見出し画像

【短編】人工子宮

子供は国が産み、育てる。費用も時間も、個人の負担はほぼ無い。
国家事業に従事する者には適正な報酬が支払われ、無償労働は禁止された。

西暦21XX年、日本。

およそ100年前から顕著に現れ始めた、結婚しない人々。忌避された恋愛。
かつて「失われた30年」と呼ばれたものは、40年になり、50年になった。

その結果、日本は取り返しのつかない少子化で経済は縮小の一途をたどり、一時は国家消滅の危機にさらされた。

救ったのは、人工子宮の開発と実用化。本来、母体の負担を軽くする目的で研究されていたこの技術は、恋愛と結婚を省いて人間を「生産」する手段として政府主導のもと、国の命運を賭けた一大プロジェクトになった。

国民は定期的に遺伝子サンプルの提出を義務付けられたが、それ以外の負担は無くなった。誰と誰の遺伝子を組み合わせて人工子宮で子供を産むかは、国が決めることになった。

家系の概念は崩壊したが、マイナンバーが苗字の代わりになった。

そうしなければ、日本は消えていた。結婚相手をカタログスペックだけで選ぶような100年前の悪習は、男女の間に深刻な不信を招いた。

現代では、恋愛や結婚にまつわる文化は廃れた。国家は家族だと、しきりに喧伝するようになった。もちろん、反発もあった。

自由恋愛は経済を回す名目のもと、古いと言われながら禁止されなかった。ラブストーリーは時代劇の一種として細々と作られ続け、あるとき奇跡が起こった。

人工子宮の実用化から70年。社会現象を巻き起こした作品があった。大地震により文明が再建不能にまで崩壊した日本で、人工子宮から生まれた最後の世代の男女たちが自然に結ばれ、新たな「国産み」を成し遂げる。

その物語の主人公は、日本神話にちなんで名付けられた。

子供が生まれなければ、国は滅びる。ヨーロッパの教訓から移民と難民を拒み続けた日本は、ロボットとAIと人工子宮の国になった。その歪な在り方が再び問い直された。そして数ヶ月後、またも日本を震災が襲った。

犠牲は大きかったが、今回も日本は持ちこたえ、十数年後に復興した。

それから、日本政府は新たな「国産みプロジェクト」を発表した。原発並に大規模な設備を必要とする人工子宮センターが震災で失われた際に備えて、自然な出産で人口の維持を目指す計画だった。

日本は、100年前に先送りした少子化問題へ再び向き合うことになった。

この記事が参加している募集

#SF小説が好き

3,127件

アーティストデートの足しにさせて頂きます。あなたのサポートに感謝。