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7-1.今,なぜ心理支援アプリなのか

(特集 使える! 楽しい! 心理支援アプリ

下山晴彦(東京大学教授/臨床心理iNEXT代表)


1.東日本大震災から心理支援アプリを思いつく

私がアプリによる心理支援の必要性を初めて感じたのは,2011年の東日本大震災の支援活動に関わった時でした。岩手県大槌町とつながりがあったので,役場に心理支援ができることを伝えました。それに対して心理支援は不要だが,学習支援はしてほしいとの要請がありました。

研究室では,メンバーが大槌町に泊まり込んで公民館で学習支援を実施しました。大槌町の子どもたちと生活の場をともにする中で気づいたのが,実は不安を抱えた子が多いことでした。しかも,そのような子どもは,ゲームで気晴らしをしていたのです。そこで,心理支援の方法をアプリのゲームにして,インターネットで提供すれば,不安を抱えている子どもの役に立つかもしれないと思いつきました

この発想は,会話が苦手な子どもがゲーム形式で人付き合いの方法を学ぶアプリ「こみゅけん!」の開発・公開につながりました。

こみゅけん!

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iPhone用アプリ「こみゅけん!」⇒https://itunes.apple.com/jp/app/komyuken!/id950722411?mt=8
コミュニケーションに不安を持つ高校生が,うまく友達を作るための会話スキルを,「ツンデレ妹キャラ」に優しく教えてもらいながらストーリーを進めるゲーム。4つの選択肢からクイズ感覚で言い方のレパートリーを増やすことができる。


「こみゅけん!! 新学期篇」

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iPhone用アプリ「こみゅけん!! 新学期篇」⇒https://itunes.apple.com/jp/app/komyuken!!-xin-xue-qi-pian/id1067638044?mt=8
「こみゅけん!」の発展版で,日常生活における「話し方」のトレーニングを目的としたシミュレーションゲーム。会話がよりテンポよく進むようになると共に,サポートキャラが「プレイヤーの『言い方』が望ましい理由,あるいは望ましくない理由」を詳しく説明してくれるように。「言い方」を習得することによって人と話すことの不安感を弱めることを目指す。

2.サービス・ギャップを改善する

子どもの支援アプリの開発を進める中で,さらに気づいたことがありました。それは,子どもを対象とするだけでなく,大人にも役立つのではないかということでした。被災地の子どもは,心理支援サービスを必要とする状況でした。しかし,諸事情でそのような心理支援が,子どもに届いていませんでした。つまり,心理支援を必要とする人が,必要なサービスを利用できない状況にあったわけです。

考えてみると,心理支援サービスが必要な人に届いていないのは子どもに限ったことではありません。100万人を超えるうつ病患者がおり,メンタルヘルス問題の改善は日本の国家的課題になっています。しかも,精神医療領域では,過剰診断や薬物の多剤多量投与の問題があります。患者は,医療にかかると薬漬けにされると不安になり,治療を避けています。そして,それがうつ病などの精神障害の慢性化,複雑化の要因になっています。

このようにメンタルヘルスの問題を抱えながらも,適切な治療や支援のサービスを利用できない人々が多いことを「サービス・ギャップ」と呼びます。サービス・ギャップの原因として,治療や相談の機関にアクセスしにくいということがあります。これに対してインターネットを用いれば,どこからでも,いつでも気軽にサービスを利用できます

そこで,オンラインで心理支援を届けるために,成人を含めて多くの人が利用するスマートフォン・アプリを用いた心理支援ツールを幅広く制作し,提供することを思いつきました。特に抑うつ改善に有効性が実証されている認知行動療法(CBT)をアプリで実施できる心理支援サービスの提供が必要であると考えました。

ただし,心理支援アプリは,動機づけの維持が難しく,継続利用されないという限界がありました。その限界を超えるために,ゲーム感覚(ゲーミフィケーション)でCBTの課題に取り組める抑うつ予防のアプリを開発しました。それが,下記で紹介する「もやもや流し」です。

「もやもや流し」

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「もやもや流し」
iPhone用アプリ→https://itunes.apple.com/jp/app/moyamoya-liushi/id767156352?
ネガティブな感情を,自分自身から切り離して客観的に眺め,今目の前に起こっていることに注意を集中することで,感情とうまく距離をとっていくためのゲームアプリ。注意訓練による感情調整を行い,考え込み(反芻)や過剰な心配をせずにマインドフルネスな状態を導くことを目指す。

なお,アプリ「モヤモヤ流し」の効果については,実証研究が実施され,論文として公刊されています。
参考:大上真礼・平野真理・山本瑛美・下山晴彦(2017)ディタッチト・マインドフルネスの促進を目的としたゲーム・アプリケーションの可能性の検討―アプリの開発と実証試験を通して.マインドフルネス研究,2; 1-7.
⇒https://mindfulness.jp.net/Journal/vol2no1/jjm21ooue171228/


3.日常生活の場での問題改善を支援する

本年6月19日の新聞やテレビのニュースで「アプリが保険適用で薬事承認へ」という記事が出ました。御覧になって,一瞬,何のことか理解できない方も多かったのではないでしょうか。これは,ニコチン依存症治療用アプリが国内初の薬事承認の了承がおり,2020年内に保険適用が認められる可能性が出てきたという記事(https://japan.cnet.com/article/35155581/)です。

治療用アプリは,スマートフォンなどのアプリが患者(利用者)の症状や体重,体調,生活パターンなどを分析し,生活場面における生活習慣などを指導して病気の治療を支援するものです。医薬品でも医療機器でもない“第3の治療法”として世界各国で開発競争が始まっています。臨床心理学でも,アプリを始めとするICTを活用して心理相談を支援することは重要なテーマになっています(Llewelynら, 2017)。

テレワークやオンライン授業が新常態となるポストコロナの時代では,メンタルヘルス分野においては,このような治療・相談アプリは,さらに発展し,拡大していくことになります。しかも,アプリの活用は,従来の治療モデルや相談モデルを本質的に変革することにつながります。

従来のモデルは,患者やクライエントが専門の医療機関や相談機関を行くことが前提となっていました。治療や相談は,あくまでも専門機関の診察室や面接室で行われるものでした。

それに対してアプリを用いた治療や相談は,利用者が日常生活において問題改善行動を実践するのを支援することが特徴となります。専門家は,利用者が問題改善に向けて適切な考え方や行動を生活場面でどれほど実行しているのかを確認し,その継続を支援することが目標となります。その結果,オンラインによる遠隔での治療や相談が可能となります。したがって,治療や相談の「場」が,専門機関から利用者の日常生活に移動することになるのです。

4.利用者のセルフヘルプを支援する

これまでは,「生活の場における問題改善を目指す」という点で治療アプリと相談アプリを一括して論じてきました。しかし,治療アプリと相談アプリでは,根本的な違いがあります。

上述のニコチン依存症治療用アプリのように医学モデルに基づくアプリは,利用者の行の管理が主要な目的となります。それに対して相談モデルは,利用者が自ら望む活動を実行し,維持できるようになることの支援を目的とするものです。つまり,利用者の,日常生活でのセルフヘルプを支援することが目標となるのです。しかも,利用者がアプリを楽しく使い,継続的に利用するのを支援することも重要な目標となります。心理支援アプリは,この相談モデルに基づくものです。

さらに,心理支援アプリは,問題の発展を予防に役立つだけではありません。臨床的活用として,問題行動の改善にも役立ちます

たとえば,パニック発作のケースの場合,本特集の7-2節で紹介する呼吸法学習アプリ「呼吸リッスン」は,予防のためにも臨床的活用のためにも使えるアプリです。
なお,アプリ「呼吸レッスン」の効果については,実証研究が実施され,論文として公刊されています。

参考:中野美奈・菅沼慎一郎・下山晴彦(2018)スマートフォンアプリを用いた呼吸法の精神的健康への効果.心理臨床学研究,36(4); 431-440.
⇒ https://ci.nii.ac.jp/naid/40021743895

「呼吸レッスン」

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「呼吸レッスン」
iPhone用アプリ→https://apps.apple.com/jp/app/hu-xiressun/id971237067
Android用アプリ→https://play.google.com/store/apps/details?id=shimoyama.haruhiko.breathtraining&hl=ja
リラックスを目的とした呼吸法のトレーニングアプリ。音声や動画などに合わせて呼吸を整える訓練をしていく。それを通して自分に適した呼吸リズムを習得する。マインドフルネスの基盤となる呼吸法を身につけることができる。また,臨床的な活用として,クライエントが不安を感じた場合,その場で利用して呼吸に集中することで感情調整をサポートできる。

呼吸レッスンを用いて日頃から呼吸法の練習をして,自分に適した呼吸する習慣を身につけることができます。このような日常的使用は,ストレスコーピング行動の学習となり,問題行動の発現の予防となります。

さらに,日常生活において発作が起きそうになった場面で,クライエントは呼吸アプリを用いて呼吸のリズムをコントロールして問題行動が改善できます。これは,呼吸レッスンの臨床的活用です。このようにして呼吸アプリを用いてパニック障害から回復したクライエントは,「アプリを携帯していることで,日常場面で問題が起きても直ぐにサポートしてもらえる安心感があった」と語っていました。「常にセラピストが身近にいて自分をサポートしてもらえる感覚があった」ということです。

本特集は,このように日常場面で問題の予防にも,そして問題の改善ための臨床的活用にも使えるスマートフォン・アプリの紹介となっています。いずれのアプリも,日常生活の場で楽しく使えるものとなっています。ぜひ,ご参照下さい。


文献
Susan Llewelyn and Katie Aafjes-van Doorn, Clinical Psychology: A Very Short Introduction, Oxford University Press, 2017(下山 晴彦 編訳(2019)臨床心理学入門.東京大学出版会.)


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