演劇・ミュージカル好き必見映画『シアター・キャンプ』

演劇、とりわけミュージカル好きにとって映画『シアター・キャンプ』(モリー・ゴードン、ニック・リーバーマン共同監督、日本公開2023年。以下、本作)は、新しい知識と、当たり前すぎて忘れていた大事なことを教えてくれる。

まず、「新しい知識」とは、「モキュメンタリー」という手法である。
この手法は、「生身の人間が観客の眼前で演じる」ことが基本の演劇やミュージカルでは馴染みがない(とはいえ、観劇好きは日常的に意識下で「モキュメンタリー」を観ていると思うが)。

本作、ミュージカル系のサマーキャンプ「アディロンドアクト」の名物主催者・経営者のジョーンを"取材"した映画……になるはずだった。

アメリカでは6月上旬から8月下旬まで学校が夏休みになることから、その間、子どもたちの様々なキャンプ・プログラムが用意されている。大きく分けるとデイキャンプ(日中のみで一週間程度通うもの)とオーバーナイトキャンプ(宿泊型で期間は1~3週間が主流)の2つ。スポーツなどのアクティビティから、サイエンス、美術や演劇、音楽などジャンルも多様で、宿泊型は湖畔のキャビンで開催されるケースが多く、複数のプログラムから自分が好きなものを選択できたりもする。演劇に特化したキャンプはポピュラーで、なかでも本作のように歌やダンスを学ぶミュージカル系は人気。

本作パンフレットより

しかし、"取材"開始当日、そのジョーンが倒れ昏睡状態に陥ってしまう。
そんな中、今年の「シアター・キャンプ」が始まる。ジョーンの息子トロイが経営に乗り出すが、今にもつぶれそうな超赤字経営の内情を知って愕然とする。
無事キャンプを終えることができるのか? 来年どうなる? ジョーンの容体は?

ドキュメンタリー映画としては出来過ぎのようなエピソードが満載だが、それは当然で、だから本作は「モキュメンタリー」ードキュメンタリーを装った劇映画ーなのだ。

「夏休みのキャンプ」と聞くと我々日本人は「ただの体験型学習」と思いがちだが、とんでもない。子どもたちは想い出作りのために遊びで参加しているのではなく、将来の成功のために本気で参加しているのだ。
だから、序盤の歌唱オーディションの場面で我々観客は「度肝を抜かれる」。
パンフレットで漫画家のはるな檸檬氏が『おい、君! 今すぐブロードウェイへ行け!! 早く!!』とコメントしているが、まさにその通りだ。
それもそのはず、キャンプに参加している子どもたちは、すでにミュージカル/ミュージカル映画界で活躍している「プロ」なのだ(何度も言うが、だから、本作は「モキュメンタリー」なのだ)。

基本的に本作は「コメディー」なのだが、だからこそ観客はハマリ込んで、アツくなれる。
たとえば、湖畔で男の子が「葉っぱ」をやり取りするシーンの後に続く稽古シーンでのこと。泣きながら迫真の演技を披露するヒロインの後ろに、「葉っぱ」の男の子。それを見ていた演出の男女ペアが「やっている」と気づいて血相を変えて舞台へ駆け上がる。しかし二人が激怒したのはヒロインに対してだった。
このズラし方がまさにコメディーなのだが、二人が「やっている」といったのは、涙を流すためのメンソールで、使用を禁ずる「熱いお説教」は観客たちの胸にグッとくる(これが、虚構なのに現実という「モキュメンタリー」の最大の特徴だ)。

そうやって「モキュメンタリー」を堪能した後、当たり前すぎて忘れていた大事なことを思い出させてくれる。
オリジナルのミュージカルを創作するクラスで音楽を担当するレベッカ(モリー・ゴードン監督自身)が、作曲できず苦し紛れで即興で歌って酷評されたラストの曲。
「キャンプは家じゃない」など実も蓋もないほど当たり前の適当な歌詞に、あんなに号泣させられるとは!
長年、色んなミュージカルを観てそれが当たり前のようになってしまっていたが、やっぱりミュージカルは最高に素敵だ!

メモ

映画『シアター・キャンプ』
2023年10月7日。@新宿シネマカリテ

本文で『観劇好きは日常的に意識下で「モキュメンタリー」を観ていると思う』と書いたが、それは上演までに「稽古」というものを積み重ねてきたことや、本番中の舞台裏を想像するといった「ドキュメンタリー要素」込みで公演を観ているという意味であるし、また、フィクションでありながら生身の人間が眼前で演じることで虚実が混同してしまう、という意味でもある。

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