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25-2.ライフデザインを描く

(特集 ユーザーとつながる)
下山晴彦(東京大学/臨床心理iNEXT代表)
北原祐理(東京大学特任助教)
Clinical Psychology Magazine "iNEXT", No.25

『健康経営デザインスクール』レクチャーシリーズ
主催:東京大学エクステンション株式会社
共催:東京大学大学院・下山晴彦研究室

【日時】令和4年1月21日〜3月4日の金曜日(全6回)
   各回14:00〜15:30(全9時間)
   開講日:1/21、1/28、2/4、2/18、2/25、3/4
   ※各回でそれぞれ申し込みができます。

【プログラム】
https://www.utokyo-ext.co.jp/wp-content/uploads/2021/11/hms_a4_flyer.pdf

【モデレーター】下山晴彦 
全6回いずれも下山が企画者として参加します。
全回で司会を務め、冒頭で各回の企画意図を説明します。

【講演者/対談者】隈研吾、小山田亜希子、ロバート・フェルドマン、寺田理恵子等の企業経営者、経営学者、建築家、アナウンサーが健康経営のデザインについて講義と対談をします。

【申込み】
https://www.utokyo-ext.co.jp/hms/symposium/hms

多くの方のご参加をお待ちしています。
心理職を超えてさまざまな職種の方に広く周知をお願いします。

1.“つながる”ための“ライフデザイン”

本マガジン25号の全体テーマは、“ユーザーとつながる” です。このテーマを取り上げたのは、心理支援サービスは、心理職のためにあるのではなく、ユーザーのために存在する活動だからです。ユーザーにとって役立つ活動であって初めて心理支援サービスは存在意義があるということになります。だからこそ、心理職は、第一に“ユーザーとつながる”ことが大切と考えたわけです。

前号の25-1号では、ユーザーとつながるために、ユーザーの要望(ニーズ)を受け止め、それに即した心理支援サービスを設計するために必要な “ケースフォーミュレーション” をテーマとしました。それを受けて今回の25-2号では、“ライフデザイン”を手懸りとして、現代社会を生きるユーザーにはどのような要望があり、どのような心理支援を求めているのかをみていきます。

今、私たちは、SNSを始めとしてさまざまなメディアによって多種多様な情報が溢れる環境を生きています。毎日、さまざまな情報をシャワーのように浴びています。情報の海の中を泳いでいるといっても過言ではありません。しかも、そこにコロナ渦が直撃しました。コロナ対策で社会のICT化は一気に進み、テレワークが常態化しました。その結果、オンラインではつながっていても、コロナ感染を恐れて現実場面で他者と会い、つながることは少なくなっています。バーチャルな世界と現実の境界がますます曖昧になってきています。

私たちは、人類史上にないほどの勢いで変化する情報社会の中で、先が見えない不透明な時代を生きています。このような時代において人々は、どのような心理支援を求めているのでしょうか。また、心理職は、サービスをどのように提供していくのがよいのでしょうか。本号では、このような時代においてユーザーと心理職が適切に“つながる”ためのキーワードとして「ライフデザイン」を取り上げ、関連する企画をご紹介します。

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2.VUCA時代を生きるための“ライフデザイン”

人々は、すでにSNS等のオンラインで“つながる”生活をしています。さらに、すべてのモノがつながるIoTの時代に向かっています。自動車もつながる車(Connected car)になっていくでしょう。しかも多くの活動はAIによって実行されるようになります。

まさに人類が経験したことのない速さで社会は変化しています。そこでは、多様な要因が複雑に絡み合い、先を見通すことが困難です。このような現代社会は、VUCA(ブーカ)時代と呼ばれています。VUCAとは、Volatility(変動性)、Uncertainty(不確実性)、Complexity(複雑性)、Ambiguity(曖昧性)の頭文字から構成されています。コロナ渦が直撃し、継続しているためにVUCAはその深刻性をさらに増しています。

VUCA時代の不確定な社会を生きる私たちは、SNS等のさまざまなメディアで、多種多様な生活の仕方や生き方を知らされます。そのような情報が溢れる中で自分のあり方を主体的に選び、維持することがますます難しくなっています。メディアに影響を受け、ときに支配されて自分を見失っていきます。情報の嵐の中で流されて自分らしく生きることが本当に難しくなっています。

だからこそ、自分のライフ(Life)、つまり自分らしい“生活”や“人生”をどのように設計し、デザインしていくのかが試されます。心理支援サービスにおいてもライフデザインの支援が重要テーマとなります。世界のメンタルケアでは、20世紀初頭には医学モデルから生活機能モデル※)に移行し、“生活”機能の支援がメンタルケアの中心課題となっています。しかし、残念なことに、あるいは情けないことに日本では、未だに医学モデルがメンタルケアの中心モデルになっています。

※)生活機能モデル
https://www.mhlw.go.jp/stf/shingi/2r9852000002ksqi-att/2r9852000002kswh.pdf
https://www.mhlw.go.jp/stf/shingi/2r9852000002ksqi-att/2r9852000002ksws.pdf

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3.“働くこと”とライフデザイン支援

生活支援モデルにあっては、病気や障害があったとしても、それを抱えながらどのように生きていくのか、つまり“どのようなライフデザインを描く”のかが重要なテーマとなります。それをユーザーと一緒に考え、実際にデザインを形にしていくのかが心理支援サービスのテーマです。そこでは、“生活の仕方”や“人生のあり方”をどのように設計していくのかがテーマとなります。

ライフデザインが大きな課題となっているのが産業分野です。産業分野では、生活の仕方は“働き方”であり、人生のあり方は“キャリア”となります。我が国では、働き方改革が唱えられ、ワーク&ライフバランスが強調されてきました。しかし、効果は上がっていません。企業も社員も元気がありません。

それは、働き方改革が、相変わらず “健康管理” という医学モデルで行われているからです。社員を“管理”することばかりを考え、社員の一人ひとりが自分自身の生活や人生を”デザイン”していくことを尊重する発想がないのです。近年、それに替わるものとして人材育成を重視した “健康経営” が注目されています。

健康経営は、従業員の健康増進を人的資本に対する投資と考え、従業員の活力や生産性の向上、組織の活性化をもたらすことで業績向上や経済効果をめざす取り組みです。コロナ渦で健康リスクが高まっている現在、健康経営は緊急課題となっています。健康経営においては、健康を管理する医学モデルではなく、働く人々のライフデザインを支援する生活機能モデルが採用されています。

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4.健康の“デザイン”へ:隈研吾氏に聞く

健康経営では、会社によって一律に管理される社員としてではなく、それぞれ個性をもつ人間としての多様性が尊重されます。そして、社員自身が満足できる職業生活を送ることに価値を置き、会社は、その社員のライフデザインを支援することが目指されます。

そこで、私(下山)は、現代社会におけるライフデザインの重要性の観点から、本記事の冒頭で紹介した健康経営デザインスクール(東京大学エクステンション株式会社主催)を企画しました。本レクチャーシリーズでは、健康を“管理する”との従来の発想ではなく、“デザインする”という新たな価値創造を提案します。

デザインは、人を発想の中心におき、創造的に問題を解決し、結果として社会を発展させる力を備えています。社員一人ひとりが自らの生活や人生を創造的に設計していくデザインの発想や思考法を持てることこそが、健康経営の出発点となります。 “デザイン”の定義については、新国立競技場を設計した建築家の隈研吾東京大学特別教授にお話をいただきます。

日本の企業は、そのような社員のライフデザインやセルフデザインを尊重し、支援することを通して、真に意味のある健康経営をデザインすることが可能となります。そこで、隈研吾氏には、日本の会社員が、そして企業が日本という環境と調和しながら自らのあり方を豊かなものにするために、ご自身のデザインの発想や思考法についてのご講演をしていただきます。ご講演後には、私、下山との対談があります。

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5.健康経営デザインスクールご紹介

現在、我が国は、生産年齢人口の減少、従業員の高齢化、国民医療費の増加といった様々な問題を抱えています。特に、健康の問題を抱えながら働き続け、生産性が低下する状態は “プレゼンティーズム” と呼ばれ、そのコストは、アブセンティーズム(健康問題による欠勤や休職)によるコストの約4倍に上ります。

こうした危機的状況において、従業員等の健康管理を経営的な視点で考え、戦略的に実践する“健康経営”が強く求められています。そこで、健康経営スクールでは、全6回講義から構成されるレクチャーシリーズとしました。建築家の隈研吾氏を始めとして経済学の専門家や企業経営者等、多彩な講師や対談者に招いて実践的な健康経営についての講義となります。いずれも私(下山)が企画したものであり、私がレクチャーの導入と司会を務めます。

本レクチャーシリーズでは、産業界や大学から専門家が集い、多角的に健康経営の課題を分析し、事例を交えながら、健康経営の新たなモデルと実践方法を提案します。全体としては、健康経営が発展するプロセスを3段階に分けて全6回のレクチャーを構成しました。講義は、いずれの回も1月〜3月の金曜日の午後2時〜3時30分となります。

まず、第一段階で「健康経営とは?」と題して、健康管理と健康経営の違いを明確にし、健康経営が必要となる日本の社会・経済的状況を分析します。第二段階では「健康経営の広がり」と題して、社員を主体とする健康経営とする価値の転換をすることの重要性を指摘します。第三段階では「健康経営をデザインする」と題して、社員の人間的成長を支援する成長モデルの導入と、そのためにデザインの発想が必要であることを解説します。次節以下で第一段階から第三段階の各段階のレクチャーの内容をご紹介します。

なお、第1回登壇のロバート・フェルドマン氏と第3回登壇の加藤晃氏は、今注目されている著作『2030年代失業時代に備える「学び直し」の新常識 盾と矛』(幻冬舎,2021)を出版しています※1)。第4回の対談者の寺田理恵子氏※2)は、伝説のお笑い番組「オレたちひょうきん族」※3)の司会者として有名です。元フジテレビアナウンサーでアイドル女性アナの元祖とされています。現在は、認定心理士の資格をお持ちです。また、隈研吾氏は、この第三段階の第5回レクチャーに登壇されます。

※1)『盾と矛』(幻冬舎)
  ⇒https://www.gentosha.co.jp/book/b13915.html
※2)寺田理恵子
https://www.ikushimakikaku.co.jp/terada-rieko/
※ 3)オレたちひょうきん族
https://renote.jp/articles/9418

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6.第一段階「健康経営とは?」 ――健康管理から健康“経営”へ

【概要】科学技術の進歩により、シックケアからヘルスケアへの移行が可能となった現代。健康経営を推進する企業の多くが、ESG経営においても高い評価を受けています。人的資本経営と健康経営のつながりを明らかにし、取り組みを進化させる経営システムのあり方に迫ります。

【第1回】1月21日(金)の午後2時〜3時30分
『なぜ健康経営なのか-日本の経済の再生に向けて-』
◆ 講師:ロバート・フェルドマン
  (東京理科大学大学院経営学研究科 教授)
◆ 対談:木村 廣道
  (東京大学未来ビジョンセンター 特任教授)

【第2回】1月28日(金)の午後2時〜3時30
『人的資本を高める経営-人事の見える化と健康経営-』
◆ 講師:奥本 英宏
  (株式会社リクルート リクルートワークス研究所 所長)
◆ 対談:加藤 茂博
  (一般社団法人ピープルアナリティクス&HRテクノロジー協会副代表理事)


7.第二段階「健康経営の広がり」 ――“社員”のための健康経営へ

【概要】人生100年時代となり、既存の知識や経験はもはや通用しません。これからの働き甲斐、経済的安定、社会貢献を支える社会人の「学び直し」を考えるとともに、コロナ禍という未曾有の危機に立ち向かった航空業の組織づくりと現場に根ざした業務改善から学びます。

【第3回】2月4日(金)の午後2時〜3時30分
『VUCA時代の健康経営-社員と会社のための学び直し道標-』
◆ 講師:加藤 晃
  (東京理科大学大学院経済学研究科 教授)
◆ 対談:平林 由義
  (パーソルワークスデザイン社 代表取締役社長)

【第4回】2月18日(金)の午後2時〜3時30分

『健康経営で危機を乗り越える-社員の声に基づいた仕組みづくり-』
◆ 講師:小山田 亜希子
  (ANAエアポートサービス株式会社 代表取締役社長)
久沢 弘太郎
  (同社 旅客サービス部長)
◆ 対談:寺田理恵子
  (フリーアナウンサー 認定心理士)

8.第3段階「健康経営をデザインする」―― 社員の“成長”が支える健康経営へ

【概要】デザインは、人を発想の中心に置き、創造的に問題を解決し、結果として社会を発展させる力を備えています。働く一人ひとりが、環境と調和しながら、自らの働き方や生き方をデザインするにはどうしたらいいか。健康経営の土台となるセルフデザインの育成を考えます。

【第5回】2月25日(金)の午後2時〜3時30
『今求められている“デザイン”の発想-健康経営の設計に向けて-』
◆ 講師:隈 研吾
  (建築家・東京大学 特別教授)
◆ 対談:下山 晴彦
  (東京大学大学院教育学研究科 教授)

【第6回】3月4日(金)の午後2時〜3時30分
『社員のセルフデザイン力を育成する-健康経営を底支えする-』
◆ 講師:平林 由義
  (パーソルワークスデザイン株式会社 代表取締役社長)
◆ 対談:奥本 英宏
  (株式会社リクルート リクルートワークス研究所 所長)

9.改めて我が国の心理支援サービスの発展に向けて

以上、現代社会においてユーザーとつながるためにはライフデザインの発想が必要となっていることを、健康経営を例としてみてきました。ライフデザインの考え方は、産業分野に限らず、あらゆる分野や領域において必要となってきています。

先行きが不明なVUCAの時代を生きていることは、心理支援サービスのユーザーだけでなく、サービスを提供する心理職にとっても同じことです。ユーザーと同時代を生きる職業人として心理職も自らのライフデザインを見直していくことが求められています。心理職の仕事のあり方は不安定です。また、職業生活やキャリア発達も未確立です。まさに心理職自身が自らのライフデザインを問われています。

フロイトやユングが生きた19世紀後半から20世紀前半は、社会が近代化する時代でした。それまで共同体であり、無意識を共有していた共同体から個人主義となる時代の変化の中で個人を心理的に支える方法として心理療法カウンセリングが生まれました。さらに、資本主義が成立し、近代社会を生きる人々のアイデンティティ確立を支援する学問として臨床心理学が成立しました。それは、20世紀の後半でした。

そして、21世紀前半の現代では高度情報社会の中で新たな心理支援サービスが求められるようになっています。しかし、その一方で我が国では、伝統社会のあり方が根強く残っています。会社経営において管理が重視される点などは、このような伝統社会を深く関わるあり方と言えます。同様に家族関係や親子関係では、集団主義的傾向や家父長制の影響も残っています。

このような伝統社会を残しながら高度情報社会を生きる人々の心理支援をテーマとすることが、我が国の心理支援サービスの難しさです。そこで、臨床心理マガジンの次号(25-3号)では、“アダルト・チルドレン”を手懸りとして、伝統社会を含む多層的な日本社会を生きるユーザーとつながる方法を探ることにします。

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■デザイン by 原田 優(東京大学 特任研究員)

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臨床心理マガジン iNEXT 第25号
Clinical Psychology Magazine "iNEXT", No.25


◇編集長・発行人:下山晴彦
◇編集サポート:株式会社 遠見書房

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