「社内恋愛」華やかし頃のラブコメ

新年度がスタートした。
入社や人事異動など特別なことがなくても、会社員にとって気を引き締め直す区切りの時期である。

そんな「会社員」を主人公にした物語を読むと、昔と今では「会社員生活」というものがガラリと変わってしまったことを思い知らされる。
同時に、「恋愛」に関しては今も昔も変わらないということにも…

それは、今から70年ほど前、1952年(昭和27年)その頃の「会社員生活」を描いた源氏げんじ鶏太けいた著『明日は日曜日』(ちくま文庫、2021年復刊。原著は1953年)を読めばわかる。

内容を簡単に言うと、「社内恋愛を描いた王道ラブコメ」となるだろう。

舞台は敗戦から7年後、敗戦の傷跡も癒えかけ、高度経済成長に向けて一気に駆け上がろう、という時代の大阪の会社。
社員たちは、仕事そっちのけで各々社内恋愛に明け暮れている。

主人公は入社3年目、総務課の桜井大伍くん。典型的なお人好しで頼まれれば嫌と言えない性格の持ち主。そんな大伍くんが社員たちの恋愛の面倒事に巻き込まれるという王道パターン。

彼の隣の席は、同期入社の山吹桃子さん。
いつも面倒事を抱えてしまう大伍くんを見かねて、影となり日向となり面倒事の解決の手助けをする。
桃子さんはそんな大伍くんに密かな想いを寄せているが、もちろん、鈍感な大伍くんは気づいていない。

物語は登場人物ではなく語り部の目線から見た講談調。
登場人物の立場や気持ち、それぞれの関係性や事情などを軽妙に説明してくれるので、読者は素直に物語の世界に入っていける。

敗戦後の日本。何もかも、令和の時代とは違う。
土曜日も当たり前に出勤しているし、エレベータガールもいる。計算にはそろばんを使い、月のお給料もボーナスも現金支給だ。
会社には石鹸の「押し売り」も来るし、タバコも吸い放題だ(しかも、会社の一階には「タバコ屋」を完備)。

社内恋愛は黙認どころか推奨され、女性社員は「将来有望な男性社員」をゲットするという目的が公然化されている。もちろん、相手が見つかれば「寿退社」して家庭に収まる。見つけられない者には、容赦なく「オールドミス」という称号が付与される。

男性社員も当然ながら、「結婚して一人前」の時代。独身者は肩身が狭い。

それらは「そういう時代だった、という歴史的事実」というだけのこと。
時代が変われば周りの生活や価値観は変化するのは当然のこと。

ところが驚いたことに、恋愛(物語のパターン)は不変なのである。

内気な友人のために一肌脱いで相手の女性に伝えにいった男性のことを相手の女性が好きだった、タバコ屋の看板娘は嫁に出したくない頑固おやじのせいで好きな人と一緒にいられない、パーティーで好きな男性と巡り合った女性は同じパーティーにいた重役の息子に見初められてどちらを取るか悩む、妻に先立たれた2人の窓際おやじが同じ飲み屋の女中に入れあげてライバル心をむき出しにする、喧嘩ばかりしていた男女がふとしたきっかけでお互いに惚れ合ってしまう、などなど、昔の若者も現代の若者と同じような恋愛をしているのである。

何より、お人好しで他人の恋愛沙汰に振り回される大伍くんと、彼に秘めたる想いを抱く桃子さんの恋愛模様が、全13話の中で少しずつ不器用に進展していく王道パターンが、読者をドキドキ、キュンキュンさせる。

もう一つ、全編に通じているテーマが、タイトルの『明日は日曜日』。
それぞれの物語の終盤、登場人物の誰かが必ず「明日は日曜日」ということを口にする。
忙しい毎日を過ごす彼らにとって日曜日は待ち遠しい、素敵な日だ。
だから、この物語の結末はいつも待ち遠しい素敵な日を予感するものになっている。

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