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第2夜 バーサーカー

 頭の中がぐちゃぐちゃにかき乱されて、割れそうに痛む。視界が歪む。
 ここは、どこだ。見知らぬ街並み。

 公園らしき場所で、男は多数の敵に囲まれていた。みなそれぞれに異なる仮面をつけており、素顔はうかがい知れない。

 火球や銃弾が飛び交い、剣戟が響くも。それは現実の風景を破壊することなく、幻の如くすり抜け消えていく。夜の街に騒音で目覚める者もいない。

 高みの見物をして、嘲る者がいる。怒りがこみ上げてきた。
 お前なんかに、オレの何が分かる。手負いの獣のように暴れた。

 そして、脳裏に響く声。
 魔女を狩れ。お前の正義を示せ。

★ ★ ★

「あのハンターたち、『レイドラ』のアバターを使ってますわね」

 JR八柱駅前。隣に神社があるからだろう、宮前公園と名付けられた公園で他プレイヤー集団がバーサーカーと交戦中のところを。ユッフィーとミカは隣の集合住宅の屋上から密かに見ていた。
 もともとスマホのゲームだから、ポリゴンは荒いほうだ。それが夢では、どう美化されたものか。映画のワンシーンかと思うような迫真の殺陣。

「なにそれ?」
「レイラインドラグーン。いま日本で一番勢いがあり、知名度があってユーザー数も多く、ガチャが渋いと評判の位置情報ゲームですの」

 原作「ドラグーンジャーニー」には30年来の根強いファンがおり、その人気をあてにしたガチャゲーが乱立気味で、回しても回しても欲しいものが全然出ない「ガチャの闇」を動画サイトで配信する者もいる。名作、晩節を汚すといったところか。過去には返金を求める訴訟まで起きている。

「名前くらいは、聞いたことあるけど」
「加えて、位置情報ゲームならではの問題点もありますわ」

 スマホを持って実際に外を歩けば、ゲーム内のキャラも目的地に向かって歩いてゆく。リアルの位置情報とゲーム内マップが連動しており、マップにイベントを配置するのに関係者の許可など取っていないから。ゲームの存在を知らない人から見れば、家の前に置かれた宝箱を取りに来るプレイヤーは不審者以外の何者でもない。
 見方によっては、レイドラは2020年現在で一番憎まれているゲームかもしれない。そのうち、ドローンのように規制が強化されるのだろうか。

「で、なんでアイツがそのゲームのコスプレしたやつを襲うのよ」
「推測ですが、自分より『罪深い』者なら叩いていいと思ったのかも」
「呆れるわね」

 ミカがため息をつくと。ユッフィーは暴れる男を弁護するかのように言葉を紡いだ。

「あれは夢の中に召喚された彼本人ですが、だいぶ歪められた姿ですの」
「王女が私を喚んだのとは別の、このゲームのシステムによる召喚?」

 ミカの疑問に、うなずくユッフィー。

「夢の中で、このゲームに招待されたプレイヤーは。心の中を何かの手段で読み取られて、自身が憎む相手までもモンスターの姿で召喚される。RPGに相応しい姿と武器も与えられ、夢の中で憂さ晴らしができる寸法ですの」

 けれど、ミカのように大きなトラウマを抱える人がプレイヤーに選ばれてしまうと。喚び出した相手は誰にも手のつけられない怪物となって暴走し、文字通り悪夢の追いかけっこが始まってしまう。あるいはそれこそが、運営の狙いなのか。

「彼をあんな風に歪めたのは、他ならぬわたくしやミカちゃんの憎悪です」

 彼はとあるPBW運営会社の社長だ。確かに問題人物ではあった。15年ほど長く業界を引っ張ってきた辣腕だったが、人の気持ちを理解しないコミュ障なのと強引なやり方が災いして、多くのプレイヤーから恨みを買った。景品表示法違反じゃないかと思うようなキワドイこともやっていた。今ではもう最盛期からは見る影も無いほど衰退している。それでもまだ人がいる方で、同業他社はもっと寂れている。
 しかし彼は、あくまで人間だった。彼の悪事など、世間でヘイトを集めるレイドラの運営と比べたら小物に過ぎない。なぜ彼だけが、怪物の姿に歪められるのか。

「あんなバケモノに変えられて、さすがに自責の念が湧いてきますの」

 憎むな、殺すな、赦しましょう。元祖・正義の味方の口上を真似たのは、敵に向かってではなく。ミカとユッフィー自身に向けたものだったのか。

「ガアァァァ!!」

 8対1の状況にも関わらず、暴れ狂う男の強さは常軌を逸していた。手にした炎の剣で盾ごと前衛を切り伏せ、降り注ぐ火球や氷弾、電撃をもまるで意に介さぬ様子で後衛に歩み寄り…ひねり潰す。一切の流血を伴わず、相手は針で突かれた風船のように弾けて消えた。残り6人も次々と倒れてゆく。

 日本のどこかで、悪夢から目覚めたプレイヤーが寝室で飛び起きた。

「さまざまな社会の歪みが一気に噴き出し、息苦しさの極まった今の日本で人の心に積み上がった攻撃衝動を誘発する…危険なゲームですわ」
「でも、夢の中だけなら無害じゃないかしら」
「地球人にはそうでも、他所様に迷惑がかかりますの」

 そこで、また仲間から通信が入る。

「ユッフィーちゃん、このままじゃバーサーカーがそっちを襲うよ」
「仕方ありませんの。正面からでは勝ち目がありませんから、有利な地形に誘い込みますわ」

★ ★ ★

 遠距離からの狙撃が、暴走を続ける男を捉える。けれどダメージを与えた様子はなく、少しの間ひるませるだけに留まった。

「足止めできれば、それで十分…!」

 稼いだ時間で、ミカを抱えたユッフィーが全力疾走で飛ぶ。大手総合スーパーの脇を抜け、ファミレスと回転寿司の間を通って十字路を右折する。

「ちょっと、どこへ向かうの!?」
「接近戦禁止のフィールドが、この先にありますの」

 脳筋バカのイメージが反映されて、近接戦闘では無類の強さを誇るも一切の飛び道具を持たない彼。あそこなら勝機があるし、ルール破りにはきついお仕置きもある。
 東京都八柱霊園。そう刻まれた石碑の案内に従い、道路を左折する。

「真夜中に墓地なんて、私イヤよ!」
「いまのわたくしたちだって、幽霊みたいなものですわ!」

 昭和初期からそびえ立つ、苔生した大樹の並ぶ並木道。両脇を固めるのは墓石を扱う、多くの石材店。ラッコやピースサインの形に加工された石の横を、脇目も振らずに低空で飛ぶ。やがて見えてきたのは緑豊かな憩いの広場と、正門の左右を固める石の門。

 ここまでの間、バーサーカーは立て続けに遠距離からの狙撃を受けつつも全く無視してユッフィーとミカを追い続けていた。ふたりをターゲットと見なすだけのヘイトがそれほど強いのだ。

 あの逃げる魔女たちを潰せば、この頭痛から解放される。本能的に悟ったのか、男の追跡は執拗を極めた。完全にホラー映画のノリだ。その表情は、真冬に山奥のホテルで狂気に取り憑かれ、木製のドアに斧で大穴を開けて顔をのぞかせる男のそれだ。

「霊園内じゃ狙撃できないよ!死者の眠りを妨げるなってルールだからね」「問題ありませんわ」

 夜間は閉ざされている門を飛び越え、ふたりがフランス式庭園の噴水前に降り立った。ユッフィーの背から蝶の羽が消え、ドラゴンの尾も元に戻る。同じく正門をジャンプして園内に侵入したバーサーカーが、一気に間合いを詰めて燃え盛る剣を振り上げた。

「助けて王女!」
「大丈夫ですの!」

 目の前に迫る男は、自分たちの心に潜む「影」が歪めてしまった犠牲者。あまりの恐怖に立てなくなって膝を落としたミカを抱きしめ、ユッフィーは目をそらすことなく己の闇と対峙した。

★ ★ ★

 松戸市から、江戸川と荒川を挟んで車で1時間ほど。新宿の東京都庁では庁舎より巨大な「緑の魔女」を相手に、数十人のハンターたちが銃や弓矢、その他ロケットランチャーやガトリング砲を手に間合いをとって激しい攻防を繰り広げていた。

「各自散開して、ソーシャルディスタンスを確保しろ!」
「病毒属性の範囲攻撃をくらったら、あっという間に体力を削られるぞ!」

 不意に、巨大な魔女の視線が交戦中のハンターたちからそれた。その目が捉えたのは30km先、東京都が管理する松戸市の八柱霊園。その憩いの広場で燃え盛る剣を振りかざし、ユッフィーとミカに襲いかからんとする血走った目の男。

「密です」

 魔女の瞳が紅く光った。ヤバいぞコレ。

 圧倒的な呪力のこもった言霊が、見えない衝撃波と化してマッハで30km先のバーサーカーを突き飛ばす。まだ暴れて距離を詰めようとしたので再度パワーワードが雷鳴の如く炸裂する。そうやって、都の管轄内で狼藉をはたらく乱暴者に社会の掟を叩き込む。

「ほら、大丈夫でしょう?」
「…えっ!?」

 ゆっくりと目を開けたミカが、信じられない様子で男を見る。狂戦士の名に恥じず、男は弾かれた剣を拾い何度も執拗にふたりへ斬りかかるも。その度に見えない衝撃波に弾かれて、一定の間合いから先へ踏み込めない。

「なるほど。考えたね、ユッフィーちゃん」

 狙撃銃を背負い袋にしまい、代わりにクロスボウを手にしたピンク髪で小太りなミリタリーファッションのおっさんが青髪の少女に声をかける。この夜の間、たびたび援護してくれていた仲間だ。

「銑十郎さま、援護ありがとうございますの」
「そっちがミカさんだね?僕はセンジュウロウ、よろしくね」

 ややオタク風のおっさんに駆け寄って抱きつく、小柄な少女を眺めつつ。緊張の糸が切れたミカは、安らかな眠りに誘われていった。

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