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25-1.ケースフォーミュレーションを学ぶ

(特集 ユーザーとつながる)
下山晴彦(東京大学/臨床心理iNEXT代表)
Clinical Psychology Magazine "iNEXT", No.25

【お知らせ】
臨床心理iNEXTでは,遠見書房と共催で「みんなで学ぶ大事例検討会」をオンラインで開催します。そこでは,本号のテーマ「ケースフォーミュレーションを学ぶ」ことを目標として,ベテランのセラピストが事例を発表します。第1回の事例検討会では,不肖私下山と精神科医である林直樹先生が事例を発表します。発表事例の概要は,以下のようになっています。ぜひ,多くのメンタルケアに関わる専門職,専門職を目指す大学院生の参加を期待しています。

事例1(下山晴彦担当)
事例は,加害強迫を呈して来談した40代半ばの男性である。30代前半に過重労働でうつ病を発症して休職。復帰4年後に強迫性障害併発で2度目の休職(いずれも4ヶ月)。復帰4年後に3度目休職。復帰が難しい状態が続いたため患者自らが心理相談機関をネット検索し来談となった。紹介時の診断は「1強迫性障害,2うつ病」であったが,発表者は,パワハラによるPTSDとのケースフォーミュレーションに基づき医療機関や勤務先と連携し,心理支援を行った。事例検討会では,支援経過の前半を中心にケースフォーミュレーションの活用の仕方をテーマとして発表することとしたい。

事例2(林直樹先生担当)
事例は,複雑性PTSDと診断される20代前半の女性である。複雑な生育環境の中で虐待を受けて育った。現在は,支援機関や父親の援助を受けつつ独居生活をしている。彼女は,自傷行為や過量服薬を止めたいと医療機関を受診したのだったが,健康になりたくない気持ちも強いと語っていた。発表者は,この事例に対して①発達障害や発達期の問題,②パーソナリティ症,③成人期精神障害の3層の病理把握に基づいて治療を進めた。事例検討会では,これまでの治療経過の前半に重点を置いて発表することとしたい。
【募集中の講習会】
みんなで学ぶ大事例検討会
─ベテラン・セラピストのケースフォーミュレーションをめぐって─

〈日程〉
第1回 2021年12月19日(日)/第2回 2022年1月23日(日)

〈参加条件〉
メンタルケア専門職及び専門職養成課程在学の大学院生。

〈詳細と申し込み〉
https://note.com/inext/n/na010269a2f4b


1.ユーザーとつながる

心理職の発展のために何が必要でしょうか。いくら心理支援の技能を高めてもそれを活用してもらわなければ,心理職の発展にはつながらないでしょう。その点で心理職が発展するためには,なるべく多くのユーザー(利用者やクライエントなど)に心理支援サービスを活用してもらうことが重要となります

心理支援サービスは,活用される過程でのユーザーとのやり取りを通して,より役立つものとして改善されて発展していきます。さまざまな人々や場所のニーズや目的に沿って,つまりユーザーの要望にマッチした心理支援サービスが開発されていきます。その結果として心理職は発展することになるというわけです。

心理支援サービスをなるべく多くの人々に利用してもらうためには,質の良いサービスをより多くの人々に届けるシステムが必要となります。ところが,日本ではこれが全くできていません。このようなサービスの提供が“不行き届き”な状態は,単に心理支援サービスに限ったことではありません。メンタルケアのサービス全体についても,ユーザーが必要なサービスを必要なときに活用できない“サービスギャップ”が大きな問題になっています。

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2.サービスギャップを超えるために

多くのユーザーは,自分の状態に適したメンタルケアサービスがどのようなものであり,何処にアクセスしたらそのサービスを受けられるのか分からないでいます。逆にメンタルケアの専門職は,必要とされるサービスを,それを必要とするユーザーに提供することができていません。このような状態だからこそ,心理職の発展には,ユーザーとつながることがまず必要となります。

心理職の狭い世界の内で仲間割れをしているのではなく,心理職の外の世界である社会に心理支援サービスをどのように提供するのかを皆で考えることこそが,心理職の発展に向けての第一歩となります。

そこで,臨床心理マガジン25号では,心理支援サービスをユーザーにつなげていくためのキーワードを取り上げることにしました。本号である25-1号では,ユーザーのニーズにマッチした心理支援を提供するための技能として「ケースフォーミュレーション」をテーマとしました。25-2号では,ユーザーが心理支援サービスを利用する心構えを醸成する「ライフデザイン」を取り上げます。25-3号では,日本人のユーザーのニーズを探る手懸りとして「アダルトチルドレン」について取り上げます。

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3.ケースフォーミュレーションとは

ケースフォーミュレーションは,アセスメントによって得られた情報に基づき形成した“問題の成り立ち”に関する仮説です。アセスメントでは,クライエントの主訴を手懸りに,問題はどのようなものなのか,どのような要因で問題が起き,維持されているのかを探っていきます。そして,そこで得られた情報から,“問題の成り立ち”を“見立て”ます。これが,ケースフォーミュレーションです。さらに,そのケースフォーミュレーションに基づいて,問題解決に向けての介入方針を決めていきます。その点でケースフォーミュレーションは,介入のための作業仮説になります。

アセスメントで得られる情報は,ただ羅列されていただけでは,介入方針を立てるのには役立ちません。多様なアセスメント情報を統合して問題の成り立ちを明確化することで,初めてその事例に適した介入法を選ぶことができます。そのために必要となる作業がケースフォーミュレーションです。

近年,ケースフォーミュレーションは認知行動療法との関連で論じられることが多くなっています。しかし,どのような心理療法であっても,アセスメント情報に基づいて介入方針を決める構造は共通しているので,ケースフォーミュレーションは心理療法一般に適用できるものです。この点については,林(2019)で詳しくまとめられているので参考になります※。

※→林直樹 2019 「ケースフォーミュレーションの概念と歴史」 in 『ケースフォーミュレーションと精神療法の展開』金剛出版
https://www.kongoshuppan.co.jp/book/b515015.html

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4.ユーザーのニーズに沿った心理支援を仕立てる

クライエントが訴える問題は,さまざまな要因が複雑に関わる状況になっています。そこで心理職は,臨床心理学や精神医学の知識,心理療法の理論モデルを参考にして問題の成り立ちを見立て(推論して),ケースフォーミュレーションを生成していきます。

ここで注意しなければならないのは,問題に関連する情報からケースフォーミュレーションを生成するのではなく,理論モデルをそのまま当てはめて問題を理解してしまう危険性です。問題が複雑であればあるほど,さまざまな要因が,時に矛盾し,時に融合し,互いに重なり合って抜き差しならない事態となっています。そこで,理論モデルで割り切って問題を理解し,それに基づいて介入方針を立ててしまうことが生じやすくなります。

理論モデルで割り切れたことで心理職は満足できるかもしれません。しかし,それでは,クライエントの主訴や問題の現実に即した介入ではなく,理論に沿った心理職中心の介入となってしまいます。そのような場合,どのような問題に対しても,自分が属する学派の心理療法モデルを適用するということが起きてきます。その結果,ユーザーのニーズに応えられないだけでなく,心理職は,ますます各学派の心理療法モデルに依存するようになり,学派間の対立が維持されることになります。

既存の理論モデルに基づく介入では,出来合い(既成品)の心理支援の押し付けでしかありません。ユーザーのニーズに即した心理支援,つまりクライエントの要望にそって仕立てる(オーダーメイドの)介入をするためにはケースフォーミュレーションが必要となるのです。その点でケースフォーミュレーションは,心理職の“仲間割れ”の解決に向けて重要な役割もあるということになります。

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5.診断を超えてクライエントと協働する

心理療法の学派の理論モデルとともに複雑な問題状況を安易に割り切ってしまう危険性と関連するのが精神医学的診断です。診断は,分類基準に従って患者の症状を客観的(操作的)に判断し,何らかの疾病に分類します。それに対してケースフォーミュレーションは,疾病の客観的分類が目的ではなく,クライエントの主観的判断を尊重し,問題の個別状況に即して問題の成り立ちを探り,介入方針を定めいくための作業仮説の生成をしていきます。

さらにケースフォーミュレーションは,診断とは違い,クライエントの主観的見解を尊重してクライエントと協働して作成することが特徴です。診断は,原則として医師が患者を問診し,診断分類や診断マニュアルにしたがって判断します。それに対してケースフォーミュレーションは,ある程度ケースフォーミュレーションのアイデアができてきたら,それを仮説としてクライエントに提示し,説明をして意見を出してもらい,修正し,より現実に即したものにしていきます。

医学的診断体系は,医学・病理モデルに従って生物的病因→疾病診断→医学的治療という枠組みが前提となります。それに対してケースフォーミュレーションは,生物的要因だけではなく,心理的要因や社会的要因も含めて情報を総合して問題の成り立ちを見立てるものです。その点でケースフォーミュレーションは,診断を超えて総合的な臨床的見解を形成するものであり,心理職の専門性や主体性の核になる技能です。

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6.ケースフォーミュレーションを学ぶ事例検討会

では,このようなケースフォーミュレーションの技能を磨くにはどうしたらよいのでしょうか。私の経験では,事例検討会を通して学ぶことが最も有効な方法です。むしろ,事例検討会は,ケースフォーミュレーションの技能向上のための方法といえます。

事例検討会の目的は,特定の問題の解決・改善を目指す実践活動の経過を事例として提示し,複数の参加メンバーでその経過を見直すことを通して,問題理解を深め,より有効なケースフォーミュレーションを見出していくことです。事例担当者は,自らの理解や介入方法に拘ったり,問題のあり方に巻き込まれたりしてケースフォーミュレーションが固定化し,柔軟に対応できていない場合が多くなります。そこで事例を発表し,参加メンバーから他者の視点を得ることで,自らの固定した見方から自由になり,より効果的な実践に向けてケースフォーミュレーションを調整していきます。

ただし,事例発表者のケースフォーミュレーションの技能レベルによって,事例検討会の役割は変化します。事例発表者が学生や若手心理職であれば,事例検討会はケースフォーミュレーションの「教育」のための場になります。日本では,事例検討会というと学生や若手心理職が発表し,それを上位の教員やベテラン心理職が指導するという構造になりがちです。ベテランが若手を指導するという権力構造をもつ事例検討会では,若手に学派の理論モデルを教えるという学派や派閥を維持するための場になります。そのような場合,事例検討会が学派の対立,そして仲間割れを維持する温床になってしまいます。

そこで,本記事の冒頭で紹介した「大事例検討会」では,ベテランが発表し,若手がコメントするという構造とし,しかもさまざまな心理療法を実践しているメンバーが参加し,ケースフォーミュレーションのあり方を自由に討論する形式としました。

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7.ケースフォーミュレーションを研究する事例検討会

事例検討会は,ケースフォーミュレーションを学ぶだけの場ではありません。ケースフォーミュレーションを研究したり,さらには実践チームを形成したりする機能があります。それをまとめると図のようになります。

【教育機能】事例検討会に参加しているメンバーも議論を通して多くのことを習得できます。事例報告者だけでなく,参加者全員にとっても,技能の学習と向上が可能となります。指導者は,参加者の技能のレベルを評価し,訓練方針を定めることが可能となる。その点で主体的/客観的に技能の教育を進める機能をもっています。
【研究機能】事例検討会では,事例の理解と介入に向けて仮説(=ケースフォーミュレーション:CF)を生成し,検討する。複数の事例検討を通して新たな問題理解や介入の方法を見出していく機能がある。その点では研究の機能ももっています。
【協働機能】事例検討会に参加し,議論を交わすことでメンバーは,互いに知り合い,問題理解や臨床観を共有することになる。その点ではメンバー間での協働関係やチームワークを形成する機能をもっています。

25-1-事例検討会機能図

8.ユーザーのニーズにマッチするサービスを提供する

以上,ユーザーのニーズに応える心理支援を実施するためには,ケースフォーミュレーションが必要であること,そしてケースフォーミュレーションの技能の向上のためには事例検討会が必要であることを示しました。このようにしてユーザーのニーズにマッチしたサービスを提供することが,心理職がユーザーとつながる第一歩となります。

これまでの日本の心理職ワールドには,ユーザーとのマッチング,さらには心理支援サービスのマーケットを開発するという発想がありませんでした。心理支援を求めて来談する人にカウンセリングや心理療法を実施するという,来談者を座して待つ枠組みがほとんどでした。これは,19世紀後半から20世紀前半のフロイトやユングといったセラピストをモデルとしたプライベートプラクティスがモデルになっていたからです。

しかし,今は,21世紀の高度情報社会です。オンラインでどこからでも,いつでもコミュニケーションが可能な時代となっています。第4次産業革命の中ですべてのものがネットでつながるIoTの社会になりつつあります。心理職は,このような新たな時代に対応して,主体的にサービスのマーケットを開発することが求められています。心理支援が必要な人に,適切なサービスを届けるシステムを創っていかなければなりません。

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9.心理支援サービスのマーケット開発へ

日本のメンタルケアにおいては,ユーザーとサービスを適切につなぐシステムがないために,多くのユーザーは,精神科や心療内科のクリニックに殺到しています。その結果,3分診療多剤大量処方の問題が起きてきています。残念ながら,不適切な薬物治療がなされ,副作用で苦しむ場合も生じています。

そこで必要となるのが,心理職が主体的に心理支援サービスを社会のシステムやネットワークに位置づけていくという意識をもち,そのための準備をすることです。これは,心理支援サービスを新たな産業にしていくことにつながります。

今回は,心理職が活躍できるマーケットを開発するための技能としてケースフォーミュレーションの必要性を説明しました。次回のマガジン25-2号では,ユーザーが心理支援を柔軟に活用するための出発点となる“ライフデザインを描く”ことをテーマとする予定です。

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■デザイン by 原田 優(東京大学 特任研究員)

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◇編集長・発行人:下山晴彦
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