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ベナ拡第2夜:ヒュプノクラフト(改稿版)

夢見の技ヒュプノクラフト

「奴を逃がすな!」
「おっぱい揉ませろぉ!」

ユッフィーの首飾りを奪え。報酬の姫ガチャ目当てか、別の動機か。仮面のプレイヤーたちが逃亡者を追って、スーパー銭湯前の坂を駆け上がる。

「ユッフィーよ!ヒュプノクラフトで足止めじゃ」
「エルルちゃんが手鏡出した、アレですよぉ」

しゃべる首飾りのオグマが、胸元から叫ぶ。エルルも走りながら私を見る。

「これが明晰夢なら、夢はコントロールできると?」
「ヒュプノクラフトの原理は、イメージの具現化じゃ。アバターへの変身、アイテムや建造物の作成、魔法や技の使用までな」

走る途中、左手に小さな公園が見えた。防火水槽の赤い標識が目に入る。私は追ってくる鉄仮面のモヒカンを指差し、思い切り叫んだ。

「キャー!モヒカンさんのエッチ!!」

笑いとユーモアは、私の武器だ。

すると、防火水槽がある公園の地下から。いきなり間欠泉の如くお湯の激流が噴き出した。

「ぬわぁぁぁ!?」

追跡者たちは、突然の鉄砲水に坂の下へ押し流され消えた。どこかの寝室で飛び起きる誰か。夢からのログアウト。漫画で言うなら夢落ちだ。

「ふはは。ユッフィーのおっぱい枕は、渡さんぞ」

胸元から、オグマの得意げな笑い声。この首飾り、触覚があるのか。思わず100tハンマーでも出して、お仕置きしたくなったが。今は急ごう。

「夢は、現実に干渉できないんじゃありませんでしたの?」
「よく見てみい」

再度、公園を見る。まるで何事も無かったように、夜の公園を照らす街灯。どこも濡れてない。

「なるほどですの。今のうちに」

追っ手を振り切り、一気に駆けるユッフィーとエルル。道の先では、昼間パチンコ店だった場所が、禍々しい邪神の神殿に変わってた。ギャンブルへのヘイトが、ヒュプノクラフトとして作用し建物の見た目を変えたのか?

「何ですの、あれ」

昼間歩いた散歩道は、夢の中で危険なダンジョンと化していた。

謎のご隠居

「ああ、あれか。中は伏魔殿だろうけど、近寄らなければ安全だよ」

不意に、上から声が。見ると、背中に蝶の羽を生やしたエルルちゃんがペストマスク姿の男性を後ろから抱きかかえて、ゆっくり降りてきた。私の水流を、飛んで避けたらしい。

「ユッフィーさぁん、ナイス!」

親指を立て微笑むエルルちゃんは、なぜか江戸時代の旅姿。この男性の担当だろうか。

「見ての通り、敵対の意志は無いよ。少し歩きながら話そうか」

DJPの原作、国民的RPGとして有名な「竜騎士の旅ドラグーン・ジャーニー」に出てきそうな、吟遊詩人のアバター。声からして、かなり年配の人か。穏やかな物腰からは、殺気は感じられない。

「私は、越後のしがないちりめん問屋の隠居。この先のレックスシェルターから銭湯を見に来て、君を見かけたのでね」

彼担当のエルルちゃんのコスプレは、印籠を出す係か。

「わたくしは、ユーフォリア・ヴェルヌ・ヨルムンド。ユッフィーとお呼びくださいませ」

お互いに挨拶を交わす。ユッフィーはお姫様風のカーテシー。私のエルルちゃんも、マネしてディアンドルのすそを少し持ち上げた。これが元々のユッフィーの設定。

「シェルターって、昼間はキングスホームセンターの?」
「そうだね。ドラジャニの発売元レックス社とは関係無いけど、名前の意味が似てるからかな」

レックス社の正式名称は、レクタングル・エックス。ラテン語のRexが「王」を意味する通り、RPGの王様みたいな名門企業だ。過去の名作の名を借りたガチャゲーを乱発した結果、没落した王家とも呼ばれているけど。

私とご隠居の後に、エルルちゃんズが並んで歩く。周囲はヒュプノクラフトで壁に書いた「MADCITY」の落書きや、暴徒から身を守るための障害物で現実と夢のツギハギ具合がスラム街みたいだ。

「プレイヤー間で略奪が横行しててぇ、エルルちゃんは悲しいですぅ」
「それでぇ、城塞都市みたいなのを作ってるんですねぇ」

現実の建築物は視界を遮るだけで、夢世界での防御力は無い。それでも悪夢の怪物や略奪者たちがゾンビ映画も同然にうろつく状況で、立て篭もる拠点としてのイメージしやすさは、ヒュプノクラフトの強化につながる大きな利点だ。だからこそ、拡張現実の防壁をかぶせて使われてるのだろう。

「ところで、君たちは強そうだね。そこを見込んで、頼みがあるんだ」
「わたくし、戦力の自己評価は中の下ですけど。それで良ければ」

この展開は、まるで。ドラジャニで街の人から依頼を受けるような。私はつい気分がノッてしまう。

「パチンコ店の先へまっすぐ進むと、別のシェルターが見えるけど。いつも魔物の大群に囲まれてて、近付けそうにないんだ」
「ユッフィーさぁ〜ん、そこってぇ」

私のエルルちゃんが、ご隠居の話を聞くなり頭を抱える。

「どうしましたの?」
「お友達の反応がぁ、その包囲の中なんですぅ」

銑十郎せんじゅうろう、あと850m。視界の先に、DJPそのままのAR表示。

1031への道

「仮面の機能で、通信できるぞ」
「やってみますの。銑十郎様、聞こえますの?」

レックスシェルターは、ホームセンターの外観にヒュプノクラフトで中世ヨーロッパ風の城壁を継ぎ足した独特の姿。その前まで歩いてきたユッフィーが、通話を試みる。

「ユッフィーちゃん?」
「よかったですの。そちらはご無事で?」

銑十郎は、私のゲーム仲間。PBW「偽神戦争マキナ」で知り合い、殺伐とした中でも心の通う交流ができた数少ない理解者。関東の人じゃないのになぜここへ?

「それが、1 0 3 1イチマルサンイチシェルターの状況は良くないんだ」

疲れを感じる声だった。

「見えるかな。僕らはあの『宿敵』たちに包囲されて、外に出れないんだ。みんな精神的に追い詰められて、ギスギスしちゃってさ」

昼間はゴミ処理センターの大きな煙突が。夜は炎を噴く高い塔になって、その下から無数の怪物が次々と湧いていた。気のせいか、どこかで見た覚えのあるやつも。

「あれって、まさかマキナの?」
「そう。あれらはマキナの運営が本編中に出せなかったか、雑な扱いで一発退場させられた宿敵なんだ。夢の中に、化けて出てくるなんてね」

RPGの敵キャラが、夢の中に出てくる。夢だからね。ゴミみたいな扱いを受けたから、ゴミの処分場から湧いてくるのか。

「このシェルターにいるのも、みんなマキナの関係者だよ」
「その『宿敵』ってのは、何なんだい?」

話を聞いてたご隠居が、興味を持ったのか会話に加わる。

「わたくしは今、謎のご隠居の依頼でそちらへ向かうところですの」
「物好きな人がいるんだね」

さて、予備知識のない人にどう事情を説明するか。

知られざる闇

プレイバイウェブP B Wは、自分の考えたオリキャラや宿敵をイラストレーターに描いてもらったり、宿敵をシナリオに登場させられるRPGのマイナージャンルですの」
「ほう、それはすごいね」

ご隠居が感心する。RPGと言えば普通は、用意されたお話をなぞるだけ。でないと面倒過ぎて、採算が合わないのか。

コミケ期間の国際展示場駅で見かける、不思議なポスター。それがPBW最大手の、ミリタリーパレード社。社員は十名に満たないけど。

「もしかして、テーブルトークRPGに近い要素があるのかな?」
「ご明察ですの、ご隠居。PBWはネットの時代が来る前、TRPGをリモートで、かつ大人数で遊ぶため考案された郵便RPG・P B Mプレイバイメールの末裔ですわ」

その名残で、今でも文章でキャラの行動を指示し、結果は小説で受け取る。MMORPGとは似て非なる、別の道を模索した先駆者。でも進む道を誤った。

「少人数の運営で大勢のプレイヤーをさばき、手間を省くため。TRPGの基準で考えると、かなり乱暴な応対をしたのが災いして。PBWは参加者の支持を失い、他の娯楽に人が流れていきましたの」

遠い目をする私。

PBWの厳格な文字数制限は、私に物書きの基礎を鍛えさせた。一方で、編集会議のような仕組みがありながらもその実態は、自分の案を通す事しか頭にない者たちが潰し合う場。必要なのは作家の才能ではなく、多数派工作。

どれだけ退屈でも、自分の考えた設定が「公式」だとふんぞり返る運営は、承認欲求をエサにする小悪党。自由な空想に、他者の承認など不要だ。

「それで、名目だけの宿敵が乱立したんだね」
「その通りですの」

理解の早い人で、助かった。やはりRPGに詳しい人か。

「僕たちはのんびり雑談を楽しんだり、たまにイラストで思い出作りをしてたね、ユッフィーちゃん」
「ええ」

話に聞き入る、エルルちゃんズ。

「だからぁ、銑十郎さぁんはユッフィーさぁんと結ばれたんですねぇ!」

通信の声は、銑十郎担当のエルルちゃんか。その話を聞いてたのか。

「家族が増えましたぁ♪」

私のエルルちゃんが、嬉しさのあまり抱きついてくる。正直照れる。銑十郎も顔を赤くしてるだろう。美少女な嫁の中の人が、おっさんでも。

実際、メインストーリーそっちのけで「恋愛ごっこ」にハマるカップルは、長年のプレイヤー経験でたくさん見てきた。

「ゲームの中ですけど。銑十郎様とは、イラストで結婚式の様子を」

ご隠居がギターを奏でる。ドラジャニの有名な、結婚式のBGMじゃないか。ノリがいいな、この人。正体不明だけど。

「なるほど、ありがとう。君たちは困難の中でも、絆を育んだね」
「ヴェネローンは多夫多妻制。わしは気にせんぞ?」

さりげなく、オグマも異世界人らしい文化の違いを口にする。

PBWの黒歴史を語るつもりが、何だかイイ話になったけど。このまま夜が明けるほど、カオスな夢は優しくなかった。

新たな宿敵

「ご隠居、知らない連中が来たぜ」

ホームセンターの屋根から、見張りの声。指差す先を見ると、中華鎧を着た猪の獣人を先頭に、戦国時代の武士風な一団が消防署前の交差点から歩いてくる。

「あれは…!」

私には、見覚えがあった。新宿から一緒に飛ばされてきた、孟信たち。

「異世界、トヨアシハラの者じゃな。過去の戦死者を、ガーデナーが悪夢の怪物として復活させたのじゃろう」

オグマが一同に注意を促す。

「やっぱり、君たちはこの悪夢の真相に近いね」

喋る首飾りに、ご隠居も関心を示す。ユッフィーが胸元を見る。

「おそらく、狙いはこの首飾りでしょう」

少し、時間はさかのぼる。

ユッフィーの中の人とは、別の地点に落ちた孟信が豚骨ラーメン店の看板をにらんでいる。この状況でも深夜営業でにぎわい、密になっていた。

「我が同胞を家畜におとしめ、死した後も骨まで搾取するとは…許せん!」

孟信が青龍偃月刀を構える。竜の飾り部分が赤い猪の。そしてフルスイングから、店と客めがけて衝撃波を放つ。しかし何も起こらずすり抜けた。幽霊は結局、幽霊。現実には干渉できないが、異世界では事情が違うのか?

「何っ!?」
「アナタ、外からの増援ですね?」

間抜けな猪武者を見つけ、あきれ顔の道化。

「アナタに追ってほしい者がいるのです」

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