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人の夢を笑うな~『映画コザママ♪ うたって!コザのママさん!!』~

人の夢を笑うな

映画コザママ♪ うたって!コザのママさん!!』(中川陽介監督、2024年。以下、本作)で印象的なセリフだが、しかし我々は、そもそも「夢」というものに、それこそ夢を持ちすぎているというか、縛られているのではないか、と思った。

ベトナム戦争時、沖縄県コザ照屋地区には黒人が集い、ソウルやR&Bを聴かせる店が数多く存在した。その空気の中で育った少女たちは本格R&Bバンド『銀天ガールズ』を結成し一世を風靡した。時は過ぎ、それぞれが家庭を持つ中で、街起こしイベントで『銀天ママサンズ』を再結成し復活!だが、そこには大きなハードルが待っていた。厳しい現実の中で、夢を追い明るく逞しく生きる女性たちと、それを支える家族と仲間たちの物語。

本作紹介文

物語の構造としては、「ご当地映画」と「再結成物語(『大きなハードル』=仲違いの解決)」の定型を踏んでいる。しかし、数多のそれらと決定的に違うのは、そこが沖縄だということで、つまり、かつての「琉球王国」から日本に支配されるに至り、そして現在も「日本でありながらアメリカである」ーしかも「自由の象徴としてのアメリカ」とは正反対の「戦争の象徴としてのアメリカ」ーということだ(だから、民謡や唱歌ではなく、海外と無関係なロックといったものでもなく、「黒人由来の正当なR&B」が「土地のSoul」であることがリアリティーとなる)。
このリアリティーが、1970年のコザ暴動を歌った「燃える街」がイベントで演奏される説得力になる。

本作、「ご当地映画」と「再結成物語」の定型を踏んでいるが、それらの多くがミッションをクリアする/できない、或いは、それを示唆するような結末になる。
しかし本作の真のテーマは、「ご当地映画」と「再結成物語」を乗り越えた、その先に現出する。
本作の真のテーマとは、ずばり「夢」だ。

「音楽」というのはとてもわかりやすい題材で、つまり、音楽に対する「夢」とは、「成功する」或いは「音楽だけでメシを食う」ことなのか。
音楽には個々人の接し方があるというのに、誰かが決めた、或いは亡霊のような幻想に憑かれているだけではないのか。

構造的には、「銀天ガールズ」時代に、怖気づいて自ら「夢」を捨てた金城ななえ(上門かみじょうみき)、嘉数リカ(畠山尚子)、宮城真澄(新垣美竹)が20年後の「銀天ママサンズ」で、逆に「夢」から見捨てられて挫折と屈辱を味わい、一人夢を追い続けた末に諦めかけた上原由紀子(jimama)が「夢」に救われることになる。

今、「夢に見捨てられた」と書いたが、正確に言えば20年の時の流れの中で各々の「夢」が変わっていた、そのことを「夢」が気づかせた、要するに「夢」は遠い所にあるのではなく各々の生活の中にあった、ということだ(そのきっかけは、3人それぞれの夫たちによるものだが、特にななえの夫(Kジャージ)のセリフはグッとくる)。
「夢」が変わっていたというのは実は由紀子も同じで、彼女はやっと自分の本当の「夢」に気づいたのだ(それが実母によるもので、だから、本作は基本的に「家族」の物語である)。

人の夢を笑うな

夢の変節が、ファンや過去を知る者には裏切りに映り失望するかもしれない。しかし、いくら変節しようとも「夢」が「自身が求める夢」である限り、誰にもそれを笑う資格はない。

この、ハートフルで熱い物語は最終的に「夢は自分だけでは叶わない。仲間や家族と共有し、助け、助けられながら叶えるものだ」ということを教えてくれる(だから、カーズー(仲座健太)は夢が叶えられない)

「I have a Dream」
と言ったのはキング牧師だが、その夢は彼ひとりではなく、大勢の……本当に大勢の人たちによって叶えられたのである。

メモ

『映画コザママ♪ うたって!コザのママさん!!』
2024年4月14日。@UPLINK吉祥寺

表題の舞台挨拶の写真、左から有名音楽プロデューサー役の芳野友美さん(最前列で普通に鑑賞されていた)、中川監督、jimamaさん、上門みきさん。
普段使いの沖縄ことばにほっこりした。
沢田穣治氏による劇中音楽も良く、元気が出る映画だった。



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