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4-2.COVID-19医療救護班への支援からみえてきたこと:「職員を支える」


(特集 COVID-19治療の最前線から“心理職の役割”を考える)

秋山恵子(日本赤十字社医療センター 公認心理師・臨床心理士)
with 下山晴彦(東京大学教授/臨床心理iNEXT代表)・遠藤麻美(東京大学助教)


1)ダイヤモンド・プリンセス号への医療救護班の派遣


【下山】日本赤十字社医療センター(以下,日赤医療センター)のCOVID-19(以下,COVID)の治療最前線において,先生が心理職としてどのような経験をされたのかを教えていただきたい。治療最前線の状況や,そこで先生が体験し,考えていたこと,実践してきたことをお聞きし,「心理職は何ができるのか」を考えるヒントを得たいと思っている。

【秋山】もともと私は,救急領域で仕事をしている。通常業務においては,自殺未遂者ケアのリエゾンや身体疾患のある方のサポートをし,それに加えてメンタルヘルス科の外来のカウンセリングをしている。また,日赤の特徴として災害支援対応ということがある。私は,そのなかで「こころのケア活動」に参加し,災害支援での経験を積んでいたというバックグラウンドがあった。
横浜港停泊のクルーズ船「ダイヤモンド・プリンセス」に関して,日赤医療センターは,当初より医療従事者を派遣していた。しかし,差別や偏見の恐れがあり,我々のチームがクルーズ船対応やCOVID-19の治療に参加していること自体を公表できなかった。そのため,日本赤十字社としても何を発信するのかということが問われた。私自身も,医療救護班の仲間の医師や看護師が,自らも感染するかもしれないという危険で過酷な治療の最前線で必死に仕事している状況において,「自分は心理職として何ができるのか」をずっと自問し続けていた。
そのような中で私は,現に直接対応している職員を支えるのが心理職としての自分の役割であると考えた。そして,人道支援団体としての日本赤十字社がどのようなメッセージを発信するかということを考えて,「新型コロナウイルス感染症(COVID-19)に対応する職員のためのサポートガイド」(以下「サポートガイド」)を作成協力した。

【下山】2月3日にダイヤモンド・プリンセス号が横浜港に来て厚生労働省がウイルス検査や検疫が始まり,その後に医療従事者の派遣が開始されている。その時点から,医療従事者への差別や偏見があることを前提に動いている。それをお聞きして,随分早くから,差別や偏見の問題に気づき,その対応をしていたことに驚いている。世の中では,最近になって医療従事者への差別や偏見を問題視するようになった。

【秋山】日赤がクルーズ船対応をしていたのを公にしたのが4月に入ってからだった。医療救護班で派遣されたメンバーは,その間に起きたことを話すことができなかった。生命のリスクを伴う現場において必死で仕事をしても,それに対するフィードバックが受けられなかった。むしろ,彼らは「公言することが憚られる」「家族にも言ってはいけない」と感じていた。タブーを背負い,一人で抱えているメンバーをどのように支援するのかが,私たち心理職の重要な課題になっていった。

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2)患者対応をする医療従事者を守ること

【秋山】その後,感染された方の入院対応も始まった。そこでは,直接対応している人たちを組織としてどう守るかということに立ち戻っていく必要があった。個別の心理ケアだけでは限界があった。そこで,産業保健の文脈のように個人支援のスキルを組織的対応に結びつけ,社会的支援に積み重ねる形で発信しようと考えた。
このような状況において,「日赤として,そして心理職としてできることは何か」を問われることになった。この時点で,感染した患者さんに直接,心理支援をするようにと言われても,自信を持って対応できないと感じた。一度しか練習していない防護服の着脱など,自分の感染リスクがある中で支援をするのは難しいと感じた。そのときは,心理職として無力感を感じた。
そのような状況において自問自答する中で,「救急領域の心理職として,同僚の医療従事者を絶対に守らなければいけない」と考えるようになった。そのことで考えると,心理教育やブリーフィングなどの災害支援の考え方が非常に役に立った。今,何が必要でどういうことをできるかというのを言語化して発想を共有していくことが重要であると思った。
治療の最前線で働いていると,自分が無理をしていることに慣れてしまい,ストレスに麻痺してしまうことが生じる。それで,現在は,「リスクに直面し,ストレスを感じる中で任務を果たすはとても大変なこと」「今後の医療が継続のためには最も重要なことは,自分が倒れないこと」「自分自身の健康に細心の注意を払って仕事をすることが何よりも重要」ということを,全職員に向けて発信している

3)差別や偏見への対応に向けて

【下山】医療救護班について,詳しく教えてほしい。メンバーは,今回の感染症対応のような状況は想定していたのか?

【秋山】医療救護班は,災害が起きたときに,すぐに動き出せるように訓練している。しかし,今回は特別な事態。震災や豪雨など災害,CBRNEなどの放射線災害は想定していたが,感染症はあまり想定していなかった。

【下山】通常の災害の場合,日赤などの医療チームが現地に入った場合には,マスコミ等で「日赤チームが現地入り!」などと大々的に報じられる。それは,国民を安心させるためだけでなく,医療チームを鼓舞する役目もあると思う。ところが,今回は,日赤は,日赤チームが入ったことを公表しなかった。それは,当初から差別や風評被害があることを想定していたということだろうか。

【秋山】国際支援の経験から,感染症対応の場合にはそのようなことが起きやすいことはわかっていた。エボラ出血熱やSARSでの知見が積み重なっていた。日赤としても,偏見や差別があることへの危機感があった。それで,サポートガイドを作る際には,国際支援の経験がある諏訪赤十字病院の心理職の森光玲雄先生の監修をいただき,心理職と本社の看護師,医師,救急部職員とで協力してサポートガイドを作成した。

【下山】サポートガイドの内容は,恐怖や差別を予防することを重視しており,心理社会的視点が非常によく出ている。医師中心ではなく,心理職が中心になって作成したことがよくわかる。これは,心理職の重要な役割ですね。

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