45-3.現場で役立つ発達障害アセスメント
臨床心理iNEXT研修会
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iCommunity講習会
1. 発達障害の過剰診断が増えている!
公認心理師の時代となって、心理職が多くの場で発達障害についての判断に関わるようになっています。発達障害を早期に発見し、早期に指導教育をする傾向も強まっており、そこに心理職が関わるようにもなっています。学校場面でインクルージョン教育の重要性が言われている中で、特別支援の必要性に関する判断をするという重要な役割を心理職が求められるようになっています。
ところが、そのような状況において発達障害の過剰診断が多くなっています。心理職が、その過剰診断の増加に少なからず加担しているのです。それは、多くの心理職が、発達障害のリアル・アセスメントができないという課題があるからです。文献で書かれている『発達障害の特徴』が、実際の生活場面で具体的にどのように現れ、それをどのように把握するかをリアルに理解できていないのです。
リアル・アセスメントができないと、本人や保護者にどういう言葉で何について質問すべきか、どのような行動で発達特性の程度を測ったら良いのかが分からないことになります。その結果、支援に向けての、適切な見立てや説明ができないという問題も生じています。
2. 発達障害のリアル・アセスメントを学ぶ
発達障害のリアル・アセスメントができないと、『本当の発達障害の特徴』と『発達障害の特徴とは似ているけれど違うもの』の区別ができません。例えば、教科書にある「他者とのコミュニケーションの障害」や「興味関心の限局」が、定型発達の「コミュニケーションの苦手」や「こだわり」とどう違うかということがよく理解できません。
具体的には、ASDの特徴としての「コミュニケーションの困難」(自他の感情に注意が向きにくい、エピソード記憶を適度に要約して話すことが難しい、など)と、一時的に対人緊張が強まっている人の「コミュニケーションの困難」(不安によってしゃべらなくなる、あるいは逆に多弁になり過ぎる、など)を混同してしまいます。
そこで重要となるのが発達障害のリアル・アセスメントです。リアル・アセスメントのためには、「①現実世界で発達の障害がどのように現れるのか」、「②何をどのように訊いて観察をしたら発達の障害を把握できるのか」の2点ができなければならないのです。逆に①②ができるならば、それを説明すればいいので、他職種や保護者への説明力も上がります。
そこで、今回の臨床心理iNEXT研修会では、「自閉症スペクトラム障害の診断・評価必携マニュアル」(東京書籍※1)や「困っている子の育ちを支えるヒント−発達の多様性を知ることでみえてくる世界−」(ミネルヴァ書房※2)の訳者や著者であり、発達障害の理解と支援のエクスパートである井澗知美先生に「現場で役立つ発達障害のアセスメント―支援につなげるために―」というテーマで研修会を実施していただきます。以下に、臨床心理iNEXT代表の下山が井澗先生に研修会に向けて実施したインタビュー記録を掲載します。
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3. 一人一人違う“生きづらさ”を理解し、支える
[下山]発達障害の判断は一筋縄ではいかない難しさがありますね。過剰診断も多くなっています。逆にうつ状態やパニック症、強迫症、解離症などと診断された問題が、実は発達障害の2次障害であり、発達障害が見逃されていたということもしばしばあります。
このような発達障害についての判断の誤りが起きるのは、冒頭に述べた発達障害のリアル・アセスメントができないからであると思います。とはいえ、公認心理師の時代になり、発達障害のアセスメントにおいて心理職の責任は増しています。そこで、まず先生が発達障害のアセスメントにおいて重要であると思っていることを教えてください。
[井澗]私たち心理職は、社会のニーズに応えなければいけないと思っています。これだけ発達障害のことが話題になっているのは、多くの人がそこに何か“生きづらさ”を抱えているからだと思います。人はすべて発達する存在なので、発達障害があってもなくても、私たちは誰もが生まれてから発達してきているわけですね。今は、生涯発達心理学なのでずっと変化していくということになります。そして、変化していくときに一人一人顔が違うように、脳の働き方も当然違うんですよね。
だから、自分の脳にあったというか、自分にあった形で変化していきたい。そうすることでみんな健康に生きていけるわけです。ただし、人間は集団の中で生きていく生き物なので、自分一人が良ければいいということは難しい。生まれてから、最初は家族、そして学校や地域の集団というようにだんだん社会が大きくなっていく。その中で私たちは適応していくわけですね。自分だけが我慢するのが適応ではない。日本人は過剰適応になりがちです。しかし、みんなもOKだけど自分もOKでないといけない。そのような形で真の適応を支えていくのが、健康を預かる心理職としては大事だと思っています。
4. ニューロダイバーシティを前提とするアセスメント
[井澗]そうすると、社会の中で安心して発達、つまり変化し、成長していくことを支援するには、自分が出会う目の前の人が、どのような脳のタイプなのか、どういう発達段階にあるのかを知る必要があるわけです。今、発達障害が注目されている中にはそういう課題が一つあるのだと思います。
それと関連して最近では、発達障害も、障害というよりもニューロダイバーシティ、つまり神経学的多様性と言われています。マイノリティを含めた多様な脳が活躍できる社会は、全ての人にとって活躍できる、生きやすい社会になると思います。心理職は、そういう中で役割が求められていると思います。
もう一点、今、教育の中でインクルージョンということが言われていますけれども、結局はインクルーシブと言いながら、私たちが検査をして何か検査結果を出すと、それが分離の材料にされているわけですね。
[下山]場合によっては差別になりかねない。
[井澗]そうなんです。そういう時は、現場の先生も「どうしてそうなるか」ということで困っています。だから私たち心理職は、ただ「こうです」と検査結果を示すだけではなくて、その子がみんなと一緒にやるためには、「どんなふうに環境調整をしていけばいいのか」、「どこをサポートすればいいのか」を伝える必要があります。発達のデコボコがあったとして、得意なところはみんなの役に立つし、苦手なところはサポートがあればやっていける、それを伝えることが心理職に求められていると思うんです。
5. 支援につながるアセスメントに向けて
[井澗]そこでやっぱりアセスメントが必要です。IQを出すだけではないのですね。フルIQだけではなくて、認知だっていろんな要素から成り立っています。認知発達以外に対人関係の発達や注意力の発達とか衝動性の発達など、さまざまな軸があります。そういったことを見て、「この目の前のお子さんがどんなバランスで今いるのか」をしっかりと伝えていく必要があります。
例えば、私たち心理職は、言語発達は言葉でよく知っているけれども、何か集団に適応できない子によく出会います。そのような場合、「何をどうサポートすればこの子もOK、みんなもOKになるのか」というところまでアセスメントして、支援の具体策を提案できる。
それを保護者や教員、場合によっては子ども本人にも伝えられる。そういう力が心理職には求められていると思います。
[下山]そこが、今回の研修会の副題「支援につなげるために」ということですね。アセスメントから支援に向けての“見立て”を作ることと関わってくるところですね。
6. 誤ったアセスメントをしないためのポイント
[下山]本来であれば、心理職は、それができることが最低条件だと思います。しかし、現在の公認心理師カリキュラムは課題が多すぎて、アセスメント教育は「診断基準」と「検査の実施方法」の初期学習で止まっていることが多いかと思います。ところが、現場での発達障害のアセスメントは、単純ではないですね。
最近のASD研究によれば、知的に高い場合、特に女性については発達障害であってもカモフラージュとして適応的に振る舞うことができることが注目されています。そうなってくると、単純に検査をしたり、診断基準を当てはめたりするだけでは判断がつかない。さらに問題なのは、知能検査をして、下位検査の結果に凸凹があれば、それで発達障害と判断するといった誤りが未だに横行していることもあります。
[井澗]はい、多いですね。
[下山]最近では、学校や自治体も安易に知能検査を求めてくることがあります。また、株式会社が発達支援に参入し、知能検査を濫用する傾向も見られます。このような状況だからこそ、現場で役立つアセスメントを心理職がしっかりとマスターしておく必要があると思います。その要点を教えていただけますでしょうか。
[井澗]一言で「コミュニケーションの問題」と言って分かった気にならないということが一番大切と思います。目の前にいる人を分類するのではなくてまず理解することです。診断基準などの知識は、目の前の人を理解するために使うものであって、目の前の人をどこかに当てはめるためのものではないのです。ところが、多くの人は、どこかに当てはめて分かった気になることで安心したいのです。しかし、それではやっぱり分かっていないのです。
7. 心理支援につながる知能検査の活用の仕方
[井澗]同じ診断名でも一人一人違うんですよね。もちろん診断名がないとしても一人一人違います。得手、不得手もあります。同じように発達障害の人も一人一人違うわけです。そこをしっかり見ようという意識を持つことです。目の前の人を理解するスタンスが先にあるのです。そして、理解するための、診断などの枠組みを参考にする。例えば、「コミュニケーションが苦手」と言ったとして、「どういうときに苦手だと思うのか」を聞くことが大切です。具体的にその子が、あるいは大人でも、日常生活の中でどの場面でどんなふうに工夫したり、苦労したりしているのかを丁寧に聞いていくことがアセスメントの要点です。
「IQの指標にばらつきがないと障害がない」という人がいますが、それは違っています。検査でどのように回答しているのか、つまりどのような情報処理をしているのかを見ていくことが重要となります。WISCなどの心理検査は、決められた刺激に対してどのように情報処理をして回答を導いているのかを見ていくと、その方の認知の特徴が見えていきます。そのような視点を持ってアセスメントすることが大事ですね。
[下山]そうなりますと、研修会では、面接での情報の取り方だけでなく、知能検査を含めた検査を活用して、その人が情報処理をどのように行っているのかを把握するという観点からアセスメントの仕方を教えていただけるということでしょうか。
[井澗]そうですね。どのような検査があるのかも含めてお話しします。例えば、こういう主訴のお子さんのときに少しこうやってみて、こういう問題が出てきたなら、この検査を足していくという方法を紹介しながら、参加者の皆さんに検査を学んでいただければと思いますね。
8. 複雑性PTSDとの関連で発達障害を理解する
[下山]もう一つ、発達障害のアセスメントと関連して問題意識を持っていることとして、2次障害、3次障害の理解についてです。特に、昨今複雑性PTSDが注目されるようになっていることの影響は大きいと思います。うつ状態、双極性障害、パニック症、解離症などと診断されてきた状態が、実は複雑性PTSDの症状、つまり2次障害であったというケースが増えてきています。
さらに、その複雑性PTSDの背景には発達障害があったということも少なからずあります。発達障害があると複雑性PTSDになりやすいということを考えれば、上記の診断は発達障害の3次障害ということになります。発達障害の場合、逆境体験があると、複雑性PTSDの診断基準に達していなくても、トラウマ反応を呈することがあります。その結果として、発達障害特性のある人は、誤診を受けやすいという事態になっています。このような事態においては、ますます発達障害のアセスメントが重要になってきていると思うのですが、いかがでしょうか。
[井澗] 私も大人の発達障害の方にお会いするようになって、大人の方の場合、2次障害でお会いすることが多いんですね。大人の方の場合、対応に時間がかかります。傷ついてきた歴史が長ければ長いほどそれはやっぱり回復にも時間がかかります。例えば、自閉症の脳は忘れるのが苦手な脳なので、余計にトラウマ体験の悪影響を受け、負荷がかかります。それで、私自身は今、早期予防的な介入を重視しています。だからと言って、大人になったから対応できないわけではなく、丁寧に付き合っていくしかないと思っています。
9. 医学的診断を超えて発達障害の成長を支援する
[井澗]自閉症の方に限らず、誰もが成長したい気持ちはあります。自閉症であっても、当然よくなっていきたいという気持ちはあります。その点、医学の診断は病理を見ていくので限界があります。心理職は、健康的な部分とか適応的な部分を形成していく。そこを見つけていくことが大切と思います。
今まで傷ついてきた歴史が長かったけれど、今の日常生活をサポートして、現在がうまくいくことで少しは、その傷は薄まっていきます。今を幸せにしていくことが大切と思います。過去のことをいくら振り返っても、発達障害脳の人にとっては過去を書き換えるのはすごく難しいんです。でも、今は変えられるし、先は変えられる。だから、今の適応を、小さな成功を一緒に見つけていくことで、本人の中に自信ができてくると、自分でスキルアップしていけるようになります。知的に高い人は特にそういう力があるので、今を支えていくことが大事な視点だと思っています。
[下山]発達障害特性のある人は、いわゆる“問題行動”を起こします。それは、いわゆる“常識”の枠を超えているので、それを病理として理解し、診断という枠に収めて安心しようとします。医療は特にその傾向が顕著ですね。その結果、誤診が増える。しかし、実際には、発達障害特性があっても成長していく可能性は十分にある。たまたま定型の発達と、成長の順番やスピード、方向が違っているのであり、それを周囲の者が理解できないと見ることができると思います。心理職は、そのようなスタンスで発達障害のアセスメントをすることが大切ですね。
10. アセスメント結果のフィードバックのポイント
[下山]その点で心理職は、社会的常識とはズレる行動や考え方であっても、不安に耐えて、何が起きているのかを把握していくスタンスが必要ですね。それが発達障害のアセスメントに必要なことかと思いますが、その点についてはいかがでしょうか。
[井澗]大人の発達障害の場合は、少なくとも大人になるまで生きてきたということが何と言っても強みですね。苦労しながらでもやってきているので、その方のやってこられた強みは必ずある。そこを見つけてフィードバックしていくことが大事かなと思っています。例えば、衝動性が高いのかもしれないし、頑固かもしれないけど、「そうやって自分でチャレンジする力があるよね」とフィードバックできる。理解されない中、すごく苦労してやってきている方が多く、本当にそこは尊敬すべき点だと私は思っています。そこを見ていくって大事かなと思っています。
[下山]単純にDSMなどの診断基準だけでみてアセスメントするのではなく、今先生が言われた衝動の対処の仕方とか対人関係のあり方であるとか、弱点と同時にがんばっていたところを読み取っていくというアセスメントが重要ですね。
[井澗]失敗しながらみんないろんなことを学んでいるわけですから。
[下山]そのあたりをアセスメントしていく具体的な方法や検査の使い方、そしてアセスメント情報をまとめて見立てを作っていく方法についてお話をいただけるということでしょうか。
[井澗]そうですね。アセスメントはラベルをつけるためではなく、常につながるためのアセスメントです。本人に役立つアセスメントでなければ意味がないと思っています。そのため、どのようなスタンスで臨むのか、どのような検査をどんなふうに使っていくかということをお伝えしたいと思っています。
■記事校正 by 田嶋志保(臨床心理iNEXT 研究員)
■デザイン by 原田優(臨床心理iNEXT 研究員)
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