いっぱい笑って、少し痛い~映画『お母さんが一緒』~

CSのホームドラマチャンネル開局25周年記念として製作されたドラマが再編集され映画化された。松竹製作の「ホームドラマ」なのに、タイトルは『お母さん一緒』(ペヤンヌマキ原作・脚本、橋口亮輔監督、2024年。以下、本作)。
”ではない。ポスターもちゃんと””が赤字で強調されている。そして、メインタイトルにも拘わらず、「お母さん」は出てこない。
しかし、観終わればちゃんと、何故””なのか、その理由がわかる。

親孝行のつもりで母親を温泉旅行に連れてきた三姉妹。長女・弥生(江口のりこ)は美人姉妹といわれる妹たちにコンプレックスを持ち、次女・愛美(内田慈)は優等生の長女と比べられてきたせいで自分の能力を発揮できなかったと心の底で恨んでいる。そんな二人を冷めた目で観察する三女・清美(古川琴音)。三姉妹に共通しているのは、「母親みたいな人生を送りたくない」ということ。

母親の誕生日をお祝いしようと、三姉妹は夕食の席で花やケーキを準備していた。母親へのプレゼントとして長女の弥生は高価なストールを、次女の愛美は得意の歌を用意し、三女・清美は姉たちにも内緒にしていた彼氏・タカヒロ(青山フォール勝ち)との結婚をサプライズで発表すべくタカヒロ本人を紹介するつもりだったが――。

公式サイト「あらすじ」

”である理由は幾つもあるが、その一つを端的に言えば「『親孝行のつもり』で連れてきたはずなのに、旅行に折り合いの悪い母””いる」というパラドックスだ。
さほど仲が良くないとしても、(もういい年になった)三姉妹だけの一泊旅行なら、それなりに平穏を取り繕うことが出来ただろう。
しかし、母””いるのだ。しかも母、ただいるのではなく、きっちり攻撃してくる(ただし、前述したように母そのものは出てこない)。
従って物語は、自ずと三姉妹の激しい諍いへと発展してゆく。

諍いは、コメディードラマであるが故、誰かの言葉に誰かが突っかかり、また別の誰かが流れ弾を喰らい、諍いの内容や相手がコロコロと変わっていく。
さらに、結婚できない姉2人を差し置いて、末の妹が結婚相手を連れてきて、騒動に油を注いでしまう(さらにこの結婚相手の素姓が、とんでもない騒動を引き起こしてしまう)。

基本的には温泉旅館の一室を舞台にした会話劇で、原作であるペヤンヌマキ作・演出の同名舞台(2015年)には、本作で次女・愛美を演じた内田ちかが同じ役で出演している(つまり、オリジナルキャスト)。

内田と江口のりこという芸達者の2人が「芝居がかった芝居」をすることのおかしさは見事だ。
特筆は、江口の変幻自在ぶり(感嘆ではなく笑ってしまうところが、さすが実力派俳優)で、橋口監督が『江口のりこを連れてきました!っていうだけの現場が多いと思うので、この作品はそうならないように』と心掛けたとおりの出来栄えとなっている(ちなみに言えば、この2人は橋口監督の『ぐるりのこと。』(2008年)に出演している。確か、同じシーンはなかったと思うが)。
「芝居がかった芝居」が物語を破綻させず、すんなり収まっているのは、これまた芸達者の古川琴音のブレない安定感抜群の演技がアンカーとして機能しているためだ。

本作、とにかく笑ってスッキリした気分で映画館を出られる作品だが、もちろん、それだけではない。

本作公開に先駆けて、橋口監督の過去作が渋谷の映画館・ユーロスペースで上映された。
最終日のアフタートークに登壇した橋口監督は、ゲストとして登壇した奥山大史監督の最新作で本年のカンヌ国際映画祭に出品された映画『ぼくのお日さま』(2024年9月13日公開予定)について、「ちゃんと"痛み"が描かれている」と評した。
そして、本作についても、「基本的にはコメディー映画ですが、ちゃんと"痛み"も描いています」と語った。

本作の"痛み"は、『ぐるりのこと。』の翔子(木村多江)や『恋人たち』(2015年)のアツシ(篠原篤)のような、心の内側を深く抉るような(ある意味、わかりやすい)ものではないが、だからこそ"痛い"のではないか(とはいえ、江口演じる弥生が、古川演じる清美に結婚についての思いを吐露する場面は、翔子やアツシを彷彿させるものだった)。
その"痛み"とは、日常生活で何とか抑え込んでいるものはもちろん、姉妹の諍いによって、今まで気づかなかったところに深い傷があったのが露呈してしまったもの(それまで何ともなかったのに、気づいた途端に強烈な痛みに襲われる)、そして何より「母」の存在だ。
ふとした何気無い自身の言動に、忌み嫌っている「母」を見てしまう。たとえ、それが長所と謂われるようなことでも、いや、もしかしたら、長所であるほうが"痛み"が大きいのかもしれない。どれだけ否定しても、自身は自身として自由(或いは個性)なのではなく、『お母さん一緒』にいるようで、それからは絶対に逃れられないから。

しかし本作は、その思いを逆手に取ることで、松竹らしいホームドラマとしての大団円を作り上げた。
さすがは、橋口亮輔監督。

メモ

映画『お母さんが一緒』
2024年7月17日。@新宿ピカデリー

申し訳ないことに、本作原作の舞台を含めペヤンヌマキ氏の作品にあまり馴染みがないのだが、会話劇を作るのが巧い作家なんだなと思う。
『竹内涼真の撮休』の第5話「老婆との休日」は(富司純子さんの演技も相まって)ミステリアスな展開が面白かったが、ちょっとしたセリフのセンスも凄いなと思う。
お気に入りは、『有村架純の撮休』(いや、本当に「撮休シリーズ」好きなんですよ)の第2話「女ともだち」で、好きだった男性に幻滅した女ともだち(伊藤沙莉)が『顔だけはいいんだよな、アイツ(そりゃぁ、若葉竜也氏が演じているのだから)』と呟くのを聞いた「有村架純」が『性格は?』と問うと、彼女は『悪いかな(若葉氏とは無関係)。(略)なんか……"一概に"って思っちゃう』と答える。
それに対して「有村架純」が『騙されるタイプだな』と返すのだが、この一連のやり取りを初めて見たとき、「センスいいなぁ」と感心してしまったことを覚えている。



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