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AIで揺れるハリウッド

TBSラジオ 「荻上チキ・ Session」(2023年7月14日)NHKラジオ「マイあさ!」(2023年8月7日)に出演しました!

長期化するハリウッドのストライキ。
「荻上チキ・Session」に出演したときは「アメリカの俳優組合と脚本家組合がストライキ突入」という速報でした。それから3週間以上経った「マイあさ!」出演時も、ストライキは続いています。

その間、ハリウッド・スターであるトム・クルーズさんやマーゴット・ロビーさんの来日予定がストライキでキャンセルになったという報道もありました。

主要争点の一つになっている、表現活動におけるAI利用に関する規制づくりについて、2つのラジオ番組で話題提供しました。話しきれなかった部分も含めて、この記事でまとめます。


※ NHKラジオの聴き逃し配信は、放送一週間後の2023年8月14日(月) 午前7:50に終了です。



Q アメリカの俳優組合と脚本家組合がストライキ。何を求めている?

米国の俳優組合や脚本家組合は、急速に拡大した動画配信サービスやAIによって、映画やドラマの収益構造や雇用のあり方が変わってきており、自分たちの仕事が機械と大企業に奪われてしまうおそれがある、と訴えている。

まず、動画配信サービスについて。
従来は、映画化やドラマ化の後に、再放送やDVD化などがあり、その放送回数や製造本数などに応じてお金を支払う契約が多かった。他方、オンライン配信は少なかったので、一回の再生あたりの値段がかなり安く設定されていた。
しかし、現在は、動画配信サービスが急速に普及して、DVDなどの販売数は減少傾向にある。
この変化に契約が対応していないため、収入が劇的に減ってしまっていると組合側は主張。契約の見直しを映画製作会社に迫っている。

AIに関する争点について後述するが、近年の変化を反映した報酬体系の(再)設定が組合側の問題意識であることは確認しておきたい。


Q AIによって、実際に俳優の仕事が脅かされている?

前提として、すぐに全ての俳優や脚本家がAIに置き換わる訳ではない。組合側も、AIの利用を一部認めている。

ただ、例えば、エキストラを務める俳優たちは、すでに切実な問題に直面している。

まず、AIやコンピュータグラフィックス(CG)の技術が格段に向上したので、人間そっくりのCGキャラクターを作って、動かすことが容易になってきた。
しかし、全てをAIやCGで制作すると、まだ少しぎこちない部分も出てくる。そこで、顔や身振りについては、カメラやセンサーを利用して、人間の動きをデータとして記録し、そのデータをCGで反映することで、顔や動きをよりリアルに表現することが行われている。いわゆる「モーションキャプチャー」だ。

ただ、この時の俳優のデータの取扱いが問題だ。
現状では、エキストラ俳優の顔・声・演技などに関するデータの権利を、製作会社が一括して譲り受ける契約になっていることが多いとされる。つまり、上映数や再生数ごとの支払いにはなっていないことが多い。
そうすると、今後、製作会社は、他作品への再利用なども含む様々な目的で半永久的にデータ利用ができるが、エキストラ俳優に支払われる報酬は、撮影時間分だけで1日分や半日分に過ぎないケースも出てくるのではないかと懸念されている。いわゆる「デジタル・レプリカ」「合成俳優」問題だ。

米国の俳優組合に所属しているメンバーのうち、過去1年間にエキストラ俳優として働いた人は3万2000人とされる。
主演を務めるような著名な俳優であれば、交渉力が高いので自分達に有利な契約ができる。しかし、エキストラ俳優たちは弱い立場なので、こうした不利な契約になってしまう。

デジタルやAIという新しい技術によって産業構造が変わったので、労働者に適切な対価をもたらす仕組みを再設計しなければならないのではないか、という問題提起がなされているといえる。
加えて、エキストラをしながら下積み時代を過ごして成長していくといった選択肢が狭まることを意味するから、俳優のキャリア形成にも長期的には影響を与えるかもしれない。

なお、一部の報道(の見出しだけ)を見ると、生成AI関連のみが争点になっているような印象を持つかもしれないが、CGなどの技術も争点に含まれていることは念のため記載しておきたい。


Q 脚本家の仕事については、どういう問題が指摘されている?生成AIは関係するか?

脚本家たちは、自然な文章を自動的に作り出す「ChatGPT」など生成AIの利用によって、自分達の名声や収入に影響が及ぶことを懸念している。
(生成AI以外の論点については前述した通り)

AIが脚本のほぼすべてを書いた映画も登場している。だが、まだ実験的な段階で、現時点では職業自体を奪われるおそれは低い。
あとで人間が手を入れることを前提に、初期段階で素案を作るなどであれば、生成AIが役に立つというのが現段階。

そして、脚本家側も、AIの利用を全て否定している訳でない。
将来的にAIを使って脚本を書くこともありうるが、それを理由に、自分達の名義(クレジット)を外されてしまうことに反対している。わかりやすくたとえれば、映画上映後のエンドロールに流れる名前は「ChatGPT」ではなく人間である脚本家にしてほしいという要望だ。

なお、ハリウッドの商習慣では、クレジッドに表記されるかが脚本家の報酬を左右するとされる。クレジットは、名声・名誉だけでなく収入の論点にもつながる。

また、映画やドラマの脚本は一人で書き上げる場合だけでなく、複数名で共同執筆することもあるようだ。
そして最も労力がかかる最初の原稿(初稿)の執筆者への報酬が高く設定される傾向にあるとも言われている。もし、AIが初稿を生成し、人間の脚本家が後から手を加えるのであれば、脚本家の報酬は低くなってしまう恐れがある。
そこで、脚本家組合は、原作づくりにAIを使わないように求めている。

加えて、著作権の問題もある。生成AIは、既存の作品を大量に学習したうえで、そのデータを利用して新しい脚本を作成する。その既存の作品を作ったのは、脚本家たちだ。
AIの学習に貢献している分の、適切な対価はどうあるべきかは議論中となっている。
そこで、AIに関するルールづくりも組合側は求めている。


Q 俳優や脚本家とAI利用 日本での議論は?

日本でも俳優などが問題提起を行なっており、ルールや仕組みづくりを日本政府に求めている。

例えば、日本の俳優たちで構成される日本俳優連合が、今年6月に提言を発表した。
「新しい技術の進化による人間社会の発展は望ましいこと」とする一方で、「実演家の、表現の模倣・盗用を安易に促し、職域を侵害する恐れがある」と問題視している。
「AI生成作品であると明記すること」、 「AIの表現分野への進出について一定のルールを設けること。具体的には人間の代替としてのAIによる表現をしてはならない」、 「声の肖像権を確立すること」などを提言中だ。

なお、肖像権は、自分の顔や姿態をみだりに撮影や公表などされない権利をいう。(著作権法がある著作権などとは異なり)法律上明文化された権利ではなく、裁判例を通じて認められた権利だ。
これまでの裁判では、写真や動画といった視覚メディアの利用について争われることが多かった。他方、音声などの聴覚メディアに関しては裁判例が少なく、権利として認められているとは言いにくい。
これが「声の肖像権」という(その単語だけを聞くと違和感を覚えるかもしれない表現と)提言の背景だ。


こうした提言なども踏まえ、日本政府も権利保護などの検討を急速に進めている。

日本政府は、生成AIと著作権に関する論点整理を行っており、どういう場合が侵害に該当するのかをまとめた。また、現行著作権法に関するオンラインセミナーなどといった啓発活動も積極的に行なっている。
その上で、クリエイターや実演家(パフォーマー)の権利保護のあり方などについて、今後の対策について検討をしている。

加えて、今年5月に行われたG7(主要先進7カ国)広島サミット以降、日本は議長国として、生成AIの規制のあり方などについて議論する「広島AIプロセス」を進めてきた。
その中で、権利侵害の防止策も検討されている。日本から、AIの学習データの出典管理といった「技術的解決策の活用」などを、G7に提案する見通しだ。


Q 他にはどのような論点があるか?

ハリウッドのストライキでは争点になっていないが、「AIによる“なりすまし”」など、偽情報や名誉毀損も問題になっていくだろう。

生成AIサービスが普及し、音声合成や映像制作などの技術に詳しくない普通の人でも、短時間で安価に、自分が望む画像や動画を制作できる環境になってきた。これ自体は望ましいことだと思う。

ただ、こうした環境を悪用して、人気アイドルの顔データをAIに学習させ、本人そっくりの画像を作って販売する事例、さらに、性的な映像に芸能人の顔を合成してわいせつな映像を制作する事例も報告されている。
これらは、肖像権の侵害や名誉毀損などにあたりうる。


Q 映画製作の現場に限らず、AI活用のルールを考える際に、どのような点がポイントになるか?

ポイントは、AIという目立つ話題の背景にある、雇用の状況や権利にも着目することだ。
日米の俳優・脚本家たちは、AIの利用を全否定している訳ではない。今まさに正当な対価を得られていなかったり、権利を脅かされていたりするので、AI活用のルールを提案している。

もう一つは、表現者たちの問題提起に共感したり、収益構造に疑問を感じたりしたなら、応援することも大切だろう。

新作映画の封切りに向けて、ハリウッド・スターが来日する予定だったが、ストライキで中止になって残念に思っている人も多いだろう。その気持ちを持ったまま、スターたちが構想する正義についても想像してみてほしいと思う。

私自身、今回の報道が契機になって、初めてエキストラ俳優たちの労働環境やハリウッドの商慣習について学んだ。
ストライキの舞台裏にある雇用の状況や表現者の権利について思いを巡らせる機会にしてほしい。


遺補 - ストライキの勝者は、リアリティ番組とNetflix?

脚本家組合のストライキは、2023年5月2日から開始しており3ヶ月以上になっている。俳優組合もこのストライキに合流したのが7月12日というのは冒頭で紹介した通りだ。両組合のダブルストライキは63年ぶりだという。

長期化するストライキの影響は、予想外のところに出てくるかもしれない。

15年前の脚本家組合(の単独)のストライキでは、脚本が不要なリアリティ番組が増えるきっかけになったとも言われている。
今回のストライキでも、リアリティ番組やスポーツなど、台本のない番組に視聴者の興味や視聴習慣が移り変わる可能性を指摘する専門家もいる。

また、ストライキの真の勝者は、動画配信サービスを提供するプラットフォームである Netflix 社になるのではないか、という見解もある。
ストライキは米国で起きているが、その他の国々では映画製作が続けられている。同社 CEO は、投資家に対して「我々は世界中からコンテンツを供給できるので、他の会社よりも影響が少ないだろう」と語っていたという。
ハリウッドの映画製作会社やテレビ局と比べたとき、配信プラットフォームの競争力を高めることに繋がってしまいかねない恐れがある。

情報法政策を専門としている身からすると、似たような挿話が思い起こされる。「欧州が GDPR (一般データ保護規則)をつくった背景のひとつに、米国の巨大IT企業への対策があった。しかし、厳しいGDPRに対応する法務コストを払えたのは巨大IT企業の方であり、かえって欧州IT企業の競争力に打撃を与えたのではないか」。
プライバシー保護も、労働者の権利保護も、それ自体は正当な目的だが、それを実現しようとする過程で主導者が予期せぬ帰結をもたらすこともあるかもしれず、非常に難しい。


参考リンク