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ワインで反戦を訴える~舞台『ワインガールズ』~

華やかな香りとフレッシュな舌触りに心地良さを感じた後、しかし、腹にガツンときて、それが持っている本質に驚く、そんなワインがある。
舞台『ワインガールズ』(菅野臣太朗脚本・演出。以下、本作)もまさにそんな物語で、アイドル的若手女性俳優3人が演じる高校生がワイン作りに情熱を注ぐ青春物語、という心地良さをまとった本作は、しかし、実に重たい本質を持っている。その本質を決定づけているのは、フィクションでありながら本作が「実在の人物と実話を基にしている」からだ。

舞台は⾧野県塩尻市にある実在の高校・桔梗ヶ原学園。
この高校の特徴は『生徒たちがブドウ栽培からワインを瓶詰めにする工程までを実際に手がける、全国でも珍しい「ワイン醸造」を手がけるコース』があることだ。
と聞くと、最近の「高校多様化」で目新しい学科を作ったのではないか、というイメージを持つかもしれないが、その歴史は古く、戦中にまで遡る。

各々の家庭の複雑な事情を抱えた3人の女子新入生、北村いちる(加藤夕夏)・百瀬結生(横野すみれ)・奥沢美麓(有井ちえ)が高校で出会い(出会わされ)、ワイン造りを通じて自身の進む道を見つける、というと、「アイドル的女性俳優たちによる華やかで賑やかな、ある意味ありきたりな物語」を想像してしまいそうになるが、冒頭に書いたとおり、本作は重たい本質を持っている。
それは、何故「高校にワイン醸造のコースがあるのか」「何故、塩尻に多くのワイナリーがあるのか」という歴史的背景に繋がっている。

本作は「実在の人物と実話を基にしている」が、基本的にはフィクションであり、詳しくはわからないが、恐らく主人公の3人を「八犬伝」的な関係にしたことは明らかな作為で、それが物語を芯のあるものにしている。
「知らずに知り合った者たちが、過去の人物の遺志を受け継ぐ、或いは予言された運命者だった」というのは、多分にファンタジーだが、驚くべきことに本作はこれがリアリティーに通じている。

さらに言えば、それを司る者(辰巳琢朗)が3人の運命者を導く巫女的存在(上西恵)を遣わし、対して、その謎を追う者が現れるという構造にもなっている。
その構造は最初から内包されていたが、一幕は各登場人物の紹介と出会い、いちると穂高優馬(塚田秀晃)との淡い恋愛を交えた青春物語となっている。
それが変化するのが、一幕の最終盤。優馬が東京の大手ワイン会社に就職して桔梗ヶ原を去っていくという展開からだ。
優馬が桔梗ヶ原を捨てると思い込んだいちるが彼と決別したところから、物語は青春物語から壮大な歴史物語へと変貌する(ちなみに言えば、物語でも描かれているとおり、優馬も運命を司る者たちによる使命を帯びた「八犬士」の一人であり、それは、他所の地から塩尻にやってきた多くの開拓者たちと重ねられる)。

上述したように、本作の本質は、何故「高校にワイン醸造のコースがあるのか」「何故、塩尻に多くのワイナリーがあるのか」という歴史的背景を描くことにあるが、その背骨を貫くのは「反戦」である。

かつて、この地域は火山灰によって植物が育たず水もない、つまり人が住めない土地だったという。
そこに明治時代以降、私財を投じ、自身の命さえ賭して開拓する者たちが現れた。そして、多くの者が志半ばで死んでいった。
それは開拓事業のせいではなく、度重なる戦争の犠牲になったからだ。
戦争の影響はそれだけではない、というか、ある意味においてワイン自体が戦争に加担していたのだ。

第二次大戦中、ワインに含まれる成分が軍事機器に転用できることに気づいた日本軍が、国策として全国でワイン作りを奨励した。それは、ワインの糖度に必要な、当時超貴重品だった砂糖が優先的に配給されたことでもわかる。
それはやがて、米不足で日本酒が造れなかった代わりの、特攻隊の「別れの盃」にも使われるようになった。
ワインを造るために国は、この桔梗ヶ原学園にワイン醸造を命じた。
国は、戦争に利用するため、高校生、それもほとんどが女生徒(男は皆、兵隊に取られていた)にワインを造らせたのだ

「ワインガールズ」たちは、ただただ良いワインを造りたいわけではない。良いワインは開拓者たちのスピリットと、悲しい戦争の上に成り立っているのだと、それを伝えるために存在する。
そのことを端的に示しているのが、弁論大会での百瀬結生のシーンで、彼女だけでなく他の登場人物たちがリレー形式で語るのは、セリフではなく「伝承」だ。
それ以外のシーンでも、本人ではない別の人物が所謂「説明セリフ」によってガールズたちを説明するシーンが多発する。それもつまり、彼女たちも、誰かに「語り継がれる」存在であることを示唆している。

本作の本質は、「歴史を、戦争を、語り継ぐ」ことにある。
21世紀に入り、ウイスキーだけでなく、日本産ワインも世界から評価され始めた。
そういった評価や華やかさ・味だけでなく、ガツンと腹に落ちる、その凄みの本質をもう一度確かめてみても良いのではないだろうか。

メモ

舞台『ワインガールズ』
2024年4月29日 マチネ。@THEATER1010

本文に書いた百瀬の弁論大会のシーンは、凄みのある圧倒的なものだった。それは恐らく、キャスト全員が役を超えて一人の人間として「戦争を語り継ぎ、反戦を訴えよう」という意志に満ちていたからではないか。
さらに言えば、当日、そのモデルとなった人たちが観劇していたことも大きかったのではないか。

なお、表紙の写真は、ロビーに展示されていた桔梗ヶ原産ワイン。
ちなみに、桔梗ヶ原高校で生徒たちが造ったワインは、学校の文化祭でのみ販売されているという。


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