪いの効果音。

「なんじゃい、ナマクラしか出んぞ」
「福引きじゃない、呪い足し…!」

罵りたい気持ちも分かる。名工オグマの基準から見れば、大抵の武器はナマクラか。

「勇者殿!孟信が前に」

ご隠居がすっかりノリノリで、実況してきた。いつ回り込んだ!?

「そんな装備で、オレに敵うと思ったか」
「問題ないですの!」

見ると、ユッフィーが胸の前でクロスさせた両腕がバチバチ火花を散らしている。変身してからずっと、手ブラを装い必殺技を溜めていた。私の秘策。

「心を燃やせ!グンダリーニ・エーックス!!」
「ぐおおお!?」

溜め時間に応じ威力を増した、X字の必殺光線が目の前の障害を押し流す。立ち塞がる孟信も、後ろの宿敵たちも。それ、軍荼利明王だよ。

「何だありゃ?」
「うおっ、まぶし!」

シェルターで防戦するマキナのプレイヤーたちも、突然に戦場を裂いた光の奔流に驚愕する。だが真の驚異は、敵のしぶとさか。大きく流されながらもまだ倒れない。

「孟信サン!地球人どもが反乱を。我々だけでは、鎮圧しきれ」

懐の仮面から、道化の救援要請。途切れる通信…誰かに倒されたか。

「退くぞ!」

駆けながら、孟信が心の中で呟く。

(探し求めた強き雌。ユッフィー、欲しくなったぞ)

その男、ビッグ

宿敵たちの攻勢は一時止んだ。元に戻ったユッフィーと同行者たちは、外で応戦してた者と共に防壁の中へ。

「ユッフィーちゃん!」

ピンク髪のオタクが、シューティンググラス姿で手を振っている。大手スーパー、ハロウィンマートの屋根に設置された機関砲の銃座から。1031シェルターの守りは、まるで要塞。

「銑十郎様!」

安心感から、私も手を振り返す。

「ユッフィーさぁん、萌え〜♪」

ゲーム内の夫婦が、夢の中でハグ。ぽよぽよお腹は、私のビーズクッション。後ろで銑十郎担当のエルルちゃんが、ユッフィーをプリントした痛Tシャツ姿でオタ芸ダンス。

「てめぇ!どの面下げて来やがった」

そこへいきなりの怒声。振り返ると、赤鬼の面をつけた江戸の将軍様が腰元姿のエルルちゃんを従え、こちらをにらんでいる。

「あんたも何だ」
「私は、越後のしがないちりめん問屋の隠居。こちらの様子が気になり、隣のシェルターから参りました」

ニコニコ笑顔のご隠居と、怒りん坊な将軍様のご対面。少しの間の沈黙。

「嫁に付いてくなら、好きにしろ。嫌になったら、戻ってきていいぞ」

それだけを銑十郎に告げ、店内へ戻る将軍様。ユッフィーなど、どうでもいいという風に。

「勇者殿、彼とはどんな?」

ご隠居から問われて、私は答えに詰まる。会いたくなかった。イラつく感情を落ち着かせ、努めて冷静に言葉を選ぶ。

「かつてのゲーム仲間、憧れの人、憎い宿敵。それらを通り越して今はもうどうでもいい他人ですの」

彼が、ミリタリーパレード社のビッグ社長。仮面があっても、声で分かる。

「すまないね。聞かれたくない質問だったかな?」
「いえ、お気になさらず」

銑十郎に寄り添うユッフィー。

「この人と会えたのも、マキナのおかげですから」

そのとき、東の空が明るくなってきた。

夜明け

「MP社の好き勝手に、啖呵切って飛び出した以上。会えばこうなりますの」

スーパーの屋根。銑十郎の膝の上で、ユッフィーが暁の空を見上げて呟く。

「今はオフ会もできないから、最初は楽しそうだったけどね」
「まだ新しいPBWも立ち上げてないわたくしは、彼から見れば口だけの半端者かも」

夜が白く明けていく。背中を預ける。悪夢の果ての、ふたりだけの時間。

「わたくしは、忘れ物を探しに行きますの。大切な記憶を」
「お供するよ、ユッフィーちゃん」

ドン・キホーテとサンチョは、PBWという名の田舎を旅立った。その胸に、静かで豊かな本当のRPGを携えて。

よき歩行者

再び、南国世界カラヴィアンの孤島。青い瞳の栗毛娘マリスが、リーフ少年の幻影から近況を聞いている。

「エルルちゃん、あれからどうしてるかな?」
「新米女神として、奮闘してますよ。少し優しすぎるかもしれませんけど」

彼は、奇妙な夜の出来事を全てフリズスキャルヴで把握していた。

「ユッフィーさんも見つかりました。まさに、RPGの豊かさを守る現代の『ベナンダンティ』みたいでしたよ」

RPG好きのリーフは、胸躍る様子で語った。

「マリカちゃんが前に話してくれた、中世イタリアで作物の実りを守るため夢の中で悪夢の怪物と戦った人たちだね」

マリスが目を細めて、身体を伸ばす。再び目を開けると、瞳は紅に。それは彼女に憑依する別人格マリカのもの。

「地球人なんて、みんな邪悪よ」

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