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【思い出】スライディングに命をかけた友人の話

私が中学生の頃の話です。

私は中学生の間、サッカー部に所属していました。

離島の学校というのは人数が非常に少ないため、サッカーのような「人間が沢山必要なスポーツ」は経営だけでギリギリでした。

故にサッカー部に所属していた間ずっと、ちゃんと人として扱ってもらえました。

強豪校のような「え?人権剥奪されてる?」みたいなことは起こり得ないのです。

私たちの学校は主に、ぬるいお湯に肩までつかりながら、みんな楽しくわいわいサッカーをしました。

レギュラーとしての誇り。

一致団結したフォーメーション。

かっこいい動き。

そんな小賢しいものなど、何の意味もないのです。

サッカーの極意をすべて兼ね備えた最強のアドバイス「遠くにキックする」だけを理解していれば勝てるのです。

当時の私は心からそう思っていました。

だから勝てないんだよ、ということは卒業してから理解することになりましたが、やはり私たちの胸の内には「勝ちたい!」という熱い思いはありました。

それは、他のチームメンバーも同じです。

私はそれを実感するような、友人の奇跡的な進化を目の当たりにしたのです。


「サッカーを始めた理由は何ですか?」

そう聞かれたら、私は真っ先に応えることができます。

そう。「イナズマイレブン」です。

私はイナズマイレブンに憧れてサッカーを始めたのです。

私の友人のTくんも、おそらく同じ動機だったと思います。

Tくんがサッカーを始めたのは、中学校入学のタイミングでした。

当初は慣れない環境でとても苦労していましたが、時間が経つにつれて少しずつ馴染んでいきました。

私たちの島には「一流の指導者」が存在しません。

なので、ちょっとした成功体験で「お、こうすれば勝てるんや」と誤った方向に成長してしまいます。

そして、私たちはガラパゴス諸島の動物たちのように、独特の進化をとげていきました。

私とTくんは「最強になるためにはどうすればいいのか?」をひたすら考えました。

最強なフィジカル?

高いサッカーIQ?

そんなものは持ち合わせていません。

どれだけ頭を悩ませても、強くなるための答えは思い浮かびませんでした。

私たちは、Tくんの家の畳に寝転がり、大きなため息をつきました。

そのとき、彼が言いました。

「イナズマイレブンならどうするかな・・・」

彼がぼそりと呟いた何気ない言葉でしたが、私はハッとしました。

そうです。

私たちの原点はイナズマイレブン。

すなわち、イナズマイレブンから発想を得ることが最良の近道なのです。

私は寝転がっていた畳から飛び起きました。

そして、おもむろにDSを起動し、イナズマイレブンを始めたのです。

そこにはユニークな必殺技を使うキャラクター達がたくさんいました。

スーパー四股踏み。

ファイアートルネード。

イジゲン・ザ・ハンド。

私たちはイナズマイレブンを始めたばかりの気持ちを思い出しました。

あの頃のワクワクした気持ち。

「かっけぇ!」というキラキラした気持ち。

小刻みに震える手で、私はDSのボタンを一心不乱に操作しました。

そして、私たちのサッカー人生は「第二章」とも呼べる進化を遂げ始めたのです。


Tくんは、「不道明王」という明らかにヤバそうな名前のキャラを好みました。

そのキャラはとてもダークな雰囲気で、相手を傷つけることに躊躇がないような凶暴な性格です。

特に「ジャッジスルー」という悪質なスライディングの技を得意としていて、作中でも恐れられていました。

しかし、一度憧れてしまった彼のプレースタイルは、徐々に「不動明王」に近づいていきました。

具体的にどうなったのか?

それはとても単純です。

めちゃくちゃスライディングをするようになったのです。

スライディングというのは、地面を身体にこすりつけながら滑り込む行為で、サッカー界では割と危険なプレーとされています。

しかし、彼はそんなことは気にしません。

彼は事あるごとにスライディングをし、チームに貢献しました。

敵チームが真剣な表情で「こっちにパスしろ!」とか言っていると、彼がすぐに走ってきてスライディングをするのです。

たいていの場合、敵は膝から崩れ落ち、当たり前のように戦意を喪失しました。

それから、彼は沢山の人間に勝負を挑み、確実に技の練度を高めました。

迎えた公式試合。

彼は何のためらいもなく、めちゃくちゃスライディングしました。

そして、めちゃくちゃイエローカードを貰いました。

彼がなぜそのようなプレースタイルになったのかを知っている私は、もう腹が千切れるくらい笑いました。


数ヶ月後。

順調そうに見えた彼ですが、しばらくしてその技を封印してしました。

スライディングをしなくなったのです。

彼自身、自分の行いに対して罪悪感を抱いていたのだと思います。

彼は奥底では本当に優しい人物だったのです。

そして誰一人として怪我をさせることなく、彼はそのサッカー人生に幕を閉じました。

ひいき目に見ても「激ヤバなラフプレー」をしていたのに、禍根無く引退しました。

そんな彼ですが、私は彼の成長への貪欲な姿勢をとても尊敬しています。

自分が変わらなければならないとき、私たちは必ず何かを犠牲にしなければならないのです。

私にそれを教えてくれたTくんは、やはり私の大切な友達です。



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