「意表を突く」面白さ~映画『上飯田の話』~

意表を「突く」とは、言い得て妙だ。
我々人間は、漫画『北斗の拳』よろしく、「意表」という「秘孔」を突かれると、笑ってしまうものらしい。

映画『上飯田の話』(たかはしそうた監督、2023年。以下、本作)は、別に意図的な「おもしろ」を狙っているわけではない。
しかし、飄々と進む物語のふとした刹那に、不意に「意表を突かれ」、観客は何度も笑ってしまう。

上映館である「ポレポレ東中野」のサイトでは、本作はこう紹介されている。

【エスノグラフィックな手法で撮られたタウンムービーの快作】
本作は「ショートストーリーによって連結された町の物語」であり、主役は町そのものだ。
その不思議な感覚は特殊な撮影手法によってもたらされている。
今回が初の劇場公開作となる監督たかはしそうたは、劇中にも登場する「上飯田ショッピングセンター」の建物の佇まいから強い映画創作の着想を得た。現地に何度も足を運び、町民の人々と交流するなかで、物語を制作していった。
主要キャストはエビス大黑舎に所属する若手俳優たち。こちらも演技のレッスンに足を運び、それぞれの人物像と登場⼈物を丁寧にすり合わせていった。 上飯田町に実際に生活する人々も出演してもらっており、俳優たちの演技のなかに、いきいきとした町民の会話が溶け込み、フィクションにいろどりが与えられた。
フレームの外の町の風景、生活、人々が、巧みにフレーム内に融合した、この時代にしか撮れないエスノグ ラフィックムービーが誕生した。

本作は、『いなめない話』『あきらめきれない話』『どっこいどっこいな話』というタイトルの3本のショートムービーのオムニバスとなっている。

1話目の『いなめない話』は、生命保険の外交員が顧客になりそうな男に延々と保険を勧めるだけ。
保険外交員役の女性はこんな無意味な長ゼリフをよく覚えたな、と感心するくらいのというか、それくらいしか関心することがないと言った方が正確だと思われるくらいの長回しなのだが、延々続く保険の説明に我々観客は「一体何を見さされているのか」と戸惑う。
この戸惑いが2話目、3話目もずっと続くのだが、何というか…説明しづらいのだが、観ているうちにフィクションだか「ただの記録画像」なのか区別がつかなくなって、というか、その境目の異次元空間に入り込んでしまったかのような錯覚に陥って、気持ち良くなってくるのだ(もう「幻覚作用」と言っていい)。
で、その合間に、唐突に意表を突かれ、観客は「フィクションとしての(お約束的)面白シーン」ではないにも拘わらず、笑わずにはいられなくなる。
だから、本作の面白さを説明するのはとても難しい。

難しいのだが、あえて言うとするならば、その面白さの一つは、たぶん「カメラの立ち位置」なのではないだろうか。
本作における「カメラの立ち位置」は、おそらく「背後霊的存在」だろう。
主人公や登場人物の背後にいて、「何か、変なことに巻き込まれちゃったな…」という戸惑いと居心地の悪さ。
それを象徴するのが1話目で、延々続く保険の説明に飽きてしまったかのような背後霊(=カメラ)は突然、ゆ~っくりと360度のパンを始めてしまうのだ。ただ飽きてしまっただけなので、360度ぐるりと回ってみても、何か特別な(或いは、「物語」が意図するような)ことは何もなく、また元のところへ戻って来る(「あんな意味ありげに、ゆ~っくりパンしておいて、結局何もない」というところが、フィクションとして意表を突いている)。

もう一つ、本作が「意表を突いた面白さ」になっているのは、登場人物たちの「関係性」の不安定さだろう。
1話目は保険外交員と客、2話目は女性とその婚約者の男の兄、3話目は主人公と居酒屋の店主と常連客……

とにかく、本作、「意図の無さ」に戸惑い、意表を突かれる。
「シュール」というのとも違う。「シュール」には「意図」がある。
しかし、本作には「意図」そのものが無い(「無いように見える」とも違う。「見える=見せる」は「意図」である)。

もう、私は何を書いているかわからない。
私を含め、ほぼ満席だった映画館の客はいっぱい笑ったが、「何が面白い」のか説明ができない。
50歳を超えた「いい歳」したオヤジが、こんな感想しか書けないのは情けないのだが、「とにかく、面白かった」のだ。
こんなに意表を突きまくった映画は、「感想文」や「レビュー」に向かない。
だから私は、観た人だけが味わえる特別な優越感に、ただただ浸っている。

メモ

映画『上飯田の話』
2023年4月27日。@ポレポレ東中野

何だかよくわからないが、「GW明けまで上映している」と勝手に思い込んでいて、危うく見逃すところだった……
私と同じような人がどれだけいたかはわからないが、終映日前日の18時半上映回は、本文に書いたとおり、ほぼ満席だった(上映後に監督と主要キャスト全員による舞台挨拶があったことも関係しているだろう)。

ちなみに、本文に『保険外交員役の女性はこんな無意味な長ゼリフをよく覚えたな』と書いたが、舞台挨拶によると本当に外交員だった経験があるそうで、そりゃそうじゃなきゃあんなセリフ言えないよなぁ、と納得した。

本作がどれだけ面白いかについては、公式サイトに掲載された諏訪敦彦監督や黒沢清監督らのコメントが物語っている。特に、観終わった後に読んで納得したのは、映画監督の筒井武文氏のコメントだった。

映画には絶対見るべき2%と、見れたら見ればよい98%に分けられる。見なくていい映画はない。では、絶対見るべき映画とは何か? 思いがけない驚きを更新してくれる作品だ。世界が新鮮に見え、新たな認識に導かれる映画だ。まったく予想だにしてなかったのだが、たかはしそうた監督の『上飯田の話』は、2%に含まれる。それは地域を描くことと、それをどう描くのかという、主題と手法が切り離せられない一致を見せてくれるからである。

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