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8-2.今,臨床現場で必要な基本技能とは何か

(特集 今!現場で必要な心理職の技能)

下山晴彦(東京大学/臨床心理iNEXT代表)

1.臨床現場からみた心理職の必須技能

修士課程修了後5年~9年という若手心理職6名に参加していただき,「臨床現場で心理職として働くために必要な技能とは何か」を自由に話し合ってもらいました。座談会を実施したのは,新型コロナウィルス感染拡大による緊急事態宣言が出る前の本年3月29日でした。司会は,下山が務めました。

参加メンバーは,いずれも臨床心理士と公認心理師の資格を有しており,常勤あるいは準常勤として臨床現場の最前線で日々仕事をしている心理職です。大学院修士課程を修了し,当初は非常勤職として現場で働きながら実力をつけて,現在はほぼ常勤職として現場の臨床活動を実践しています。そのような実践活動の中で実感している「心理職の必須技能」について率直に語ってもらいました。

心理職を目指している学生や,学生の指導をしている教員は,“現場の声” としてぜひ参考にして今後の学習や教育に活かしていただきたいと思います。すでに現場で働いている心理職の皆様は,心理職がスキルアップ,そしてキャリアアップしていくための情報として参照していただければ幸いです。

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2.どの分野でも「見立て」を報告ができる「アセスメント」技能が必須

【A:女性:5年目:児童精神科クリニック】臨床現場は,大学心理教育相談室とは異なり,1ケースにかけられる時間が全然違う。大学院のときは,丁寧にいろいろ調べたり,親担当と話し合ったり相談したりできた。しかし,今の現場だと,WISC実施後に,3時間ぐらいで採点から所見まで書いて報告を求められる。要点をまとめて記録を書くとか,短時間でケース準備する技能も必要となる。他機関との連携や対応も重要となる。以前に保健所に非常勤で勤務していたときは,その場で保健師さんや看護師さんに心理職として判断を簡潔に伝えなければいけなかった。その点でどのような職場でも,アセスメント技能と,その結果を専門的に伝える技能が必要となる。

【司会】知能検査や発達検査ができることは当然として,そのアセスメント結果を短時間でまとめ,他職に報告する技能が必要ということですね。このような報告技能は,大学院では学ぶ機会が少ないですね。

【B:女性:9年目:単科精神病院】現在,自分は修士課程を修了した新人の指導担当をしている。新人には,アセスメントができてほしい。せめて検査はできてほしい。でも,WAISWISCをしっかりとることができる新人は少ない。アセスメント面接ができる人はさらに少ない。見立てができないので,ただ漫然と患者さんに会っているだけになる。そもそもアセスメント記録の書き方ができていない。客観的情報と主観的情報が混在している。「修士課程でどういう研修だった?」と聞いたら,アセスメント面接の訓練を受けたことないということだった。ケースの見立てができないのでケースのマネジメントができない。
 アセスメントといっても,単に精神障害の診断ができることではない。診断がわかっていることは必要ではある。しかし,大切なのは来談したクライエントの主訴からその背景にある問題を見立てる技能が重要となる。解決や改善を目指すべき問題の成り立ちを把握するケースフォーミュレーションの能力である。立派なケースフォーミュレーションができる必要はない。でも,ある程度の問題の見立てができるアセスメント技能は必要となる。
的確なアセスメントができることの重要性は,他の臨床分野でも同様であると思う。私が以前に非常勤で働いていた児童相談所でもアセスメントをして,それを報告できることが求められた。

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3.保健医療分野では,「認知行動療法」と「連携」の技能が求められる

【B】医療現場であれば,「検査取れる?」,「認知行動療法(以下CBT)できる?」となる。だから,病院では検査とCBTがあればベスト。今は,CBTしか保険算定されないので,医師は「じゃあ,CBTをお願いしよう」となる。「できません」となったときに心理職の信用はなくなる。CBTが全てではないけれど,認知再構成法とかコラム法などは実施できてほしい。

【C:女性:7年目:総合病院精神科】医療分野では,CBTができることは必須。入職したとき,医師に「何ができるか」を尋ねられた。研修で学んできたCBTなどの心理療法と,治療に関わった患者さんの経験を伝えたところ,「じゃあ,パニック発作の患者さんのCBTお願いしてもいい?」と言われて,そこから仕事が増えた。CBTができることで自分の立ち位置を確保できた。
 あと,私の職場は総合病院なので多職種が働いている。他の職種がどういう人たちで,どのような仕事をしているのかを知っておくことが大切。その職場のケアの方針を事前に知っておくことで連携が取りやすくなる。例えば,入職当初,看護師は,なぜこんなに体温を測ることばかり優先するのだろうと思った。患者さんとの重要な心理面談の回があるときに「この時間はバイタルチェックがあるので」と予約変更を求められ,私は「え! なぜ?」と思ってしまった。
 看護師等の他職は,その職種の専門性が明確で,自分たちの仕事内容を維持し,発展させるという意識が強い。それに対して心理職は,自分たちの仕事を維持,発展させる意識が弱い。私の場合,心理職の前任者からの引き継ぎがほとんどなかった。今後,心理職は,連携の仕方を含めて自分たちの仕事は何かを明確にすることが大切と思います。そして,その心理職の専門性それを上司や同僚の他職に説明し,共有し,活動を組織の中で定着させていく技能が必要であると思った。同時に,心理職として仕事を引き継ぐときは,しっかりと後任に仕事内容を引き継ぐ社会性も必要と感じている。これは,社会人として当たり前の仕事のお作法だと思う。

【司会】CBTの技能に加えて,他職と連携のための知識や技能が必要というわけですね。さらに他職との連携のためには,心理職そのものの仕事は何かを明確にし,それを他職だけでなく,心理職同士でもきっちりと共有する社会性が必要となるということですね。

【D:男性:8年目:精神科クリニック】連携のテーマと関連して,職場で働く同僚に相談する能力がすごく必要と感じている。患者さんとコミュニケーションする技能だけでなく,他のスタッフと自分の見立てを話し合ったり,対処の仕方を相談したりするコミュニケーション能力が必要である。それは,話し合いの場を作るスキルといえる。職場で働く同僚や先輩は,忙しい。だからこそ,自分一人で抱え込まないために,能動的に,「すいません,このケースについて相談させてください」と切り出せる技能が必要となる。

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4.教育/産業分野では,組織活動の基盤となる協働技能が必要となる

【E:女性:6年目:予備校相談室】スクールカウンセラーを経て予備校のカウンセラーをしている。職場は,予備校の中にある相談室である。スクールカウンセラーと同様に,クライエントである生徒が生活している学校の中で仕事をしている。医療分野では,患者が医療機関に来院する形式の実践活動となる。教育分野では,それとは異なり,クライエントと心理職が同じ学校という場を共有しており,その中での心理支援となる。
 このように実践の場に違いはあるが,教育分野でもアセスメント技能が重要となる。しかも発達検査や知能検査ができるだけではダメ。アセスメント結果に基づいて見立てを立て,それを本人だけでなく,保護者や教員に伝える技能が必要となる。しかも分かりやすく説明する技能がとても重要である。その点でケースフォーミュレーション技能が重要といえる。
 さらに,担任教員や心理指導関連の事務職,学校の管理職と協働して組織を動かしていく組織活動の技能が重要となる。心理職の見立てが教員や学校の指導方針と異なることもある。そのような場合は,協働といっても,調整や交渉の技能が求められる。また,教員と協働して心理教育の授業を企画し,実践することも必要となる。その点で学校の組織や制度についての知識が必要となる。それは,スクールカウンセラーも同様である。

【F:6年目:一般企業の社内心理職】精神科クリニック勤務を経て,現在は企業内で常勤心理職をしている。しかも一人職場。精神科クリニックでの経験は重要であり,臨床の基盤とはなっている。しかし,それだけでは対応できない。精神科クリニックでは医師や看護師といった専門職の一員として仕事をしていたが,今は勤務する会社の社員の一人として働いている。専門職ではあるが,会社のスタッフであり,社員と日常生活を共有している。それが保健医療分野とは異なる特徴と思う。
 産業・労働分野の臨床現場で働くための知識や技能は,まず①法律を含む知識や制度を知らないといけない。労働安全衛生法やストレスチェックの制度,ハラスメントに関する法律もとても大切。社員の心理支援をする場合,会社なので訴訟のリスクを考えておかなければいけないと実感している。
 次に②ワークショップのファシリテータースキルが必要。個人臨床よりも集団対応の技能の機会が多くなる。予防研修とか,新入社員への心理教育のオーダーがある。管理職向けの1次予防の講習会,メンタル不調の社員へのフィードバックもする。集団に対する情報提供の技能が必要となる。しかも,会社と共同してこのような情報提供の活動を企画し,運営する。このような組織活動の技能は,産業労働分野では重要となる。
 最後に③臨床技能として,1回限りの面接でコンサルテーションができる技能も必要。精神科クリニックでは,患者さんのニーズを前提とし,患者さんが来院し,継続するのが当たり前と思っていた。それに甘えていて,詳しいことは次回にまた聞けばいいという気持ちもあった。しかし,今の職場だと,社員は相談室に「取りあえず行ってみる」というスタンス。「上司に言われたから来た」ということでモチベーションがなかったりする。休職する前に相談してみて,その後どうするか決めるということで,1回だけの相談になることも多い。そのような状況の中で,1回限りの面接で問題を見立て,支援できることを明確化し,それを本人に説明する技能が必要となる。

【司会】教育分野では学校という組織で学ぶ児童生徒を,学校スタッフの一員として支援する。産業労働分野では会社という組織で働く会社員を,会社組織の一員として支援する。法律や制度の知識を前提として,組織のニーズに応えていく技能が必要となるわけですね。教育分野や産業労働分野は,協働する他職だけでなく,支援対象の生徒や会社員も同じ組織内で活動していることが特徴ですね。それに対して医療分野は,専門職が働く機関に利用者を呼び寄せる枠組みが前提となっています。つまり,医療分野では専門職中心の活動なのに対して,教育分野や産業労働分野では組織中心の活動となっているわけですね。しかも関係者が協働して組織活動を展開するという特徴が見えてきました。活動の構造が異なるわけですから,当然そこで必要とされる技能も変わってくるということですね。

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5.大学院での教育訓練で学んでおいてほしい基本スキル

【司会】これまでは,「臨床現場で働くために必要な知識や技能」についてお話を聞かせてもらいました。それを受けて,次は,臨床現場で働くために「修士課程で習得しておくべき基礎技能」とは何かについて意見を聞かせてください。

【C】昨年,職場に修士課程を出たばかりの新人心理士が入ってきた。ケース担当をお願いしたが,アセスメントができない。カルテをみたら,初回面接でただただ傾聴をしているだけだった。「このケースはどのように介入するのですか?」と方針を尋ねても,「次もまた,話を聞いてみます」ということしか言わない。「精神科の場合,傾聴を続けていても症状は良くならない」と伝えた。少なくとも医療領域で働くことを希望する人は,修士課程において,各精神疾患に対するアセスメントとその先の心理介入の見通しを持てる基礎技能を習得しておいてほしい。話を聞いてみるとアセスメントは,知能検査等の検査としてしか学んでいない。そのためアセスメントと介入を結びつける技能を習っていない。ケースフォーミュレーションの技能とまでは言わないが,せめて初回面接の技能は習得しておいてほしい。

【司会】傾聴し,共感するカウンセリングの技能は,基礎技能としては大切と思います。しかし,それだけしかできないのでは臨床現場では通用しないですね。カウンセリング(傾聴:共感)技能をアセスメント技能や介入技能とどのように結びつけるかが課題ですね。

【D】職場に入ってくる後輩を見ていて,「~について教えてください」と素直に言える姿勢が大切であると思っている。それは,人と仲良くなれるスキルともいえる。心理職は,他職から「人の心のことを分かった感じになっている態度が鼻につくやつ」と思われる傾向がある。実際に,「私は,大学院まで行ってお勉強をしたので人の心を分かっているぞ」みたいな雰囲気を出している心理職がいるのも事実。その結果として,他職種との連携が難しくなる。そうならないために,現場に出たときに「教えてください」,「分かんないことを教えてください」といえるスキルがあるとよい。
自分のことを振り返ってみてすごくありがたかったのが,大学院で「心理職は偉いのだ」という指導をうけなかったこと。「臨床現場では,いろいろな職種の働く人たちが現場にいます。その中で協働していくんですよ」と,最初から教わってきた。それがあるから,協力や協働するのが自然という意識がある。今の職場でも,素直に「教えてください」といえる後輩がいる。そういう心理職ならば,知識が別に未熟であっても,こっちが「じゃあ,こうこうこういうふうにしてみてください」とアドバイスもしやすいし,協力もしやすい。

【司会】それは,スキルや技能というより,人間としての姿勢というものですね。

【B】私は,それはスキルだと思う。そのような姿勢を要素に分解するとスキルになる。
「先輩,ちょっとここ教えてください」と尋ねられると,「じゃあ,一緒に頑張ろうね」となる。仮にその新人がとても出来が悪くても,その人が自分の弱点を把握していて,助けを求める能力があると,サポートしてあげようとなる。その基本にあるのが,自分の限界や問題に気づいて内省する,つまりリフレクション(refection)できるスキルだと思う。自己モニタリングの技能と言っても良いと思う。それから,先輩や他職種を尊重し,自己の疑問を相手に尋ねるスキルも必要となる。それは,アサーションの技能でもある。結局,人に尋ね,教えてもらう姿勢は,関係を形成する協働の技能につながると思う。それが,他者と協力し,連携するスキルの基本だと思う。そのような基本スキルを修士課程で学んでおいてほしい。

【E】さきほどアセスメント技能が話題となった。それとも関連してスーパービジョンを受けることの重要性も修士課程で学んでおいてほしい。多くの心理支援は,個人面接として閉鎖的な面接室内で行われる。そのため,他職を含む他者は,その心理職が何をしているのかがわからない。心理職も一人で抱え込みやすい。したがって,心理職は,自分自身の見立てや介入方針が適切なのかを常に他者の視点でチェックし,修正していく技能を修士課程で習得しておく必要がある。そのようなスーパービジョン経験を経て内省や自己モニタリングの技能を習得して初めて「教えてください」と言える

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6.心理職のキャリアアップの目標となるロールモデルとは何か

【F】私は,現在の職場は企業内の心理相談室という一人職場で働いている。ですので,困ったときには,社内の関係者に相談する。それは,人事系や総務系の社員の方になる。その点で新人でなくても,他者に相談する技能はとても重要となっている。同時に新設された心理相談室の心理職なので,自分の仕事を会社内で説明し,活動を拡げていく技能が必要となる。
 企業では,すでに社員教育の方法が確立し,人材育成のプログラムやシステムができている。そこに心理職が新しく入ったので,社員の皆さんは「心理職とは何をする人」なのかわからない。さらには,自分たちが作り上げてきた人材育成の仕方を変えようとするのかと,不信感を持たれたりする。これは極端な状況かもしれない。しかし,産業労働分野に限らず,日本では一般的に心理職の仕事は他職に知られていない。
 だからこそ,心理職は,自分たちの活動を他者に適切に説明する技能を習得しておくことが必要と思う。これは,専門的な知見を専門外の人に説明し,伝える心理教育の技能といえる。大学院では個人心理療法の技能を学ぶことが多い。しかし,現場では,自分たちの専門的知見を分かりやすく説明し,教育する心理教育の技能やグループワークの技能も,重要な技能となる。

【司会】心理職として自分たちの専門的知見を他者に伝える心理教育技能を考えると,そもそも心理職の専門性とは何かを明確にしておくことが必要となりますね。それは,他職と連携し,協働する技能とも関わってくると思います。心理職の専門性が明確になっていて初めて他職に心理職が担当できる役割や技能を提示できるし,専門的な知見を伝え,説明することもできるということになります。
 その点で心理職は,修士課程において心理職の専門性や技能とは何かをしっかりと学んで置く必要があります。しかし,今の日本の心理職教育では,自らの専門性を明確に定義できていないのではないかと心配になります。カウンセリング系の教員は,アセスメント技能を重視せずに共感や傾聴を強調してしまう傾向があります。心理療法系の教員は自らが信奉する心理療法モデルの技法を教えるのに熱心です。医療系の教員の中には,診断などの精神医学教育を心理職教育と同じものと勘違いしている人もいます。これは,学生の課題ではなく,教育する側の問題です。
 しかも,公認心理師の制度ができて,今回の座談会でも議論になったようにどの分野で働くかによって必要となる技能も異なってきます。そうなると,どのようなロールモデルを目指すのかは,心理職としてのスキルアップだけでなく,キャリアアップとも関連してとても重要なテーマになりますね。

【D】それは,修士課程の教育だけの問題ではない。臨床現場でも,「心理職とは,一体何をする人」というのがわかっていない。私自身は,何となく「自分の目指す心理職とはこういう人」というのはある。しかし,それはかなり曖昧。しかも,ぞれぞれの心理職で異なっていたりする。多くの心理職自身にとって,心理職のロールモデルが明確でない。だから他職にとっては,さらにわからないのは当然。専門性の定義が明確でない場合,他職がその心理職と連携するのが難しいのは当然。以前に友人から,「心理職と精神科医とは同じことをするのか。違いがわからない」と言われたことがあった。そういう点で心理職自身が「心理職とは何か」,「どのような働き方のモデルがあるのか」を明確にして,それを他職に伝えていく必要である


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