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9-5.応用行動分析の基礎から活用へ-研修テーマご案内-

(特集 今でしょ! 心理職スキルアップ!)

小堀彩子(大正大学/東京認知行動療法センター)

1.はじめに
臨床心理iNEXT研修「心理職スキルアップ2020」において,2020年9月13日(日)11時30~の講義「応用行動分析の基礎から応用へ」を担当する小堀彩子です。当日の講義では,応用行動分析を心理支援に活かす方法について,基礎から応用に向けたレベルの解説をします。

本項では,私がなぜ応用行動分析に関心を持ち,どうやってその方法を学び,現場で活用してきたか,そのことをご紹介したいと思います。

2.新米のスクールカウンセラーの経験から始まった
今から15年以上前,新米スクールカウンセラー(School Counselor;以下SC)の私が最初に配属されたのは,複数のクラスがいわゆる「学級崩壊」を起こしている小学校でした。現場は児童の対応でてんてこ舞いでした。

SCである私も,校長先生に頼まれ,授業離脱をする低学年の児童を追いかけ,校庭や校門付近を走ることが何度かありました。追いかけられているその子は,授業中に椅子に座っている時よりも,ずっと生き生きとした表情をしていました。子どもを追いかけ,教室に連れ戻すことを繰り返すやり方に私が違和感を覚えたのはその時です。

その子の立場からすれば,自分が授業を抜け出すことで,大人は必ず自分のことを気にかけてくれ,鬼ごっこをしてくれます。さらに,教師に多少のお小言を言われた後に教室に戻ると,退屈な授業はすでに半分以上経過しています。

子どもにとって授業離脱とは,先生からのお説教を差し引いてもなお(あるいはそれさえも,コミュニケーションが図れるという点で嬉しい体験だったのかもしれません)お釣りが十分手元に残る,愉快で嬉しい経験なのは明らかでした。

当時の私は,上述の通り,学校で起きている状況を説明したり,子どもの気持ちを想像したりすることはできましたが,それらを既知のカウンセリング理論に沿って説明することはできませんでした。

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3.応用行動分析との出会い
私の分析が正確なものなか,またその解決策をどのように提示したら良いのか,とにかく学問的な裏付けと答えが欲しくて,ジュンク堂池袋本店(都内有数の大型書店です)に駆け込み,該当しそうな事例が出ている教科書を片っ端から探しました。

しばらくして私は杉山尚子,島宗理,佐藤方哉,リチャード・W・マロット,マリア・E・マロット(1998)『行動分析学入門』(産業図書)という本の第1章に「英利の癇癪」という事例を見つけました。

教室で暴れる小5の英利くんに担任が振り回され原因探しに右往左往する姿と,担任が英利に注目することで癇癪の生起頻度が上がることを心理学者が指摘している場面は,私が置かれている場面そのものでしたので,いたく感激しました。これが私と応用行動分析との出会いです。

なお,この「英利の癇癪」という事例は,実際にJournal of the Experimental Analysis of Behaviorという学会誌に掲載されている事例論文をもとに作られた架空の事例だそうです。この本の優れている点の1つは,このように一流誌に掲載された実践論文をアレンジした物語形式で,見立てから介入までの過程を解説しているところだと思います。

他にも性同一性障害(出版年が1998年であることを思うと,なんと先進的なテーマを扱っていることでしょう。現在は「障害」ではないという意味で「性別違和」という言い方になりつつあります),夜泣きをする赤ちゃんの寝かしつけの問題,トゥレット障害,爪かみ等のクセ,自傷行為,先延ばし行動などクライエントが有する問題も発達段階も多様な事例が数多く取り上げられています。

まるで辞書のようにぎっしりと書き込まれた本書は,簡単に読み切ることはできませんが,丁寧で分かりやすくユーモアに富んだ文章のおかげで,読みにくいということはありません。初心者で,本格的に応用行動分析を勉強したいと思う方は,まずはこの本が手元に1冊あれば十分でしょう。

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4.応用行動分析を学校で使ってみた
さて,新米SCの私は,「英利の事例」を読み進めました。その結果,消去手続きが有効であるとの記述が見つかりました。すなわち,癇癪を起こすことで得られるメリット(つまり担任からの注目)の提供を止めるというわけです。具体的には,癇癪によって引き起こされる行動のうち,授業離脱に対しては淡々と連れ戻しを,教室内で泣き喚く行為に対しては,泣きやんだら授業を始める旨を伝えた上で放置をするという方法でした。

この記事を見つけた私が,校長先生に意気揚々と解決策を提案したのはいうまでもありません。校長先生はとても柔軟な方でしたので,若いSCの言うことに耳を傾け,早速教頭先生と担任の先生にも伝えてくださいました。

話し合いの結果,この児童にとって学習内容の難易度が高すぎることも問題ではないかということになり,消去の手続きとあわせて,専用の教材の作成も実施しました。最終的に,夏休み前にはこのクラスの授業離脱の問題はなくなりました。

私は,疲弊しきっていた担任の先生のお顔が日に日に和らいでくるのを見て,安堵したと同時に,応用行動分析による介入が成功したことがSCとして大きな自信となりました。どのような志向性のカウンセリングであれ,介入における成功経験を持つことは,臨床家にとって,とても大事なことだと思います。

特に応用行動分析は,介入の方針が明確なので,自分の介入の何が「効いた」のかがすぐに分かります。一度うまくいったのだとしたら,その「効いた」部分を繰り返せば良いので,成功が繰り返されやすい点も優れていると思います。

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5.問題行動の機能(メリット)を説明する
それ以降も,数々の難題を応用行動分析が私を助けてくれました。ある時は,教育相談担当の先生が相談者の募集を頑張りすぎてしまったのか,2時間という相談時間の中で保護者一人につき10分,合計12人の相談に対応しなければならないことがありました。事前に渡された相談申し込み用紙を見ると,悩み事も,偏食・発達障害に伴う唾吐き癖・ネット依存など,学校の先生と保護者だけでは解決できないからこそ持ち込まれた相談ばかりでした。

けれども一人10分では,生育歴を聞いている途中で終わってしまいそうです。私は腹をくくり,どのような問題行動があってどのような適切な行動に変わってほしいと思っているのかということと,問題行動の前と後とでどのような変化が起きるのかということを保護者に聴取するにとどめました。それらを図示した上で*問題行動の機能(メリット)について説明をし,適切な行動を増やすための関わり方のポイントをお伝えしました。

問題行動と理想の行動をシンプルな図で示すことができるため,短時間であっても,保護者の方が要点をすんなりと理解してくださったように記憶しています。

6.職員室内のトラブル解決に役立った
また別の時には,職員室内でのトラブルに関して解決を依頼されたことがありました。ある教員が些細な仕事の失敗をさまざまな局面で悪びれずに繰り返すために,周囲の教員の苛立ちがピークに達し,その教員が所属する学年の雰囲気が極めて険悪になっているというのです。

当該教員には管理職が注意をしたものの,注意散漫な仕事ぶりが直る気配はなく,それどころかかえって態度は悪化したとのことでした。そのため本人に訴えかける以外の方法でどうにかならないかというのです。本人に動機づけがないのにもかかわらず,事態の改善を求められたことに戸惑いを覚えつつ,取り急ぎ私は職員室にあるその学年の島を見に行きました。

すると,その先生はパソコンに向かいながら貧乏揺すりの真っ最中で,周囲の先生は貧乏ゆすりを止めようと,大きな咳払いをしたり,溜息をついたりとピリピリとした空気が充満していました。「坊主憎けりゃ袈裟まで憎い」ということわざが私の脳裏をよぎりました。

先生のパーソナリティや度重なる些細な仕事の失敗の積み重ねが問題の発端ではあったようですが,今ではその先生の貧乏ゆすりさえ許せなくなっているほどに他の先生方の怒りの沸点が低くなっていたのです。私は,先生の元の性格を直すことは叶わなくても,貧乏ゆすりならば収束の方向に持っていけると希望を持ち,観察を始めました。

その結果,問題の先生は仕事に集中している時には貧乏ゆすりはほとんど出ず,単純作業や他者の話を聞くなど,ご自身が退屈さを感じている際に頻発していることが判明しました。

そこで,望ましい行動(例えば単純作業を短時間で終える・他者の話に対して関心を持って聞くなど)が出た場合には,周囲がその先生の趣味に合わせたおしゃべり(例えば野球の話題など)をあえて切り出すなどしてその行動の生起頻度の増加を,望ましくない行動(例えば貧乏ゆすり・上の空で話を聞くなど)が出た場合には咳払い等一切せず,放置すると言う形でその行動の生起頻度の減少を狙いました。

結果,問題の先生の貧乏ゆすりはかなり減り,皆が仕事以外の話題で交流を図る程度までには場の空気が改善しました。

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7.応用行動分析の多様な使い方
以上の通り,応用行動分析の引き出しを開けることで現場の難題を解決できた私の経験談をいくつか紹介してみましたが,応用行動分析の使いやすさ,魅力が多少なり伝わったでしょうか。

ちなみに私はいつも応用行動分析だけを使って臨床をしているわけではありません。問題解決志向型のブリーフセラピーや認知療法,マインドフルネスなど,その時の問題に合わせて異なる引き出しを利用していますが,応用行動分析の汎用性の高さは注目に値します。子育ての悩みや知的障害者への支援,産業分野のパフォーマンス改善や認知症者への関わり方などさまざまな対象と問題に役立ちます。皆さんの臨床の道具箱に,ぜひ,応用行動分析の引き出しを加えてみませんか。

今回のエピソードの舞台は,私の仕事柄いずれも教育現場となっていますが,2番目の教育相談で私が扱った内容である発達障害,偏食,ネット依存などは,福祉や医療現場でも大いに持ち込まれる話題でしょう。また短い時間での心理相談への対応や,職場の対人トラブルへの対応などは,職域を問わず,公認心理師が直面しがちな難題であると思います。特別支援領域の特殊な技法として応用行動分析が見過ごされてしまうことが少なくありませんが,実は多様な場面で活用可能な技法なのです。

8.参考文献のご紹介
関心を持ってくださった方は,ぜひ研修会の講座をお申し込みください。あるいは,研修会を待たずに自主学習をすぐにでも始めたい,という熱心な方向けに,冒頭で紹介した書籍(杉山尚子,島宗理,佐藤方哉,リチャード・W・マロット,マリア・E・マロット(1998)『行動分析学入門』産業図書)以外にも2冊あげておきます。

杉山尚子先生が2005年に出版された『行動分析学入門―ヒトの行動の思いがけない理由』(集英社新書)奥田健次先生が2012年に出版された『メリットの法則─行動分析学・実践編』(集英社新書)です。いずれも新書で気軽に読めますが,応用行動分析の基本的な部分を理解することができます。

前者は,行動分析学の基本的な理論を整理することができ,後者は事例を通して行動分析学の考え方を理解することができます。奥田健次先生の本は,事例のおかげで応用行動分析の考え方がすんなり頭に入ってくるので特にお勧めです。

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9.関連する概念の整理
最後に,ごく簡単に用語の整理をしておきます。「応用行動分析」「行動分析」「行動療法」,この辺りの用語の違い,読者の方はお分かりになりますでしょうか。詳細な定義の違いは研修会の中で説明しますが,概念の大きさの順番に整理すると,行動分析<応用行動分析です。

行動分析とは,実験的行動分析と応用行動分析,概念分析の3つの研究分野から構成された学問なのです。また,行動療法と応用行動分析の関係は行動療法≒応用行動分析としてほぼ同義の用語として使われることもあれば,行動療法≠応用行動分析として用いられる場合もあります。研修会では区別した立場から用語説明を行います。

ちなみに,「認知行動療法」という用語についても,初学者からすると複雑で難解であると感じます。「無意識を想定せず,人の行動やら認知やらその辺りのものを扱っているものすべて」をひっくるめて,最上位概念として「認知行動療法」というラベルを貼る場合もあれば(このラベルの貼り方は認知行動療法周辺を専門としていない人に多くみられる気がします),歴史的経緯を踏まえ,古典的条件づけやオペラント条件づけなどの学習理論を基礎とした心の捉え方をするアプローチを行動療法(第1世代),そこに認知的な変数を加えた方法を認知行動療法(第2世代)と呼んで,両者を並列的に扱う呼び方もあります。

10.研修会に参加者の皆様へ
私が講師を務める講座では,認知行動療法の定義も曖昧,というような方でも安心して受講できる内容にする予定です。事例を多めに,理論の説明は少なめに,けれども基本的な考え方は押さえられるように配慮して,機能(メリット)という観点からヒトの行動を捉える方法について解説します。

今まで応用行動分析というキーワードが気になっていた方はもちろん,臨床上の志向性のいかんを問わず,明日からの臨床力upを希望する人にもおすすめします。

応用行動分析の視点を身につけることで,思い込みや直観,過去の経験に囚われることなく,環境とヒトの相互作用がありのまま観察できるようになり,支援への道すじが今まで以上にクリアに見えてくることでしょう。

※事例は,主旨が損なわれないように編集しています。

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