"自分大好き"のアンディーに救って欲しい"孤独"なメリッサ(ただの感想)~朗読劇『LOVE LETTERS』(山内圭哉・美弥るりか)~

『いいえ、あれは別の猫です』

もう30年以上、100公演を超えるほど観て、初めて、メリッサのこのセリフに引っかかった。
朗読劇『LOVE LETTERS』(A・R・ガー二―作。藤田俊太郎演出)については、過去に何度か感想を書いたので、作品についてはそちらをご覧いただければと思うが、とはいえ、基本的なことだけは書いておくと、1937年から約50年にわたるアンディー(男性)とメリッサ(女性)による往復書簡を読む、(ほぼ1回きりの)朗読劇だ。

『いいえ、あれは別の猫です』
ほとんどのメリッサがサラっと流すこのセリフに、美弥るりかメリッサは「何を質問されているかわからない」といった風に返した。
そこから暫くの間、美弥メリッサはずっと不機嫌で、何故そうなのかといえば、助けを求めているのに肝心の山内圭哉アンディーが手を差し伸べてくれないどころか、メリッサのSOSに全く気づかないからだ。

『いいえ、あれは別の猫です』
何故、美弥メリッサは意外そうに返したかというと、その前の手紙で彼女は母親が(最悪の男と)再婚したことに対し、『誰か(と言っているが、当然山内アンディーのこと)、私を助けて』と記しているのだ。
山内アンディーはそのことに触れず、同封されていたメリッサが描いた猫の絵に対して『この猫は、以前君がプールに放り込んだ猫ですか?』と返してしまう鈍感さ。
救いを求めていた美弥メリッサとしては、意外だったろうし、がっかりもしただろう。だから、ここから暫く美弥メリッサは不機嫌だ(母親の離婚で少し機嫌が直る)。

アンディーという男(の子)は、そういう性格だ。メリッサのことを好きだ好きだと言いながら、結局、自分の事(だけ)が好きなのだ。

私は、山内圭哉という俳優がとても大好きで、あの風貌ももちろんだが、他の人には真似できない感情の込め方とセリフ回し。
どこまで本気かわからないのに、でも、不思議と誠実そうにも見える。

山内アンディーは、私自身が今まで観たことのない、彼しかできない唯一無二-というか、個人的には、アンディーの一つの到達点-の人物となった。

山内アンディーは一見、物事や他人に対してとても誠実そうだが、彼の手紙を読む(聞く)と、本当に「自分大好きというか、自分しか好きじゃないんだな」と思える(だからメリッサだけでなく、妻のジェインも傷つけていることに彼は気づかない。『とにかくジェインはメロドラマ思考で困ります。特に君からの手紙が来ると暫くの間は』なんて、よく書けたものだと呆れるが、この無神経さが際立つのも山内アンディーだから)。
アンディーは何度か、自分の学校生活(だけ)を記した長文の手紙をメリッサに送りつけるのだが、これがもう、山内アンディーの真骨頂。
過去のアンディーで、長文の手紙を、こんなに調子良く朗読した人がいるだろうか。
アンディーは自身で『手紙を書いていると、その時だけ凄い人になった気がする』と告白しているが、山内アンディーはまさにそのとおりで、つまりアンディーは自分で手紙を書きながら段々「筆がノッている」状態になってくるのだ(一幕最終盤の『サラ・ローレンスのアンジェラ・アトキンソンへの長~い手紙』からの2通の手紙は、まさに、彼の「演説」だった。さらに言えば、二幕のクリスマスレターをあんなに気持ちよさそうに読んだアンディーが過去にいただろうか?)。
それらの手紙で、こんなにクスクス笑ったのは、初めての経験だった。

だから、美弥メリッサはとても"孤独"だった。
ずっと彼の事が好きで、救いを求めているのに、彼はちっとも気づかない。
気づいてくれないことに傷ついた彼女は、『真面目でお堅い』アンディーには「奇行」としか思えない行動を取ってしまう。そして案の定、アンディーに誤解されて、さらに傷つく(キャンベルズのスポーツパーティーでの行動を「誤解」されたことに傷つく彼女は、本当に悲しそうだった)。

メリッサという女(の子)は、そういう性格だ。遠回しな言葉に気持ちを込めても彼には伝わらないことを、誰よりも知っているのに、ストレートに言葉にすることができない。
だから、ある意味において、美弥メリッサもメリッサとして一つの到達点とも言えるのだが、『ダーウィンと結婚することに決めました。彼にはまだ言ってないけど、今日にでも言います。せめて、幸運を祈って下さい』というセリフに寂しさを込めたのは、私が観た中では数人しかいないが、つまりアンディーの気を引こうと思って書いたことに(『日本での燃える恋』の渦中にいた)彼が気づいてくれないから、引くに引けず(或いはヤケになって)結婚して"しまう"のだ(だから、そんな結婚生活が破綻するのは、最初から見えていた)。

本当に、美弥メリッサはずっと「切ない片想い」をしていた。
アンディーの父親の逝去に対しての弔文の最後、あんなに心を込めて「愛してます」というメリッサに驚き、その彼女の切ない気持ちに胸が潰れそうになった

結局、皮肉なことに「無神経な山内アンディー」によって、美弥メリッサは「切ない片想い」を自ら断たなければならなくなった。
あまりに悲しい結末……と思ったラスト、意外な展開を見せる。

今まであんなに気持ちよさそうに自身の手紙を書いて(読んで)いたのに、ラスト、ミセス・ガードナーへの手紙を読み始めたとたん、山内アンディーは涙声になったのだ。
このまま行くのかと思った矢先……
『さあ、本領発揮ね、アンディー』
どこからか、美弥メリッサの声が聞こえる。
それを聞いた瞬間、山内アンディーは自身を取り戻したかのように、それまでの調子に戻るのだ。
それは、山内自身の演出・計算なのかはわからない。
しかし私は、山内アンディーは美弥メリッサが言う『本領発揮』の意味がわかったのだと、奇跡が起きたのだと、そう思った。

聡明な美弥メリッサは、山内アンディーが『自分(だけ)が好き』ということなどハナからお見通しだっただろうし、自分に寄越す手紙は『筆がノッている』文章なのだと知っていただろうし、またそれを楽しんでもいただろう。
美弥メリッサの本心は、最後に山内アンディーに届いたのだ。

メモ

朗読劇『LOVE LETTERS』(山内圭哉・美弥るりか)
2024年6月17日。@PARCO劇場

普段は椅子2脚と小さなテーブルしかないが、今回は豪華なセットが設えてある。これは公演中の『ウーマン・イン・ブラック』の休演日に演っているからだ。


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