「神様たちが遊ぶ庭」で暮らした作家

「田舎で暮らしたい」という夢

「定年後は田舎でゆっくり暮らしたい」と思っている人は多いかもしれません。最近では、田舎へ移住する若い人が増えているということも聞きます。
また、永住でなくても、一定期間、違う環境で暮らしてみたいと思っている人も多いかもしれません。

そんな体験をしたのは、映画化もされた人気小説『羊と鋼の森』の著者、宮下奈都さんご一家。取材目的とかではなく、ご主人の希望での移住。
とはいえ、そこは作家。このチャンスを逃すことなく、日々の暮らしを日記風のエッセイに綴っています。
それをまとめたのが、『神さまたちの遊ぶ庭』(光文社文庫)です。
(以下、引用のすべては、2017年第1刷からとなります)

いきさつ

さて、宮下さんご一家(ご主人、宮下さん、十四歳の長男、十二歳の次男、九歳の長女)は、北海道へ移住するのですが、まずは、いきさつから紹介します。

2013年、1月。
お正月休みでのんびり寛いでいた晩に、夫が突然、言い出した。
「やっぱり、帯広はやめないか」
4月から2年間、家族で帯広へ行くことになっていた。夫が、どうしても北海道で暮らしてみたい、と希望したからだ。
(略)
「せっかく北海道へ行くなら、大自然の中で暮らさないか、ってこと」
夫が北海道を愛しているのはずっと前から知っていた。小さなコミュニティで暮らしたい、そこで働く人になりたい、というようなこともときどき話していた。

ご主人が見つけたのは、大雪山国立公園のなかにある「トムラウシ」という集落です。

「トムラウシ」はどんな場所か?

調べてみた。トムラウシ。アイヌの言葉で、花の多い場所を意味する。漢字は当てられず、日本百名山の中で唯一のカタカナ名の山だという。
地理的には、北海道の真ん中、ちょうど重心にあたる場所に位置している。大雪山国立公園の中の、標高2141メートル、北海道で二番目に高い山だ。(略)
「カムイミンタラだよ」
カムイミンタラというのは、アイヌの言葉で「神々の遊ぶ庭」。そう呼ばれるくらい、素晴らしい景色に恵まれた土地なのだそうだ。(略)。この山の麓(ふもと)から350メートルほどのところに、小さな集落があるらしい。そこに牧場があり、小中学校がある。そこに行こう、と夫は言っているのだった。

『遊びになら行きたいけど、暮らすところではない』
宮下さんは、そう思いました。

なにしろ山の中である。いちばん近いスーパーまで、山道を下って37キロだという。ありえない。誰が晩のおかずの買い物をするのかしら。
小中学校は併置校で、現在の生徒は小中あわせて10人。小学生が9人、中学生はたったひとりだ。数少ない僻地へきち五級の学校だそうで、校区はおよそ80000㎢。山村留学制度があって、外からの児童生徒を受け入れているという。携帯は三社とも圏外。テレビは難視聴地域(特別豪雪地帯で、雪が降ると映らない)。

…田舎暮らしに憧れている人にとっても、かなりの勇気と覚悟がないと選ばないような環境です。
それまで住んでいた環境と違い過ぎて、同じ日本とは思えないかもしれません。
ある日のエピソードを見てみましょう。

五月某日 日本の人口
「ママ、日本の人口、知ってる?」
むすめに聞かれ、一億二千万人と答える。私がむすめくらいの頃から変わらない数字だ。
「正解! 一億二千七百七十九万九千人」
どうやら算数の「大きな数」の資料を読んでいるらしい。
「でも、うちの家族五人が抜けちゃったから、一億二千七百七十九万八千九百九十五人だね」
抜けたつもりはなかった。知らない間に、うちは日本から離脱してしまっていたらしい。

「トムラウシ」の住人達

反対していた宮下さんは、結局、ご主人はもちろん、3人のお子さんの無邪気な賛成によって押し切られ、「トムラウシ」に一年間(長男の高校入試などの事情)移住することになりました。
このとてもユニークなご一家の生活は本を読んで楽しんでいただくとして、魅力的な「トムラウシ」の住人の方たちを少し紹介します。

隣家のますみさんが声をかけてくれる。羆(ひぐま)に会いたくて、引っ越してきて半年間毎日羆の出そうなところを歩きまわったという猛者もさだ。
「探してる間は会えなかったから、心配しなくていいと思うよ」
探さなくなったら会えたということか。心配だ。
(略)
「前の教頭先生は、お腹が空くとシカを鉄砲で撃って食べてたよ。羊も飼ってて、犬みたいにリードつけて散歩させてた。太らせて食べるとか言ってたけど、結局どうなったんだろ」
今度の教頭先生は羊は飼っていないようだ。

子どもたちの通う学校の先生たちも素敵です。集落の秋祭りでのこと。

隣の健康相談のブースで、むすめの担任のシホ先生(24)が、「どうしたらきれいになれますか」と相談しているのを聞いてしまう。「僕はその分野の専門ではないので」と医者がしどろもどろ答えているが、「あなたはすでにじゅうぶんきれいです」が模範解答ではなかろうか。

「トムラウシ」の学校の先生は、勉強を教えるだけではなく、生徒たちに本気を見せつけてきます。それによって、子どもたちも成長していきます。

六月某日 運動会
(略)
大人リレーの本気度も尋常じゃなかった。校長先生、教頭先生をはじめとする先生たちの足が揃って異様に早い。どう考えても一般的な成人のレベルじゃない。(略)。短距離走のタイムがこの学校の重要な採用基準だと確信する。
(略)閉会式で、生徒会長が挨拶をした。
「僕は今まで、本気を出すことを恥ずかしがったり怖がったりしてきました。でも、ここトムラウシで、今日も本気の大人たちをたくさん見ました。大人の本気ってかっこいいです」
拍手が起こる。息子ながら、なかなかいい挨拶だった。

十二月某日 クリスマス集会
子供たちが何日も前から周到に準備していたクリスマス集会。(略)
しかし、集会の後、若手の先生たちがバンドで歌を披露したらしい。たった一曲、「小さな恋のうた」。
子供たちは生演奏にキャーキャー大よろこび。
「あの一曲に全部持っていかれた」
実行委員長だったボギー(引用者注 宮下さん次男)は肩を落としていた。大人が本気を出したら敵わないんだなあ、と。かっこいい大人がそばにいてくれて、ほんとによかったと思う。

先生が魅力的なら、生徒たちだって負けていません。さらにパワフルです。

六月某日 忘れ物
ハイキングの後、川原にパーカーの忘れ物があった。誰のだろう? と話していたら、五年生のまりあちゃんが、
「ちょっと貸してみて」
パーカーを手に取ると、迷いなく鼻を押しあてた。くんくん。
「たくやのだ!」
えっ、ほんとう? みんなが笑って見守る中、まりあちゃんが二年生のたくやくんを呼ぶ。
「あっ、これ僕の」
まりあちゃんは得意そうに胸を張った。
「だって、たくやの匂いだもん」
おそるべし、まりあちゃんの鼻。

十一月某日 一・二年生1
小学一・二年生クラスでは、金魚の餌の減り方が妙に早いらしい。ある日、隣のむすめのクラスにも一・二年生クラス担任のミドリ先生の大きな声が聞こえてきた。
「それを食べたら金魚になっちゃいますよ!」
しんたろうくんとたくやくんは、お腹が空くとおやつ代わりに金魚の餌を食べていたのだった。

十一月某日 期末テスト
ここの中学校には、中間テストも期末テストもなかった。なにしろ中一は三人しかいない。さらに中二と中三はひとりずつしかいない。順位をつけてもしかたがないし、そもそも全員がじゅうぶんに理解していることがわかれば試験など必要ないのである。
という話だったのだが、突然、期末テストが行われることになった。初めての試みらしい。がっかりしているだろうと思いきや、意外と当の中学生たちには賛成意見が多いみたいだ。
「え? うーん、ちょっと受けてみてもいいかなぁって」
「ねー」
「ねー」
あくまでも初々しくてかわいらしい女子中学生ののんちゃん、ももちゃん、ななちゃんである。
ちなみに、うちの中学生ふたりも「いいんじゃない?」とのこと。君たちはなんにも考えてないから! 試験勉強ってものが必要なんだから!

子どもたちの苦難

少人数の学校で生徒想いの先生に接し、普段の生活でもあたたかい近所の人たちに囲まれ、都会の子どもとは違って、すくすく・のびのび成長していく子どもたちですが、この環境ならではの苦難もあります。そして、そのことについて大人たちも悩み、心を痛めます。
例えば、宮下さんの中学三年生の長男は、山を下りたところにある屈足中学校(略して、屈中)の生徒と合同で修学旅行に行きました。

八月某日 修学旅行 帰郷編
楽しかった! と言う。初めて行った観光名所よりも、きれいな景色よりも、久しぶりに同世代の男子たちと話したり笑ったりできたことがとても楽しかった、と。よかったなあ。そんなに楽しい修学旅行になるとは予想もしていなかった。屈中に交ぜてもらえてほんとうによかった。爆笑は伊達じゃなかったんだ。
安堵した半面、複雑な気持ちも残った。このくらいの年頃の子は同世代の同性の友達と過ごす時間がやっぱり大事なのだとつくづくわかってしまった。息子たちは現在の生活をとても楽しんでいるが、同世代の男子はそれぞれ兄と弟だけだ。わかってはいたけれど、思っていたよりもそれが大きなことだったらしいと今さら気づかされる。

九月某日 帰還
なんとなく、お隣に人の出入りが多い気がしていたら、どうやらなっちゃんが帰ってきているらしい。なっちゃんは後藤家の長女で、富村牛中学校を卒業して帯広の進学校に進み、今は高校二年生だ。学校近くの下宿に暮らしているけれど、妹のももちゃんととても仲がよくて、ときどき帰ってきては顔を見せてくれていた。
家の前に車を停めて、ぼーっと運転席にすわったままのますみさんを見つけ、窓ガラスをこんこんと叩く。
「ぼーっとして、どうしたの?」
何気なく聞くと、ますみさんは力なく笑って車から降りてきた。
「なづきが、歩けなくなった」
「えっ」
原因はわからない。詳しく検査したんだけど、どこにも異常はなかったの。でも、ときどき身体から力が抜けてお箸を持つこともできなくなるんだよね」
そう言って、また笑おうとして、頬が引きつった。思わずますみさんの肩に手をまわす。
「学校にも、ぜんぜん行けてなかったの」
いつも気丈なますみさんの頬を涙が伝う。思わずもらい泣きしそうになって、ここで私が泣いちゃだめだ、と思う。それでも、涙がついこぼれてしまう。いつも明るいなっちゃん。歌のうまいなっちゃん。小さい子に慕われるなっちゃん。どうして歩けなくなるまで我慢したんだろう。トムラウシを離れて、ひとりでぎりぎりまでがんばるつもりだったのか。
「学校がつらかったんじゃない。学校は大好きだ、行きたい、って今も言ってる。でも、学校に行くと、もう身体に力が入らなくなって起きていられなくなっちゃうんだよ。見ていられないから、連れて帰ってきた」
(略)
「残念ながら、ここを卒業した子が都会の大きな高校でうまくやっていけるとは限りません」
中学校の先生が話していたのを思い出す。
「この学校の子は、友達のつくり方がわからないんです。ここにいると、みんなはじめから友達だから」
はじめから友達だなんて素敵なことじゃないか。だけど、それが仇になることもあるんだ。なっちゃんが友達で苦労したとは思いたくない。クラスでも、下宿でも、部活にも、友達はいっぱいいると聞いていた。何がよくて、何がうまくいかないか、誰にもわからない。たぶん、本人にもわからないことってたくさんあるんだと思う。

宮下さんの「トムラウシ」生活

この本は、田舎暮らしを推奨するものでも、逆に批判するものでもなければ、田舎暮らしの指南書でもありません。
宮下さんの生活ぶりを、一緒に笑い・驚き・感心し、時に怒り・呆れ・泣けば良いのです。

最後に、宮下さんが(期間限定の)移住者としての体験を通して感じたことの一例を、長くなりますが引用します。地域の大人たちの気持ちもよくわかります。

二月某日 教育懇談会
放課後、招集がかかった。すべての教職員と保護者、加えて多くの地域の人たちも学校に集まる。学校の教育方針について話し合うらしい。
議題は、雪山。校庭につくられた雪山の遊び方にルールを設けるのは、是か非か。
事の発端はこうだ。雪山を橇(そり)で滑る子と、スキーで滑る子、生身で遊ぶ子、入り乱れ、相当危ない。いくら校庭にあるとはいえ、先生が放課後までいつも見守っていられるわけじゃない。そこで、遊び時の簡単なルールを中学生が中心になってつくった。
ちょっと待って、と声が上がる。
「遊びにまでルールはいらないでしょう」
「でも、子供って、実際に、とんでもない遊び方をしちゃうんですよ」
PTA会長の幸太さんが、
「ここはトムラウシです。山や森に一歩入れば、もうルールなんてないんです。自分で自分の身を守るしかない。自分たちで考える訓練が必要でしょう。安易なルールなんてないほうがいい」
げげっ、かっこいい。他のお母さんも賛同する。
遊ぶときにこそ、いろいろ学べると思います。もしもそれで事故が起きたとしても、もちろん、学校のせいにはしません」
中一学級のイズミノ先生が、手を挙げる。
「僕は、今年、中一の三人を担任して、もう、三人がめんこくてめんこくてたまらないんです。朝起きて、ああ今日もあの三人に会える、と思うとはりきって学校に来ちゃうぐらいです」
急に何の話を始めるのかと思う。イズミノ先生は続けた。
「一部の子供たちが、雪山でどんなに危険な遊び方をしているか、知っていますか。あれでもしも事故が起きて、万一、三人のうちの誰かがもう目を覚まさないなんてことになったら、考えただけでも怖くて、つらくて、僕ももう生きていけないと思います。お母さん方ならその気持ちはもっと強いんじゃないですか」
しーんとなった。イズミノ先生は目に涙を溜めていて、胸がぐっと詰まった。めんこくてめんこくて、と言ってもらっている三人の中のひとりはうちの次男なのだ。
「雪山で遊んでて大怪我した子や、まして死んだ子なんて、ここでは聞かないなあ」
反対意見も出る。侃々諤々かんかんがくがく、二時間。議論できるのはすごい。現在小中学校に通う子供のいない人も、あたたかく見守るどころじゃなくて、熱い。子供がいようといまいと、学校をとても大事に考えている。
たしかに、学校はとても大事だ。この地域の子供たちはみんなここで育って大きくなっていくのだ。コミュニティスクールに近いかもしれない。
異論も出るし極論も出る。若い先生が熱くなって暴走する。今ここでそれを言ったら不利だよと止めてあげたい気持ちになったり、逆に目を見開かされたり。
教職員十一人のうち七人が二十代で、保護者の平均年齢はたぶん四十代。地域の人はもう少し上だ。みんなきちんと自分の考えを発言する。私も話した。夫が黙っているので、何か言いなよとテーブルの下でこっそり脇腹を突いていたら、先生にしっかり見られていた。
「教室にすわって勉強するより、雪山で遊んで身につけることのほうが大事なんじゃないかなあ」
地域の人から出た意見に、それはそうだとみんなうなずく。山村留学家族の保護者からの「自然の中で育てたくてここへ来た。勉強は二の次なんです」という発言が沁みる。そうだ。勉強が一番大事だと思っている親はここへは絶対に来ないだろう。加えて言うなら、お金が大事だと思っている親もここへは来ない。おおもとの価値観ははじめから一致している。だけど、差はある。幅がある。勉強は、一番や二番だとは思わないが、大事ではあると私は思っている。いろんなところにいろんなことの芽が潜んでいて、それを見つけて育てていけるといい。勉強せずにそれを得るのは、むしろかなりむずかしいことだと思うのだ。

それから

宮下さんご一家は、一年間の移住生活を終え、福井へ戻ってきました。

ところで、宮下さんは自身の小説について「続きを書いてほしい」と言われるが、断っているそうです。『あとは読者の方が自由に想像してくださることも含めての物語なんじゃないか』という気持ちで。

さて、私が書くものはほとんど小説なのだけど(略)そうではない本もある。ちょうど一年前に出したのが『神さまたちの遊ぶ庭』という、北海道のトムラウシで暮らした一年間の物語だ。物語といってもフィクションではなく、ノンフィクションとも呼べない、エッセイに限りなく近い本である。この本に関してだけは、続きがある。登場人物たちは全員実在の人物だし、今もここ福井や北海道で生きている。つまり、「それから」がある。

そんなわけで、文庫版では、その後のことも少し紹介されています。
三人のお子さんのこと、トムラウシの方々との交流、そしてもちろん、学校にいけなくなってしまった、なっちゃんのことも。

私たちは、この本のページを捲りながらトムラウシの人たちと一緒に生活し、そして後日譚でその人たちと再会します。そしてまた、あの愛おしい日々を懐かしむように、最初のページから読み始めるのです。


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