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オグハウス




空間の居場所化

東京都荒川区の木造住宅密集地に位置し、敷地面積の最小限度とされている約60m²の狭小敷地である。建主さんの祖父母から引き継がれた土地で、隣には両親、向かいには親戚も住まわれており、近隣の方々との付き合いも古い。そのような敷地に対し、プライバシーを守りつつも周辺環境に対して閉じない適度な距離感をどのように空間化するかを探りながら計画を進めていった。
 隣は建主さんの実家でもあり、既存の建屋は実家の"はなれ"だったこともあり、母屋とはなれの隙間の空間は自然発生的に生まれた中庭のような使われ方をしていた。子どもの時にその隙間で過ごした体験も手がかりとなり、建替えの計画においても母屋との間の関係性を引き継いだ中庭を設け、1階のダイニングキッチンはこの中庭に開かれ、外の自然を感じることができる空間構成とした。
 2階と3階は家族の生活空間のためのリビングと諸室を配置し、1階のダイニングキッチンは、母屋からの両親や友人などが気軽に訪問できるように床を土間にし玄関や中庭と連続感のある空間となっている。2階はリビングと浴室、洗面脱衣室、トイレを配置してコンパクトに区分けられているが、視覚的な連続性を感じられるような空間となっている。
 木造密集地の小さな広さの敷地のなかで住まいを計画するにあたって、いかに閉じないかについてよく議論された。閉じてしまうのは簡単である。しかし閉じてしまうと限定的な人の限定的な過ごし方の場所になってしまうことに気付かされる。家族内であっても個人各々の居場所となり、住人の家族だけでなく両親や友人にとっての居場所となり、それぞれが重なり狭いほど多重となる。その多重な過ごし方を受け入れられる住まいとするために、閉じないよう工夫し、それぞれの空間が居場所化されるよう検討を重ねていった。

所在地:東京都荒川区
用途:戸建住宅
規模:木造/新築(建替え)| 地上3階建
敷地面積:60.27㎡
延床面積:93.85㎡
設計:インクアーキテクツ
構造:梅沢建築構造研究所
施工:kurosawa kawaraten 竣工:2021年4月

インクアーキテクツ

設計概要


[構造・構法]
主体構造・構法 木造|在来軸組構法
基礎 ベタ基礎

[規模] 階数 地上3階
軒高 8.172m
最高の高さ 8.605m
敷地面積 60.27㎡
建築面積 36.85㎡|建蔽率 61.15%
延床面積 93.85㎡|容積率 146.16%
R階床面積 2.95㎡ 3階床面積 28.55㎡
2階床面積 27.33㎡ 1階床面積 35.02㎡
防耐火性能 準耐火建築物 

[工程]
設計期間 2019年8月〜2020年8月
工事期間 2020年10月〜2021年4月

[敷地条件]
地域地区 準工業地域|準防火地域
道路幅員 南側4m 西側4m
指定建蔽率 80%
指定容積率 240%

[外部仕上げ]
屋根・テラス/ウッドデッキ、シート防水
外壁/ガルバリウム鋼板、古材柿葺(ガルバリウム鋼板下地)
開口部/アルミ製サッシ、木製建具
外構/コンクリート舗装化粧洗出し仕上げ、コンクリート平板ブロック、砕石

[内部仕上げ]
<1Fダイニング、キッチン>
床/コンクリートスラブ金鏝押えの上アクリル樹脂系塗装
小上がり床/杉幅剥ぎ材
壁/ビニルクロス
天井/ビニルクロス

<2Fリビング、スタディコーナー、洗面室、WC>
床/複合フローリング(オーク)
壁/ビニルクロス
天井/ビニルクロス

<2F浴室>
床・壁/FRP防水トップコート仕上げ
天井/珪酸カルシウム板 t=6mm+6mm VP

<3F主寝室、子供室>
床/複合フローリング(オーク)
壁/ビニルクロス
天井/ビニルクロス

<階段>
壁/ケイソウ土塗装(セルフビルド)
踏板/スギt90mm

[設備システム]
<空調>
冷暖房方式/ルームエアコン
換気方式/第三種換気 その他/ガスファンヒーター

<給排水>
給水方式/公設上水道直結
排水方式/公設下水道直結

<給湯>
給湯方式/潜熱回収型ガス給湯


家づくりのはじまり

 家づくりの始まりは、実家に隣接するご両親が所有している土地を引き継ぐのかどうかという話からでした。ご相談いただいた当初はマンションを所有して住まわれていましたが、祖父母の代からの土地を他者に引き渡すのではなく引き継ぎたいという強い意志があり、建て替えの検討を始められました。他の設計事務所もご検討されたそうですが、インクアーキテクツの進め方のひとつでもある未条件(顕在化していない要望や条件)を引き出すプログラムや、これまでの事例に共感していただき依頼していただくことになりました。

LDKの未条件

 ご相談いただいた当初は間取りの要望として2階にLDKを設けたいということでした。2階の方が日当たりが良いからという理由でしたが、ご要望の真意を把握することや、そもそも日当たりの良いLDKがお施主様にとってどういった意味を持っているのか、ご要望の本当の意味を探るために「ケーススタディ」と呼んでいるワークショップを行いました。LDKを2階に設けたパターンの他に、LDKを1階に設けたパターン、LDKを3階に設けたパターン、LDKを1階と2階に分けるパターン、その他吹抜けの有る無しなど、ご要望や与条件をいったん切り離して「例えば○○の場合」という風にプランを並べ、それぞれのプランで1日、1週間、一年の生活シーンをイメージしながら話し合いました。
 ワークショップを通して、ご夫婦と子どもたちとの在宅時間のズレをどうするかということが計画する上での一つの課題となるというフィードバックを得ました。ご主人はお仕事の都合で夕方から不在、奥様は日勤と夜勤とがあり、時には夫婦で夕方以降に不在になることもあり、その場合はご両親に来てもらい子どもの面倒を見てもらうということでした。そうすると実は「両親にいつでも気軽に来てもらえる家」も大事なテーマなのではないか、ご両親はご高齢なため1階にリビングやダイニングのある間取りパターンも可能性があるのではないかということが話し合われました。

建主さんが大切にされていること

「ケーススタディ」と呼んでいるワークショップでは、計画内容について話し合われますが、その背景にあるものを知ることができる機会でもあります。隣のご実家での思い出や、建て替える既存建物にはご主人自信やその従兄弟達も住んだことがあると言うエピソードなど、この場所を引き継ぎたいと言うお考えの中に近くに住むご両親や親戚、友人も大切にされていることをワークショップを通じて窺い知ることができました。

[計画の進み方]
建主さんの要望:「2階の明るいLDK」

ケーススタディ#1
「1階をDKとした方が良いという方針」

1階のDKは2方向に接道する角地のためプライバシーを考えると閉鎖的になるのが課題

ケーススタディ#2
「隣の実家の敷地と合わせた中庭のような屋外空間をつくる」

「プライバシーを保ちつつも中庭に開かれた自然を感じられる開放的なDK」

隣家の実家の配置を取り込んだ中庭のような屋外空間

“ケーススタディ”を通して、3階建のボリュームのうち1階をダイニングキッチンという可能性を探って行く方針になりました。しかし「明るいLDK」というご希望も重要です。敷地は角地で2方向に接道しており、1階は道路に対して開くとプライバシーが課題となるため閉鎖的になる傾向があります。また60m2という狭小敷地にさらに駐車スペースも必要なためスペースは限られています。プライバシーを確保しつつも閉鎖的にならないようにするために屋外空間を上手く取り込めないか可能性を探りました。
そこでケーススタディの時の雑談がヒントになりました。ご主人の祖父母がご存命だった頃、実家の”母屋”と建替え前の既存建物の”はなれ”との間で家具などの木工作業をされていたというエピソードがありました。この母屋とはなれの間の空間はその後も子どもたちの遊び場にもなっていたようで、子どもの頃から家と家の間のような囲まれた屋外空間の心地よさを体感されていたようです。建て替える新築でもこのような空間を引き継ぐと良いのではないかということで、実家の敷地も合わせた屋外空間を計画しました。そうすることでひとまとまりの囲まれた中庭のような屋外空間を確保でき、この屋外空間とダイニングキッチンを接続して開口部を設けることで、角地の1階でありながらも閉鎖的にならず、プライバシーを保ちつつも自然を感じられる開放的な空間となりました。


既存建屋の古材を利用した”柿(こけら)葺”の外壁

外壁の一部に、建て替え前の建屋の木材を利用した”柿(こけら)”を葺きました。柿板をつくるところから、外壁に葺く作業も建主さんと一緒に作りました。
建て替え前の既存建物は祖父母が建て、建主さんの家族や親戚が住まわれていたことなど、とても思い出深い建物でした。新しい住まいにも何らかの形で引き継ぐことができたら素敵だなという話題からのアイデアでした。この柿葺の外壁が、昔の記憶や建主ご自身で作られた思い出とともに引き継がれ、愛着のあるお家の要素になればと思っています。

解体時の廃材を古材として一部ピックアップ
kurosawa kawaratenさんの敷地内に一時保管


古材から柿板を作成(建主)
古材から作成した柿板
柿板を外壁に取り付ける(建主セルフビルド)


建主からのコメント

建主さんからコメントをいただきました。

限られた土地に建つ狭小住宅ではあるものの、随所にこだわりが見られる非常に満足できる家になりました。
特筆すべきは、思い出のある古材を再利用した外壁の柿葺き(こけらぶき)です。ガルバリウムとのコントラストが美しく、面白い!
最初の打合せの段階からこちらの要望をしっかり受け止めて頂き、納得行くまで根気強く様々なアイデアを提案してもらいました。
家族構成、生活スタイルを考慮した、居場所が沢山ある暮らしやすく楽しい家です。

建主さんが家づくりを楽しまれたことや、自慢のお住まいにであることが伝わってきました。ご自宅の内覧もいつでもご協力いただいており、お伺いするたびに素敵に住みこなされいて、写真でどこを切り取っても風景になるようでした。

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