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1-4.新型コロナウイルス対応における心理職の心得とサポート資源

北原祐理(東京大学大学院 臨床心理学コース 特任助教)


新型コロナウイルスが広がり続けています。心理支援の需要が高まる一方,生の体験や繋がりの中でこころのエネルギーの回復を手伝う心理士(師)にとっては,特有の難しさもあるでしょう。本コラムでは,昨今の状況下での心理支援に役立つ資料をまとめました。

1)「新型コロナウイルスによる心理的影響」として,アメリカ心理学会がまとめた社会的距離の確保(social distancing)の影響を紹介しています。
2)「どのような心理支援が必要か」では,国連ほかの機関間常設委員会(IASC)によるコロナウイルス対応ガイド等を参考に,一般の人々や高齢者に向けた具体的な対応法を示しています。さらに,感染症の拡大は,私たちが経験したことないような長期的な社会的隔離や経済的打撃をもたらします。大切な人との離別を経験する人もいるかもしれません。
そこで,危機的状況に対する心理的応急措置(PFA;サイコロジカル・ファーストエイド)のガイドを元に,子ども,心身の障害をもつ人,差別や暴力を受ける恐れのある人への配慮についてもまとめました。子ども向けの素材や,経済支援制度,法的な相談窓口などの情報提供サイトも紹介しています。
未知の脅威と闘うと,私たちは不安を覚え,それはときに他者への偏見として現れます。スティグマはなぜ恐ろしく,その影響をどう伝えていくとよいでしょうか。本コラムの後半では,この疑問に答える3)日本赤十字社による記事のほか,4)心理士(師)自身のこころのケア,遠隔ツールを使った支援体制についてヒントを得られる記事を紹介しています。

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新型コロナウイルスの感染拡大が見え隠れし,2カ月が経とうしています。4月8日には,緊急事態宣言が発令され,多くの人が自宅に留まるよう強く要請されています。しかしながら,未だ不安を抱えながらも出勤を続ける人もいることでしょう。心理職は,対面の支援が難しくなる一方で,潜在的にはニーズが高まる中,支援のあり方を考える局面を迎えています。本コラムは,新型コロナウイルスによる心理的影響などをまとめ,心理支援に活かすことを目的とするものです。

1)新型コロナウイルスによる心理的影響

日本心理学会は,American Psychological Association(APA)による市民向けの情報提供記事を翻訳しています(一覧:https://psych.or.jp/special/covid19/)。そこでまず紹介されているのが,社会的距離の確保(social distancing)による影響です。現在,各地で他者との安全な距離(約1.8 m)の確保や,学校や公共交通機関などの密集場所への外出自粛が推奨されています。人との社会的距離をとる状態が長く続くと,次のようなことが起こります。

①自分や家族の感染,日常生活や将来に伴う「恐怖や不安」
②仕事など,自分にとって意味のある活動が失われることによる「抑うつと倦怠」
③隔離によって,主体性や自由が失われることによる「怒りやフラストレーション」
④接触感染を恐れる他の人が,感染が疑われる人に対して向ける「スティグマ化」
⑤特別な支援や資源を必要とする障害者など,「社会的弱者」の精神的苦痛の悪化

出典
American Psychological Association(著),日本心理学会(訳)「もしも『距離を保つ』ことを求められたなら:あなた自身の安全のために」https://psych.or.jp/about/Keeping_Your_Distance_to_Stay_Safe_jp/

2)どのような心理支援が必要か

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A:一般の人々に向けた支援
未知の感染症が広がるとき,自分や身近な人がかかりうる脅威や,見えない将来に不安を感じるのは自然なことです。他者との関係が薄れ,生活のルーティンが崩れることで,もともと健康な人でさえも心身に不調をきたしやすくなります。国連と他の人道支援パートナーで構成される機関間常設委員会(Inter-Agency Standing Committees:IASC)が発刊した『新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の流行時の心のケアVersion 1.5』では,すべての人々に役立つ心理支援として,以下を挙げています。

・呼吸法やリラクゼーション,その他の文化的慣習によるセルフケアの向上:規則的な生活,動画やアプリによるリラクゼーション,リラックス活動(読書,音楽鑑賞,入浴など)を勧めること。家庭内で役割分担を促し,協力する風土をつくること。不安を煽るメディアの視聴時間を減らすことや,過去の災害からの回復過程を思い起こし希望をもたせること。

・恐怖や不安に関する,あるいは支援法に関するノーマライゼーション:「ネガティブな感情反応は誰にでも起こり得る」と保障するメッセージを発し,信頼している人とのつながりを保つように促すこと。これまでの感情コントロールの方法を活用することを勧めながら,必要に応じて,医療,社会福祉,心理支援の専門家に頼ってよい旨を伝えること。

・新型コロナウイルス感染症に関する明瞭で,簡潔かつ正確な情報の提供:前線で働く人々や感染者を含むコミュニティの人々が正しい情報にアクセスできるようにすること。体調を崩した場合の援助要請の方法や,感染予防のための科学的根拠に基づいた実践報告などを提供すること。最新の情報を受け取れる人は,自律性が制限されたままで隔離される人々よりも,よりよく対処できることがわかっています。

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B:高齢者に向けた支援
高齢者は,コロナウイルス感染により重症化しやすいと言われています。また,情報源の少なさや認知機能の低下から,影響を受けやすい恐れがあります。高齢者の多い日本では,家族や周囲の人が支援方法に戸惑うこともあるでしょう。高齢者の方々に対しては,下記の配慮が考えられます。

・わかる範囲で何が起こっているのかを知らせ,不安とストレスを和らげる

・わかりやすい伝達手段を用いる(文字が見やすく,簡潔で正確な情報源を与える)

・固定電話による状況確認や,(可能な場合)定期的な個人訪問をする

・同居家族などがいれば,ビデオ映像やチャットツールの使い方を教えるように勧める

・マスクなどに不慣れで拒否する場合は,敬意を払い,明確かつ簡潔な言葉で忍耐強く,必要性を伝える

・救急の場合の対応方法(タクシーの呼び方,必需品の調達の仕方)を具体的に伝える(また,いつでも参照できるようにする)

・隔離に備えて,在宅の家族介護者への支援のためのツール(Skype,Zoom,LINEなど)を整える

さらに,高齢者は,感染を恐れて自宅にこもりきりの生活になる可能性があります。活動量が低下すると,フレイル(=「虚弱」を意味し,健康な状態から要介護へ移行する中間の段階を指す)が起こりやすくなります。活動量が下がると,抑うつや認知機能の衰えにつながり,さらに活動しなくなるという悪循環が起こります。また,空腹になりにくく,低栄養状態を招くこともあります。新型コロナウイルスとは直接関係なくとも,このような二次的な影響について心理教育を行えるとよいでしょう。『LIFULL介護』編集部によると,フレイルの予防には下記が推奨されています。

①日常に運動を取り入れて活動量を増やす
②バランス良い食事で低栄養を防ぐ
③口腔ケアで嚥下機能の低下を防ぐ
④孤独を防ぎ社会性を保つ

【出典】
・Inter-Agency Standing Committees(編著),前田正治+災害こころの医学講座(訳)「新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の流行時の心のケアVersion 1.5」https://www.fmu.ac.jp/univ/daigaku/topics/20200330.html
・『LIFULL介護』編集部「新型コロナウイルスが気になり自宅に引きこもる高齢親。フレイルの心配も?」https://kaigo.homes.co.jp/qa_article/147/

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C:特別な支援を必要とする人に向けた支援
感染症の拡大やそれによる大切な人からの隔離や離別は,トラウマティックな体験となりえます。『心理的応急処置(サイコロジカル・ファーストエイド:PFA)フィールド・ガイド』では,危機的状況に特に影響を受けやすい層として,以下を挙げています。

①子ども(青年を含む)
危機的な出来事は,子どもに安心を与える他者や居場所,日課などの世界を壊します。子どもの年齢によっても心理的反応は異なりますが,周囲に安定して落ち着いた大人がいれば,子どもはうまく対応できると言われています。下記は,子どものケアに役立つ資料です。

・『心理的応急処置(サイコロジカル・ファーストエイド:PFA)フィールド・ガイド』内の「3.1.1. 子ども(青年を含む)(p.40)」

・『新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の流行時の心のケアVersion 1.5』内の「子どもたちのストレス対処を支援するためのメッセージと活動(p.16)」

・子ども情報ステーション(https://kidsinfost.net/2020/03/01/pulusu-4/):子どもとの過ごし方のポイントやコミュニケーションに活用できる素材を提供しています。

・「感染症対策下における子どもの安心・安全を高めるために」(https://www.savechildren.or.jp/news/publications/download/MHPSS_message.pdf):感染予防の観点からの子どものための安全な環境づくりなどについて書かれています。

・「新型コロナウイルスを心配している子どもや若者の支援ガイド」(http://jabt.umin.ne.jp/j/pdf/COVID19_20200401.pdf):子どもの不安症に対するCBT研究者間で共有されているガイドを,日本認知・行動療法会会員有志の方々が翻訳したものです。

②健康状態に配慮が必要な人や,身体障害や精神障害をもつ人
慢性疾患や心身の障害をもつ人々にとっては,基本的な医療資源の供給や安全な環境の確保が重要となります。また,感覚障害による障壁を解消するような媒体(例えば,視覚障害用の情報提供サイトや,聴覚障害用の認定手話通訳者の通訳を動画など)を提供することも必要です。下記は,特別な配慮に関する参考資料です。

・『心理的応急処置(サイコロジカル・ファーストエイド:PFA)フィールド・ガイド』内の「3.1.2. 健康状態に配慮が必要な人や身体障害や精神障害をもつ人(p.45)」

・『新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の流行時の心のケアVersion 1.5』内の「障害をもつ人々のニーズへの支援(p.15)」,「隔離/検疫期間中の成人に対するMHPSS活動(p.17)」

③差別や暴力を受ける恐れがある人
女性や特定の民族,精神障害をもつ人たちなどは,資源から取り残される恐れや,性被害を受ける恐れがあります。新型コロナウイルスが流行している諸外国では,感染リスクのある医療従事者への差別的扱いや,長期自粛による家庭内暴力(DV)の増加も報告されています。こうした人々に対しては,資源につなげることが重要です。急な失業や経済的困窮により社会的弱者となることを避けるため,下記のような相談窓口も活用できます。

・『新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の流行時の心のケアVersion 1.5』内の「感染対応で働く人々への支援(p.18)」

・「新型コロナの影響に伴う経済支援制度等」(https://note.com/taqno/n/n2b80164c2225):NPO法人Social Change Agencyによる,生活費・水道光熱費・家賃住居・通信費・学費・保険料税金・医療費の支援制度の一覧

・日本司法支援センター法テラス「新型コロナウイルス感染症に関する情報について」(https://www.houterasu.or.jp/saigaikanren/houterasu-korona.html):借り入れ/ローン・契約・労働などに関する相談窓口と情報の提供サイト

【出典】
・World Health Organization(編著),国立精神・神経医療研究センターほか(訳)『心理的応急処置(サイコロジカル・ファーストエイド:PFA)フィールド・ガイド』https://saigai-kokoro.ncnp.go.jp/pdf/who_pfa_guide.pdf

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3)なぜ差別や偏見が恐ろしいのか

感染症や死に対する恐れは,人間の生存本能を刺激し,危険な対象を退けようとします。見えない敵(ウイルス)との闘いが不安を喚起し,私たちは,特定の対象を見える敵と見なして嫌悪を抱くのです。そして,嫌悪の対象を差別することで一時的な安心感を得ます。偏見や差別を受ける人々は,感染症拡大の際に弱い立場に置かれます。感染が疑われる人は,さらなる差別を恐れて,病気の症状を隠すこともあります。差別や偏見の怖いところは,当事者の健康を脅かすだけでなく,当事者が医療機関につながることを妨げ,周囲の人々を感染の危険にさらす可能性があるところです。差別や偏見は,私たち一人ひとりが正確な情報を得て,伝達することで防ぐことができます。スティグマの影響などの心理教育には,下記の情報をお役立てください。

・日本赤十字社「新型コロナウイルスの3つの顔を知ろう!~負のスパイラルを断ち切るために~」http://www.jrc.or.jp/activity/saigai/news/200326_006124.html

・American Psychological Association(編著),日本心理学会(訳)「新型コロナウイルス(COVID-19)に関わる偏見や差別に立ち向かう」https://psych.or.jp/special/covid19/combating_bias_and_stigma/

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4)支援者自身のこころのケア

緊急時における長時間労働,過重な責任,不明確な業務内容,コミュニケーション不足,感染への脅威などは支援者にとってもストレスの要因となりえます。そのため,支援に臨む前に,自分自身の健康状態や家族の問題を考えておくこと,そして危機介入に参加できる状態であるかを率直に判断することが大切です。必要に応じ,遠隔ツールの準備(詳細は出典の「遠隔心理学」参照)や,下記のように支援者自身を守る体制を整えることも重要です。

・たとえ短い時間でも,食事,休息,リラックスのための時間を取る

・無理のない活動時間を守る(場合によっては交代制で働く)

・周囲の同業者に自分の心身の状態をチェックしてもらうなどの協働体制をつくる

危機が収まった後には,小さなことでも人の役に立てたことを確認し,支援経験や活動の限界を周囲と共有することが,心の活力の回復を助けます。また,元の生活に戻る前にまとまった休息をとることがおすすめです。一般的に危機的状況が落ち着けば,心身も元通りとなりますが,神経質過敏や不眠,体調不良を自覚する場合は,心理職自身が専門家に相談することも考えてみてください。

【出典】
・World Health Organization(編著),国立精神・神経医療研究センターほか(訳)『心理的応急処置(サイコロジカル・ファーストエイド:PFA)フィールド・ガイド』https://saigai-kokoro.ncnp.go.jp/pdf/who_pfa_guide.pdf
・American Psychological Association(編著),日本心理学会(訳)「遠隔心理学」https://psych.or.jp/special/covid19/telepsychology

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