中島たい子著『パリのキッチンで四角いバゲットを焼きながら』

日本人(とくに女子)は、フランス人を過剰評価してない?

パリのキッチンで四角いバゲットを焼きながら』(幻冬舎文庫、2024年。以下、本書)の著者・中島たい子は『そう思って生きてきた』。

そんな私だけれど、まわりの人たちには、いつも言われる。
「なーんで、たいちゃんフランスに遊びに行かないの?もったいない」

なーんで、そんなことを言われるかといえば……

20代でフランスに渡った私の叔父(母の弟)は、あちらで出会ったフランス人女性ロズリーヌと結婚して、子供も3人いる。なので私にはフレンチ・ジャパニーズのいとこが3人いる。でもだからといって、そこに行こうとは思わない。たとえ彼らが人気のフランス人だとしても、近しいからこそありがたみも感じない。いや、近しいを超えて私の人生は彼らを抜きにして語ることはできない。だから、興味を持てと言われても、「ごめん無理」というのが心情。

子どもの頃、夏休みには必ずフランスからいとこたちが遊びに来ていたし、フランスにも行ったことがある。その上で、"心情"的に「ごめん無理」なのである。
そんな彼女が40歳を超えて、パートナーの男性とフランスに行くことになり、まとまった期間、叔父夫婦の家にやっかいになった。
大人になった彼女は、フランスに子どもの頃から持っていたのとは違う印象を受けた。
そのきっかけの一つが、タイトルにもある『四角いバゲット』だ。

本書は、フランス人やフランスで暮らす日本人(及び日本での生活経験がある外国人)が書いた、「フランス人はこんな生活(考え方)をしていますよ」とか「フランス(人)と日本(人)の違い」といった所謂『(一般化した)フランス紹介本』とは違う。
あくまで、「フランスに住みフランス人の妻を持つ(日本人の)叔父一家」の話だ。

それは本書のタイトルにも表れている。
「フランスパン」と云うが、まさにフランスの人は「パン」を愛している。

パンと言えばフランスだし、フランスを抜きにパンは語れない。そんなパンの国フランスでは、それを買いに行く行為にもとてもこだわっている、と聞いていたが、実際そうだった。

と感嘆する著者が、『独特の風味がしっかりと香るパンだけれど、どこか豊かで懐かしい』と一番気になったのは、叔父の家で時々出てくる『四角い(レンガみたいな)バゲット』。
それが叔母であるロズリーヌの手作りだったと知った著者は大事なことに気づいた。

叔母が料理上手で、なんでも作ってしまうのは子供の頃から知っている。でも、さすがにフランスでも、パンまで「自分で焼く」のは、一般的ではないように思った。(略)
パンの作り方だけでなく、今になって彼女に聞きたいことがいっぱいあった。いつもパンが食卓にあるように、ありがたみも感じていなかったけれど、近しいからこそ意識してこなかったけれど、素敵な彼女を、私はいつもお手本にしてきたのかもしれない。

お店で出来合いのものを買ってくるのも、別に「オーガニック」に拘らないのも、「服をたくさん持っている」(以前、「フランス人は服を10着しか持っていない」といった本が日本でベストセラーになったことがある)のも、全然構わない。
しかし、「10着しか持っていない」ということに信ぴょう性がありそうなほどに、自分のセンスに徹底的に拘るのは本当のようだ。
そして出来合いのものであれ、古道具だって、自分のセンスで選ぶし、自分のセンスで改造してしまう(叔母が『なんでも作ってしまう』のは、料理だけではない)。

読んでいて興味深かったのは、粗大ゴミ回収の話だ。

その日は朝から、ロズリーヌの目がキラキラしていた。(略)
「今日はゴミの日です!」
その秘密を明かしてくれた。
「ゴミの日?」
「ゴミの日には、家の前にゴミが、たくさんあります」
それは日本も同じです、と私がうなずくと、彼女はうれしそうに両手を合わせて、
「イス、机、大きなものもあります!」
ああ、粗大ゴミの日か、フランスも回収は有料なのかな?などと思っていたら、
「コレット(叔母の友人)の新しい別荘に欲しいもの、あります。探します!」
叔母は待ち切れないように言って、(コレットと)二人は「さあ、行くぞっ!」と車に乗り込み、ブーンと、どこかに行ってしまった。
日が暮れる頃、二人は車いっぱいに「ゴミ」を積んで帰ってきた。彼女たちは収穫にほくほく顔である。(略)
彼女たちのように粗大ゴミの日をねらって、回収車が来る前に車でまわり、掘り出しものがないか探して不用品をタダでもらってくることは、パリ郊外のこの辺りでは、みんなが普通にやることらしい。ゆえに、結構な争奪戦みたいだ。

ここで問われるのは、ブランドだとか(転売を見据えた)値段だとか評判とかではなく「物そのもの」であり、「自分の日常生活に必要か否か」だ。
つまり、少なくとも著者の知っているフランス在住者は「自身のライフスタイル」への自負と拘りを持っている。

何度も云うが、本書は「フランス人はこうだ」とか「日本人とは違うフランス人」といったものを一般化して決めつけているわけではない。
「自身のライフスタイルへの自負を持っている」人は日本人にも多いだろうし、逆にフランス人だって「持っていない」人は大勢いるだろう。
同じ日本人でもライフスタイルは様々で、そうした人の生活を垣間見ると、結構面白い気づきがあるもので、ちょっと近寄りがたかった人でも親近感が湧いたりすることもある。
著者もあとがきで言う。

たとえ印象がよくない国であっても、そこで暮らし、土地の料理を教えてもらったら、目からウロコみたいなことがいっぱいあるのだろう。自分は世界のことを、まだまだ知らない。

巻末には本書で紹介されたロズリーヌの料理レシピが掲載されている。もちろん、あの『四角いバゲット』も。
『まだまだ知らない』ことを教えてくれる本書は、知識だけではなく、体験することもできるお得な本だ。


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