坂本龍一氏とDUMB TYPE~「2022:remap」@アーティゾン美術館~(追記)

2023年3月28日、音楽家・坂本龍一氏が逝去された。
その月の始めに東京のアーティゾン美術館で、彼が正式メンバーとして参加した、ダムタイプの「2022:remap」を鑑賞したばかりだった私は、訃報に大変驚いた。

今回の公式図録(美術出版社刊)で、ダムタイプはこう紹介されている。

ヴィジュアル・アート、映像、コンピューター・プログラム、音楽、ダンス、デザインなど多様な分野における、様々な世代のメンバーによって構成される日本を代表するアーティスト・コレクティヴです。35年におよぶ創作活動の中で、ダムタイプはプロジェクトごとにメンバーが入れ替わりながらも、常に社会を取り巻く環境をリアルに感じ、把握しながら、新たな表現を模索し続けています。

今回の「2022:remap」は、国際交流基金主催の第59回ヴェネチア・ビエンナーレ国際美術展日本館展示で発表した新作インスタレーション「2022」を、アーティゾン美術館に合わせて再配置した作品となっているが、壁に囲まれた(ただし、四方に鑑賞者が出入りできるドアのない切り欠きがある)メインブースがあり、その壁の外側を何台ものターンテーブル(レコードプレイヤー)が取り囲んでいる。

それは1989年-というか、2018年のリモデル版-のインスタレーション「Playback」ーターンテーブルでは『80年代初期ダムタイプの山中透・古橋梯二による音楽をはじめ、英語教材の滑稽で風変わりな声や、1977年にNASAによって打ち上げられた惑星探査機ヴォイジャーに搭載されていたレコード(略)』(『DUMB TYPE 1984 2019』(河出書房新社)より)が再生されていたーを"remap"した「2022:remap」では、『国境を越えた移動が制限されていた時期に坂本の呼びかけに応じて世界各地でフィールドレコーディングされた音』たちが、『東京からの方位に従って配置』されている、それぞれのターンテーブルから再生されていた。
それは、ニューヨークの街の騒音だったり、逆に微かに鳥の声が聞こえるだけのどこかの田舎か森だったり、ターンテーブルの近くまで来ると、それらの音が聴こえてきて、ふと、自分がどこにいるのかわからなくなった。
それは館内の照明が暗いせいでもあるが、しかし、そういうことではなく、それが「今」ではなく、「切り取られたある瞬間の過去」ということが大きいのではないかと思ったのは、そこに立ち止まってずっと音を聞いていても、やはりそれは「既に記録されてしまった音」でしかなく、外側まで行けば、また内側から同じ音が再生されることに気づいたからだ(実際には、外側まで行くとアームが上がって再生が止まる。それが却って「世界の停止」を想起させたりもする)。

メインブースの中央(つまりそこは「東京」を意味する)には、茶室の「炉」或いは、京都のロームシアターで制作されたパフォーマンス『2020』を想起させる四角いくりぬきがあり、中を覗くとインスタレーション『MEMORANDUM OR VOYAGE』で使われたと思われるマップ画像が再生されていた。

その四方の壁に投影されるレーザー光は、中心から北・東・南・西の方角に置かれた4台の高速で回転する鏡によって反射されている。1秒間に122,800回明滅する5本のレーザー光線は、6,144個の点となってテキストをかたちづくり、回転する超指向性スピーカーから流れる音声とともに、見えるか見えないか聴こえるか聴こえないかのはざまで、1850年代の地理の教科書から取られたシンプルで普遍的な問いを発している。
新たなメンバーとしてダムタイプに迎えられた坂本龍一は、本作のために1時間のサウンドを制作

パンフレットより

この音声・音楽が素晴らしく、四方で聞こえる音や聴こえ方が違っているので、私は何度も場所を移動しながら、その音に身を委ね続けた。

このインスタレーションが"remap"だと思ったのは、過去のインスタレーションを新たな意味づけで提示しているからだけではない。
このインスタレーションには、どうやら始まりと終わりがあるようで、私が別のフロアから戻ってくると、そこには音も映像も光の明滅もなかった。
ずっと音や映像が繰り返されているものと思っていた私は少なからず動揺したのだが、やがて、音が、光が、映像が「再起動」していったのだ。それは、「夜明け」とも捉えられたし、それ以前の「世界の創造」とも思えた。
コロナ禍を経て、世界は「再起動」し、その間に否応なくネット社会に適応せざるを得なかった世界が"remap"されようとしている。そんな気にさせられた。

今回の公式図録には、ダムタイプの中心メンバーである高谷たかたに史郎氏と坂本氏の短い対談も収録されていて、それによると、二人は20年以上の付き合いで、「2022」制作にあたり高谷氏が『本格的にダムタイプに参加してもらえないか』と誘ったとある。

坂本 そもそも僕にはダムタイプに入る資格はないですから。年齢も随分と上だし、京都市立芸術大学出身じゃないし(笑)。僕は単なるダムタイプのファンだったんです。だから、ファンでよかったんだけど、「ダムタイムの一員としてなんかやってくれない?」って言われたら……。例えば、あるバンドのファンだとして、「君、バンドに入って、作曲しない?」って言われたら、やばいでしょう。本当に!?ってなっちゃうよね(笑)

こうお茶目に返した坂本氏は、インスタレーション「2022」のために、高谷氏と何度も話し合ったそうだ。

坂本 僕からすると、ダムタイプのメンバーとして作品を作るということがあるとないとでは大きく違ったかもしれない。だから、音を送った時も、「ダムタイプっぽくないと思ったら、カットしてください」「なんでも言ってください」と伝えていました。新人メンバーなんで(笑)。

私が「2022:remap」を鑑賞したのは平日の午後だったが、平日とは思えないほど来場者が多かった。
超大御所の新人メンバーが、35年のキャリアを持つダムタイプにどんな新しい魅力をもたらしてくれるのか。
おそらく鑑賞者たちは、インスタレーションを「体験」しながら、今後のダムタイプの活動への期待に胸を膨らませたことだろう。
もちろん私もその一人だ。

そんな矢先の訃報だった。
とても残念でならない。

(2023.04.12追記)
ステージナタリーの本日配信ニュースによると、高谷氏と坂本氏のコラボレーション『TIME』が2024年3月~4月にかけて、東京・京都で上演されるとのこと。
「坂本龍一×高谷史郎によるコラボレーション「TIME」日本で初公開、田中泯ら出演」(ステージナタリー 2023年4月12日17:00配信)


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