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40−1.「医学モデルの限界を確認する」

(特集:心理職の専門性の基盤を創る)

石原孝二(東京大学大学院教授)
下山晴彦(跡見学園女子大学教授/臨床心理iNEXT代表)

Clinical Psychology Magazine "iNEXT", No.40-1


注目新刊本「訳者」研修会

「精神科診断に代わるアプローチPTMF」を学ぶ
−心理職が医学モデルの“くびき”から自由になる道筋を知る−
 
【日時】2023年11月12日(日曜) 9時〜12時
【講師】石原孝二/白木孝二/辻井弘美/松本葉子(訳者)
 
【注目新刊書】『精神科診断に代わるアプローチPTMF』(北大路書房)
 
【申込み】
[臨床心理iNEXT有料会員](1000円):https://select-type.com/ev/?ev=zuGfiknaIIU
[iNEXT有料会員以外・一般](3000円) :https://select-type.com/ev/?ev=78utH-Epp5A
[オンデマンド視聴のみ](3000円) :https://select-type.com/ev/?ev=H1aIsjlV0ko

https://www.kitaohji.com/book/b620327.html


ご案内中の注目新刊書「著者」研修会

◾️『ふつうの相談』を徹底的に議論する
―心理職の未来のための設計図を語る―
 
【日時】2023年10月21日(土曜) 19時〜21時(※夜間講座)
【講師】東畑開人 白金高輪カウンセリングルーム主宰
    下山晴彦 跡見学園女子大学/臨床心理iNEXT代表
 
【注目新刊書】『ふつうの相談』(金剛出版)
https://www.kongoshuppan.co.jp/book/b627609.html

【申込み】
[オンデマンド視聴のみ](2000円):https://select-type.com/ev/?ev=NYYGc8hFMP0


1. 心理職はどこに向かっているのか?

公認心理師法が成立して7年、公認心理師制度がスタートして5年経った今、心理職を取り巻く環境は大きく変化している。それは、公認心理師制度を軸として心理職の活動枠組みを再構築しようとする動きの結果である。
 
公認心理師法成立以前の日本の心理職においては、個人心理療法モデルが主流になっていた。しかし、それでは、多くの心理的問題を抱える国民のメンタルケアのニーズを満たすには限界があった。心理支援を公共サービスとして広く提供するという点で国家資格化は大きな進歩であった。
 
心理職ワールドでは、公認心理師制度の普及が急激な勢いで進んでいる。職能団体も多くの学会も公認心理師制度推進室の意向を汲んで心理職の教育や活動のシステムを組み替えようとしている。心理職の雇用も増えていると言えるだろう。
 
しかし、そのような変化の中で心理職がどこに向かっているのかが見えなくなっている。


2. 立ち止まって、改めて心理職の専門性を考える

公認心理師制度推進室の指示に追随するだけで良いのだろうか。早くから5分野に分かれて心理職が行政制度の中に組み込まれていくので良いのだろうか。心理職の専門性はどのようなものになっていくのだろうか?
 
公認心理師制度の影響が見えてきた今、心理職の発展に向けて何をしておくことが必要なのだろうか。公認心理師制度の影響下に入りつつある心理職は、自らの主体性や専門性を維持するために、今何をしておくべきであろうか。
 
現在、心理職の技能は、コンピテンシーモデルで考えられている。しかし、コンピテンシーとは、特定の専門性が明確に示されていることを前提として、その専門性を実行するための能力を意味する。そのため、心理職の専門性が定まっていないと、能力だけが切り取られて利用されてしまう。検査技術が単に精神科診断のために利用されることが起きているが、それはそのようなコンピテンシーの濫用の例である。
 
したがって、心理職の未来の発展に向けて、今の段階で考えておくことは、公共サービスとして提供する心理支援の専門性とは何かを確定していくことであろう。そのために必要な課題は、次の2点である。


3. 心理支援の専門性の発展に向けての課題

①   学派中心主義を離れて現場から専門性を形成する

少なくとも、以前のように各学派が自らの心理療法モデルを提供することに価値を置く学派中心主義から脱する必要がある。そして、それに替るものとして、現場のニーズに合わせて有効な心理支援を開発し、それを広く提供するシステムを発展させることが重要となる。
 
現場で行なわれる“ふつうの相談”に注目することが、その新たな発展の出発点になる。その点で10月21日に開催される「『ふつうの相談』を徹底的に議論する―心理職の未来のための設計図を語る―」は重要な意味を持つ。
 
②   医学モデルの“くびき”から自由になる
 
ところが、心理支援の現場では、保健・医療分野は言うまでもなく、それ以外の4分野においても、心理的苦悩を精神科診断アプローチに取り込んでしまう医学モデルの影響が強い。しかも、公認心理師は、医師の指示の下で活動することが規定されている。したがって、現場から専門性を形成する場合、医学モデルの“くびき”から自由になり、心理職の主体性によって心理支援の専門性を発展させていくことが必要となる。
 
そこで、冒頭に示したように11月12日(日)に『精神科診断に代わるアプローチPTMF』を注目新刊書とする研修会を開催することとした。今回は、研修会の予告も兼ねて同書の訳者であり、当日講師を務めていただく石原孝二先生に下山がインタビューした内容の前半を掲載する。石原先生は、東京大学大学院総合文化研究科教授であり、ご専門は「哲学」である。ご専門の観点も含めて「精神科診断の意味」についてお話をお聞きした。


4. 精神科の診断は疑わしい

【下山】石原先生が本書『精神科診断に代わるアプローチPTMF』の原書に注目したきっかけはどのようなものでしょうか。

【石原】私は哲学を専門としています。最近は特に精神医学の哲学を研究していて、その中で「診断の問題」というのが特に気になっていました。精神科の診断は根拠がないもののように思えます。「どうしてこのような診断がなされるのか」とか、「どのような根拠があるのか」というところに興味を持って研究してきました。

「そもそも精神科の診断というのは疑わしいな」というところがありました。「果たしてそれがプラスに働いているのだろうか」という問題意識もありました。宣告みたいな感じになって、その人の人生を制限しているようなところもあったと思います。そのような問題意識を長い間持っていました。

「診断」や「分類」するというところから違う方向に行けないかと考えています。最近ではオープンダイアログが、その一つかなと思っています。従来の精神科診断とは違うアプローチや方向性を考えていきたい。そこに興味を持ってきたというところがありました。

それで、この本の原文タイトル「A Straight Talking Introduction to the Power Threat Meaning Framework 」にすごく惹かれたのですね。副題は、「An alternative to psychiatric diagnosis」となっています。特にその副題に惹かれました。まさに精神科診断に代わるものを提案しているというところです。


5. 精神科薬物療法を捉え直す

【石原】この本が含まれているStraight Talking Introductionシリーズ自体もすごく面白いんですよ。このシリーズに、同じ英国の精神科医のモンクリフさんの著作の「精神科の薬について知っておいてほしいこと−作用の仕方と離脱症状−」(日本評論社)という本があります。仲間たちと一緒にこちらの本を先に訳していたのですが、この本には精神科の薬について他ではあまり語られていないようなことが書いてあります。
※)https://www.nippyo.co.jp/shop/book/8860.html

大きな主張としては、化学的不均衡仮説(精神的な不調が脳内化学物質の不均衡によって生じるという仮説-ドーパミン仮説やセロトニン仮説など)に対する批判ということがあります。それ自体はモンクリフさんだけでなくて、いろんな人が言っている主張です。モンクリフさんは、「ドラッグセンタードモデル」(drug-centered model)という考え方を出しています。これを「薬物作用モデル」と訳しました。それは、薬の作用の仕方の捉え方を変えるという提案です。

何か疾病があって、それに特異的に薬が効いているという従来の捉え方ではなく、精神科の薬が持っている作用一般があり、それが「症状」にも作用するという、捉え方です。このシリーズは、従来の精神医学の考え方のオルタナティブ(Alternative)を提案しています。そういうシリーズの一冊ということもあってこの本に注目したということもあります。

【下山】現代社会においては「精神科診断」や「精神科薬物療法」が、いつの間にか“あって当然のこと”として“常識”になってしまっています。だから、オールタナティヴ、つまり違う見方がある、あるいは代わりのものがあるという主張は、とても新鮮ですね。特に日本では、精神科の診断や薬物が常に“第一選択肢”として君臨している傾向が強いですからね。

6. 精神医療の影に光をあてる

【下山】考えてみると、私が学生時代に読んだ精神医学の教科書には、冒頭の部分では「精神の正常と異常の境界を決めるのは難しく、実際にその区別は曖昧である」という趣旨のことが書かれていました。教科書では、その後の本文に入ると、突如「診断」の話が出てきていました。

この正常と異常の境界の曖昧性や多様性を考えれば、診断は極めて相対的であるはずです。
ところが、診断の話になると、それが固定化され、それを基盤として精神医学という学問が成立していると感じました。診断が、いつの間にか“常識”になってしまっている。実は、そこに深刻な矛盾があるのだと思います。

1980年に出たDSMⅢから「操作的診断」という名の下にその矛盾を合理化し、精神科診断を世の中に定着させた。そして、診断された症状や疾病に合わせて薬物を出していくという考えも定着させた。薬物があたかもその症状や疾病に効いているような議論がされていたります。しかし、実際の現場で精神科医や心療内科医の処方を見ていると、治療に有効な薬物がなかなか定まらないことが多いですね。

日本では、他国と比較して多剤多量投与が顕著に多いという問題を抱えています。この問題は、このような矛盾の延長線上で起きているとも思います。薬物が効いているよりも、副作用が強すぎて自然な動きができなくなるということも少なからずあります。そのあたりの現実についてのStraight Talkが日本では、できていないですね。

日本では「精神医療が優先されるべき」との言説が定着してしまっていて、逆にそれによって我々がコントロールされている。そのような状態が日本の現状ではないでしょうか。そのような日本のメンタルヘルスの闇の部分に光を当てているのが、研修会で取り上げる『精神科診断に代わるアプローチPTMF』ですね。


7.精神医学の根拠は何なのか?

【下山】ところで、哲学がご専門の石原先生がこの部分に切り込んでいるのは、どのようなご関心からでしょうか。哲学的使命のようなもの、ミッションと言いますか、モチベーションと言いますか。そういうものをお持ちなのでしょうか。

【石原】哲学は基本的に、物事の前提を問うというところがあります。それが哲学的な態度だと思うのです。ある意味、対象は何でも良いのです。いろんなものが対象になり得ると思います。「心」というのは、そもそも哲学にとって、ずっとすごく大きな対象であった。一番大きい対象かもしれません。

これは、私だけなくて、心に興味を持つ哲学者は非常に多いです。そういうところで精神医学であったり、臨床心理学であったりというところに興味を持つことがあります。私のもうちょっと細かい興味を言うと、科学哲学的な興味もあったんですね。精神医学が非常に不思議な学問だというのがありました。このことを言うといつも怒られるのですけれども、「精神医学がなぜ学問として成り立っているのか」がよくわからないというところはあります。

精神医学(精神医療)は、実践も根拠があってやっているように思われているかもしれません。しかし、実際は、今まさに下山先生が言われた感じなのですね。根拠があってやっているようには、到底思えないですよね。それでも何かできてしまっている。これは、一体何だろうという疑問があります。そこらへんは、ある意味、哲学的な関心というか、使命感というか、そういうものがありますね。「そもそも精神医学って存在しているのですか」といったことを、やっぱり問いたいわけですよね。(次号に続く)


■記事校正 by 田嶋志保(臨床心理iNEXT 研究員)
■デザイン by 原田優(公認心理師&臨床心理士)

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臨床心理マガジン iNEXT 第40号
Clinical Psychology Magazine "iNEXT", No.40-1

◇編集長・発行人:下山晴彦

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