職人の父とその娘の物語、2作~映画『高野豆腐店の春』、映画『バカ塗りの娘』~

2023年9月はじめ、「高齢の職人の父とその娘」の映画を立て続けに2本観た。
1本は広島・尾道を舞台とした人情喜劇『高野たかの豆腐店の春』(三原光尋監督、2023年。以下、『春』)。
もう1本が青森・弘前を舞台とした成長物語『バカ塗りの娘』(鶴岡慧子監督、2023年。以下、『娘』)。

ストーリー等詳細は各公式サイトを参照いただくとして、両作は「高齢の職人の父とその娘」という設定は同じだが、内容は真逆に近い。
『春』は、娘の名前・春(麻生久美子)に係ったタイトルで、もちろんその意味を含ませつつ、どちらかといえば、主役である父・高野たかの辰雄(藤竜也)の「生きる希望としての『春』」を表している。
一方の『娘』はタイトル通り青木清史郎(小林薫)の娘・美也子(堀田真由)が主人公で、タイトルの「バカ塗り」はテーマである津軽塗の別称であるとともに、父娘(及び祖父)ともに「津軽塗に魅せられた(バカ)者」の含意がある。

父娘の造形も両作ではほぼ真逆で、近所の幼馴染たちと日々床屋談義をする辰雄(「今は年をとって丸くなったが、昔は偏屈で、多少のやんちゃもしていた」という雰囲気をまとっている藤竜也の演技が秀逸)、と、組合の会合に出ても喋らない(であろう)清史郎は、おそらく西の広島と東北の青森という違いにもつながる(舞台挨拶で小林薫は「東北の職人は口数が少ないであろうから、(監督に)セリフを減らしてもらった」と発言。それがピタリとマッチした父親を演じていて、これも凄い)。
娘も、明るくしっかり者(しかも出戻り)の春と、引っ込み思案で友人も恋人もいない美也子と真逆になっている。

ここまで、両作は真逆だと書いてきたが、「職人気質の父が、娘(=女性)を後継として認める」結末は共通していて、それは決してネタバレではなく、つまりはどちらも「旧来の価値観からの転換」が描かれているのである。
『春』では、「出戻り娘を(『釣書』の良い男性に)嫁がせ」ようと邁進する辰雄は、端的に「娘は単なる豆腐屋の"手伝い"」といった旧来の価値観を持っている。
一方の『娘』でも、清史郎は長男のユウ(坂東龍汰)に跡を継がせるつもり(それにユウが反発するのも旧来の物語である)で、ここでも娘は「単なる"手伝い"」として扱われている。さらに、美也子は母が出て行った後の家事だけでなく、スーパーのパート勤めといった「昭和の家父長制」での"女の役割"を担わされてもいる。

ここで云えるのは、両作は「家族の再構築(Re-Struct)」という大きな共通点を持ち、さらには「否定するだけでなく、大切な事は継いでいかなければならない」という大きなメッセージを持っていることだ。

後者においては、『春』には「被ばく」、『娘』には「(津軽塗という)伝統工芸」といった、「後継者がおらず、消えていってしまいそうな大切なものを継ぐ」というテーマが通底している。

前者は決して「元に戻る」「やり直す」の意ではなく、家族そのものを新たに「構築し直す」。
『春』では父娘の関係性において括弧つきの「家族」だったものが、娘自身が決めた相手を受け入れた後、ラストシーンにおいて本当の家族として「再構築」される。
『娘』はもっと複雑で、娘の行動に父親が理解を示すことで「家父長制」が解体された後、父が息子を受け入れることによって「新しい価値観」を持った家族として「再構築」される(こういった物語がセンセーショナルではなく、ごく普通に淡々と展開されることに、時代の(良い方への)変化を感じる)。

さらに「作品」としての観点でみると、両作には大きな共通点がある。
それは、「職人の手作業の音」と「それらの品が魅力的に映っている」ということだ。
『春』における豆腐作りの工程の音、スクリーンいっぱいに映し出される美味しそうな豆腐たち(鑑賞後、私は居酒屋へ直行し冷奴を注文した)。
『娘』における津軽塗の漆器の美しさ(人物が反射するほどのグランドピアノは息を吞むほど美しい)と、作業の音。

特に『娘』は、「音」にこだわっている。
『塗っては研ぐを繰り返す』津軽塗は全部で48の工程があり、職人たちは黙々と丁寧に心を込めて作業に取り組む(『バカに塗って、バカに手間暇かけて、バカに丈夫』であることから「バカ塗り」と呼ばれているそうだ)。
鶴岡監督はこの気の遠くなるような作業を、さりげない映像と清史郎・美也子の作業の音だけで表現している。
工程の始め、作業場のカレンダーは6月だったが、以降、黙々と様々な作業をする父娘の手作業の映像と音に、蝉時雨が混じり、ねぷた祭りの音とさりげない映像が挟まり、虫の音が聞こえる。
ナレーションやテロップどころか、セリフも一切なく、それで作業が複雑かつ長期間掛かることを表現している。同様に、美也子が挑む作業も、何の説明もなく、彼女が一心に『塗っては研ぐを繰り返す』のを、音と映像だけで観せていく。

手作業の音の心地良さに聞き惚れるのだが、そういえば、それぞれの方言もチャーミングで、そこに行ったことがなくてもなんだかホッとできてしまう魅力があって、それも「音」だ。

人間の身体を通じて発する美しい音、その魅力の再発見。
それこそが、両作の共通点だろう。

メモ

映画『高野豆腐店の春』
2023年9月1日。@シネスイッチ銀座

映画『バカ塗りの娘』
2023年9月2日。@ヒューマントラストシネマ渋谷(舞台挨拶付き)

堀田真由さんの声を初めて聞いたような気がする。というのは、彼女は西武鉄道のイメージキャラクターを務めており、西武線の電車内のディスプレイでは彼女が秩父を観光した映像が頻繁に流れているが、電車内なので音声は流れないから。だから、毎日見る割に声を聞いたことがなかった(だからつまり、演技を観たこともなかった)。
舞台挨拶に登壇した彼女は、普段見る映像のそれより、数段大人びて見えた。

(2024.02.29追記)
鶴岡彗子監督は、映画『バカ塗りの娘』にて、第74回芸術選奨 文部科学大臣新人賞(映画)を受賞されました。

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