トースターをゼロから作る

東京・秋葉原や大阪・日本橋などでは電子部品など、各地のホームセンターでは木材やパイプなど、手芸用品店では生地やボタンなど、「部品」を買ってきてモノを「自作」する人たちがいる。
市販の既製品を買った方が安価で品質が良く、今すぐ手に入るのに、それでもあえて「自作」に拘る。

しかし、いかに「自作」に拘ろうと部品をお店で部品を買っているうちは、イギリス人の彼には到底かなわないだろう。

やぁ。僕の名前はトーマス・トゥエイツ。この度、僕はトースターを作ったんだ。時間にして9ヶ月、移動距離にして3060キロ、そして金額にして1187.54ポンド(約15万円、2012年のレートで)をかけて。

…トースター?

お店に行けば4ポンド以下で手に入る、あのパンを焼く機械を作った。

トースターだからと馬鹿にしてはいけない。
彼は、買った部品を組み立ててトースターを作ったのではない。

本当に作ったんだ。地中から原材料を掘り起こすところから始めて

そして彼は、その顛末を『ゼロからトースターを作ってみた結果』(新潮文庫、2015年。訳・村井理子。以下、本書)に記した。


そんなことを思いついて実行するなんて相当クレイジーだと思うが、しかしそのクレイジーさは、楽天家でポジティブで好奇心旺盛で、そして何より驚異の行動力を持つ彼だからこそ生まれたものでもある。

彼はその4ポンドもしないトースターを買ってきて、パンを焼かずに分解し、構成部品を全て洗い出す(買ってきたそのトースターを使えば、作らずに済むのに…)。

そして、鉄・銅・マイカ・ニッケル・プラスティックでできた部品を「ゼロから」作るために、それぞれの原料を求めて採掘場などに出向いてしまう(その移動距離が3060km!)。
この行動力は楽天家でポジティブでなければ生まれないだろう。
何故なら、採掘場に行っても、自分で掘れるかわからないし、それ以前に原料を掘らせてくれるかもわからない、幸運にも掘らせてくれたとして、それを簡単に持ち帰らせてくれるのか…心配事は尽きず、アレコレ考えた挙句、結局諦めてしまうのが普通だからだ。
しかし彼は、電話で担当者に簡単な問い合わせとアポイントを入れ、手ぶらで出向いたりする(勝手に「道具は貸してくれる」と都合良く思い込んでいる)。
「しかし」なのか、「だから」なのか…とにかく彼は、ちゃっかりそれなりの収穫を得てくるのだ。

だが、原料を得ただけではトースターにならない。
原料を加工しなければならないが、これも彼は、かなり無謀で危険な(安全面だけでなく法的にも…)方法に、果敢に挑む。

例えば、鉄を溶錬するのに、2001年に特許付与された「マイクロ波エネルギー」を使う方法を見つけた彼は、「マイクロ波だったら、電子レンジも同じ仕組みじゃね?」とお気楽に考えて実践してしまう。
当然、失敗に終わる。

トースターの発熱体として必要なニッケルを得る方法を思案していた彼。

程なく僕は、カナダの造幣局が2000年を迎える前の年に、毎月記念硬貨(25セント硬貨)を発行していたことを突き止めた。その12枚の硬貨は99.9%の純度のニッケルでできているという。

その硬貨12枚のうち11枚が揃ったセットが、通販サイトで『たったの9.5カナダドル(約760円)』で売られているのを見つけてしまう。
しかし、カナダだけでなく日本、いや、世界各国で『法定通貨となっているコインを溶かしたり、壊したり、硬貨として以外に使用』することはご法度である。

彼は悩んだ末、とうとう開き直る。
『ああもう、どうにでもなれ。僕がカナダに行かない限り、カナダの騎馬隊にとっ捕まえられる心配をする必要がどこにある!』

はい、ニッケル・ワイヤの完成!


このように、本書は面白おかしいエピソードが満載だが、紹介されている理論や作製技術は真っ当なもので、決して出鱈目ではない。
彼がそれを手近なもので代用しようとして、やっぱり失敗してしまうだけなのだ。
彼の苦悩や失敗を笑いながら読み進めるうちに理論や技術などの知識を得られるという、超お得な本なのである。

さて、壮大な紆余曲折を経て、果たしてトースターは出来たのか?
是非とも、「中からクリーム状の怪しげな何かが溶け出したような外観のトースターに見えなくもない物体」の写真が表紙の本書を読んで確かめて欲しい。


最後に彼は言う。

今回のトースターを作るという試みは、僕らがどれだけ他人に依存して生きているかということを教えてくれた。自給自足や地産地消という考えに憧れはあるけれども、同時にそこには不条理も存在する。どのみち、大量飢餓を起こすことなくシンプルな時代まで時計を巻き戻すことはもうできない。それに、世界の大多数の人たちが、今でも時計を進めようと躍起になっている。

本書は、工業製品にまみれ、また、それに頼りきっている現代文明社会とその行く末について考えるきっかけにもなるだろう。




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