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文章を書くということ

 子供の頃、文章を書くのが嫌いだった。思ったこと感じたことを文章にするのが苦手だった。それでも、遠足のことや読書感想文など、小学校の頃には宿題として文章を書かなければならない局面が多々あり、それぞれとても苦しんで文章を書いた記憶がある。
 そしてその文章はなぜか褒められることが多かった。
 文章がよく書けている、つまり文章を書くのが好きなのだと勘違いされることも多く、さまざまな作文コンクール的なものへ応募するように促されたこともあった。
 税の作文。小学生に税金についての文章を書かせるなど拷問以外のなにものでもないだろう。税金に本気で興味がある小学生がいったいどれだけいるというのか。全体の0.0002%にも満たないのではないか。
 それはともかく、僕が、文章を書くのが嫌いだ苦痛なのだとどれだけいっても、親を含めた周囲の大人はまったく聞き入れてくれなかった。そのときに思った。僕は、自分の思惑(かどうかは知らないが)で子供に無理矢理文章を書かせるような大人にだけはならないようにしよう。

 小学校の頃、どういう経緯かは忘れたが「差別」についての作文を書いたことがあった。なんでそんな得体の知れないものについての文章を書かなければならないのかさっぱりわからなかったが、当時(僕が小学校3年生くらいのときだったような気がする)よく聞かれるようになったエイズという病気について書いた。基本となる知識は、ある日の朝観ていたフジ系列の情報番組「おはようナイスデイ」で得た情報だ。どうやらその病気は不治の病(当時)で、感染してしまえば数年以内に死んでしまう感染症(当時)で、感染経路がとても特殊でソープランドとかいう特殊な浴場で感染する(当時)ものらしい。当時その言葉の意味がよくわからなかった僕は「ソープランド」や「特殊浴場」という用語をそのまま原稿用紙に用いた。「ソープランド」は昔「トルコ風呂」という名前だったらしいということも書いたような気がする。そしてエイズが感染症であること、それもかなり特殊な経路で感染するらしい(当時の僕には、どういう経路で感染するかは当然ながらよくわかっていない)ことを挙げて、この病気に感染したことで社会から差別される人が出てくるだろうということを書いた。字数が稼げなかったので、文章の最後に、背中に「私はエイズです」という貼り紙をされた松葉杖をついた身なりの汚い男性が、周囲から空き缶や石を投げられているという絵を描き加えた。
 そしてなぜかこの文章が激賞されたのだ。今考えても意味がわからない。エイズ(AIDS)およびHIVについての知識が今ほど普及していなかったということはもちろんあるだろうが、それにしてもソープランドという言葉が頻出する小3の作文を周囲はいったいどう思ったのだろうか。そしてもちろんうちの親もこの作文を読んでいたはずなのだが、どう思ったのだろうか。こわくてとてもきけない。

 中学校の頃、どういう経緯かは忘れたが、核兵器についての作文を書かされたことがあった。当時、かわぐちかいじの漫画『沈黙の艦隊』の熱心な読者であった僕は、核兵器の抑止効果について得意げに書いたような気がするものの内容はよく覚えていないのでたいした内容ではなかったと思うが、文中で「核のブラフ」という言葉を使った。「ブラフ(bluff)」ははったりとか脅しとかいった意味だが、当時の国語の教師はなぜかそんな言葉は存在しないとして「ブラフ」を「グラフ」に訂正した。僕は、ブラフとは上記の意味で使用しており、『沈黙の艦隊』はもちろん各種報道でも使用されている用語でありこの言葉を使用するにあたっての妥当性はちゃんと検討していると抗議した。ところがその国語教師は(今思い返しても腹が立つ)「どうせ漫画でしょ」と一言の下に切り捨てた。僕は、コイツだめだと思い、それ以上の抗議を諦めた。そして、大人の言うとおりにしていても、ちゃんとした文章が書けるわけではないのだと思い知った。

 高校の頃、現代文の教科書に夏目漱石の『こころ』が掲載されており、その感想文の提出が課題とされた。教科書に掲載されているのは『こころ』の抜粋であり、抜粋だけでなかなか感想は書けないだろうと思った僕は全編とおして『こころ』を読んでみた。
 その頃筒井康隆にハマっていた僕は、「ポスト構造主義による『一杯のかけそば』分析」を知り、なるほどこのような(ある種の悪意に満ちた)文章の読み方があるのかと思い夢中になった。そして『こころ』についてこの「テクストの快楽」的読み方を試みてみた。
 ご存じのとおり『こころ』は、「先生」が親友の「K」を出し抜いて「お嬢さん」と結婚するも「K」は自殺してしまい、その罪の意識に苛まれ続けた「先生」は自ら死を選ぶというようなあらすじだ。
 これに対して僕は「K」が同性愛者であるという説をでっち上げ、「K」は「先生」を愛していたが、「先生」が他の女性と結婚してしまったため絶望して自殺、そして「先生」自身も「K」への愛にようやく気がついて恋慕のあまり死を選ぶ、というようなレポートを書いた。この説でいくと、「K」が「お嬢さん」に恋をしていると告白するシーンがどうしても説明がつかないのだが、そこは嘗め尽くすようにテクストを裏側からひっくり返し、解体し、再構築する。細かい内容は忘れたが無理矢理に理由をこじつけなんとか書き上げた。
 言うまでも無くふざけて書いた文章ではあったものの、なんといちばん高い点数が付いた。現代文の先生いわく「ふざけて書かれていることは明白だ。しかしそのふざけた意図を達成するためにこの文章は真剣に書かれている。そもそも文章には、それがいかなる文学作品であっても誤読の自由があり、そのような楽しみ方を誰が否定できようか。その意図がふざけていようがいまいが、ある文学作品に別の読み方を提示しようとするのは、それ自体が文学的営為と言えるものだ。なによりこのレポートは楽しんで書かれている」
 僕が楽しんで書いた文章が、評価された瞬間だった。嬉しいというより驚いた。

 その後、大学のレポートだったり、修士論文だったり(うちの学部は卒業論文を書く必要はなかったので)文章を書くのが苦痛な時代に逆戻りし、社会人になってからは趣味的に文章を書くことなど皆無になった。

 それが、離婚して、時間を持て余したので、それまで諦めていたことをしてみたりするようになった。それだけではつまらなくてアウトプットの機会がほしいと思うようになり、インスタグラムを始めた。そこに絵日記的に文章を書くようになった。旅したことや食べたもの、感じたことや思ったことの中で、楽しいことだけ書きたいことだけを書くようになった。写真や画像を伴わないことはnoteで書くようになった。楽しいじゃないか。40代も半ばを過ぎて、ようやく文章を書くのが楽しいと思えるようになったのは皮肉なものだ。そしてその文章が面白い、楽しいと言ってもらえることもたまにあってとても嬉しい。インスタから始まった交流もある。
 文章を書くのが嫌で嫌でたまらなかった過去と、文章を書くのが楽しい(面倒に感じるときもあるが)今と、両方とも文章を褒められたことがある。では、文章のうまさとはいったい何に起因するのだろうか。楽しく書けた方が、文章も楽しい出来に仕上がっているはずなのだがとも思うが、どうやらそうでもないらしい。せいぜい自分にできることというのは、誤字脱字に気をつけることと、わかりやすい表現に留意することくらいか。あとは、楽しく文章が書けていれば、それがいちばん幸せなことなのかもしれない。

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